「試用期間に関する各国の法制度」 TNY Group Newsletter No.48
1.日本
(1) 試用期間中の法律関係
判例は、試用期間中の法律関係について、解約権留保付の雇用契約であると解してきました(最高裁昭和48年12月12日・三菱樹脂事件)。そのため、たとえ試用期間中であったとしても、雇用契約自体は成立しているため、本採用を拒否することは解雇にあたります。
採否決定の当初においてはその者の適格性の判定資料が十分にそろっていないため、後日における調査や観察に基づき本採用を拒否することができるよう、試用期間中は、雇用契約の解約権が留保された状態となっています。
(2) 留保解約権行使の限界
先述のとおり、留保解約権を行使して本採用を拒否することは解雇にあたります。この点、試用期間中は解約権が留保されているため、その性質上、通常の解雇よりも広い範囲で解雇の自由が認められます。しかし、まったくの自由ではなく、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合でなければなりません(上記三菱樹脂事件)。
同判例は、留保解約権の行使が許される場合の基準を次のとおり具体化しています。すなわち、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合に、そのような事実に照らしその者を引き続き雇用しておくのが適当でないと判断することが、解約権留保の趣旨、目的からして、客観的に相当であると認められる場合には、留保解約権を行使することができるとしています。
(3) 試用期間の長さ
試用期間の長さについて格別の制限はありませんが、一般的には3か月としている例が多いようです。ただし、試用期間中の労働者は不安定な地位に置かれるため、労働者の労働能力や勤務態度等についての価値判断を行なうのに必要な合理的範囲を越えた長期の試用期間については、公序良俗に反し、その限りにおいて無効となる可能性もあります(名古屋地裁昭和59年3月23日)。
2.タイ
(1) 概要
試用期間は期間の定めのない雇用契約とみなされます(タイ労働者保護法17条2項)。
この点、期間の定めのない雇用契約とは、雇用期間の終了時期が明確に定まっていない雇用契約をいい、解雇にあたっては、原則として、解雇予告、解雇補償金の支払い、有給休暇の買取り(未消化の有給休暇がある場合)、及び解雇が不公正でないことが求められます。
勤続期間の計算は試用期間も含めて雇用開始時点から通算され、試用期間中又は満了時に本採用をしない場合、これは解雇と同様と解され、期間の定めのない雇用契約としての通常の解雇手続きが求められることになります。
なお、不公正解雇との関係では、試用期間中の勤務成績が不十分であることを理由とする解雇について、不公正解雇にはあたらないとされた判例があります(2002年タイ最高裁判決2364号等)。
(2) 試用期間の日数
試用期間の日数については、法律上、特に定められていませんが、実務上、119日以内に設定している会社が多いとされます。
タイでは、勤続期間が120日以上の労働者を解雇する場合には、使用者が労働者に対し、解雇補償金を支払わなければならず(タイ労働者保護法118条)、試用期間従業員の解雇時に解雇補償金の支払が発生することを防ぐために、そのような設定がなされていることが多いです。
3.マレーシア
1.概要
マレーシアでは、試用期間に関する法律上の定めは存在しません。なお、実務では、試用期間は雇用開始日から3か月間ないし6か月間として定めることが一般的な取り扱いとなっています。また、後述のとおり、判例法理により、試用期間中の従業員を解雇する場合には、正当な理由が求められます。
2. 試用期間中の従業員に対する解雇規制
会社が試用期間中の従業員を解雇することの当否については、単に試用期間の満了を理由とするのみでは当該解雇は認められず、会社が当該従業員を本採用しないと判断したことについて合理的な理由が存在する等の正当な理由(cause and excuse)が認められない限り、当該解雇は無効と解されています(the Court of Appeal in Khaliah bte Abbas v. Pesaka Capital Corp Sdn Bhd [1997] 3 CLJ 827.)。
もっとも、正当な理由については、本採用された従業員に対するものよりも緩やかに判断され、本採用しないことについて合理的な理由の有無の判断にあたっては、当該従業員の成績だけではなく、性格や勤務態度等についても、考慮要素となると考えられています。
裁判例には、会社が従業員に対する評価基準として定めていた7項目のうち、当該従業員が達成したのは3項目であったという点に着目し、解雇を有効と判断したものがあります(Industrial court of Malaysia, Hari Bala R Parasuraman v Johnson Controls(M)Sdn Bhd[CASE NO: 3/4-1299/06])。
ただし、本採用をしない場合においても、会社は従業員に対して、同人の評価が基準以下である旨注意喚起をした上、同人に対して改善の機会を与えることが求められると考えられます。
4.ミャンマー
1.試用期間の規制
試用期間自体の法的規制は存在しません。しかし、試用期間中の賃金について最低賃金額よりも低い金額(75%を下回らない額)を設定する場合、3か月を超えてはならない旨規定されています(最低賃金法施行細則43条 (l))。当該規定及び労働省が発布しているモデル雇用契約書上も試用期間は3か月を超えないと規定されていることから、ミャンマーにおいては試用期間は3か月間が上限と解されており、雇用開始時から3か月間の試用期間を設けることが一般的です。
2. 試用期間中の解雇、退職
試用期間中の解雇であっても、使用者は1か月前に通知する必要があります。他方、労働者が退職する場合、モデル雇用契約書上は、7日前の通知で退職可能とされています。
5.メキシコ
無期雇用又は180日以上の雇用期間となる雇用の場合、試用期間(periodo a prueba)や初期研修期間(relación de trabajo para capacitación inicial)を設けることができます。試用期間や初期研修期間を設ける場合、その旨を契約書に記載しなければなりません。また、無期雇用契約において初期研修期間を設けた場合に、使用者は労働者に対して契約期間終了日を通知する義務がないとした裁判所の判断もあり、具体的な期間を明記することが重要です。
(2) 試用期間(periodo a prueba)
180日を超える期間の雇用契約又は期限の定めのない雇用契約の場合に限り、労働者が業務の遂行に必要な要件と知識を要しているかどうかを確認する目的で、30日を超えない範囲で設定することができます。労働者が経営執行機関や管理を行う立場の役職付の場合や、特別な技術者や専門職である場合は、試用期間を180日とすることが可能です。期間終了時に、Comisión Mixtaと呼ばれる委員会の意見を考慮したうえで使用者が、当該労働者が必要な要件や知識を満たしていないと判断した場合は、使用者はその責任を負うことなく、雇用契約を終了させることができます。試用期間終了後も雇用関係が継続する場合は、無期限の雇用とみなされ、当該試用期間は勤務期間に含められることとなります。
(3) 初期研修期間(capacitación inicial)
労働者が業務を遂行するために必要とされる知識や技能等を獲得するため、最長3カ月を初期研修期間として雇用契約を結ぶことができます。なお、労働者が経営執行機関や管理知る立場の役職付の場合や、専門職である場合、この初期研修期間を最大6カ月と設定することが可能です。研修期間終了時、Comisión Mixtaと呼ばれる委員会の意見と職務を考慮したうえで、労働者が必要レベルに達していないと判断される場合は、使用者は責任を負うことなく雇用契約を終了させることができます。初期研修期間終了後も雇用関係が継続する場合は、無期限の雇用とみなされ、当該初期研修期間は勤務期間に含められることとなります。
(4) 留意点
試用期間及び初期研修期間の延長は認めらません。また、同じ労働者に対して連続してこれらを適用したり、併用したり、たとえ職種や担当業務が異なっている場合においても、複数回適用したりすることは禁止されています。
また、試用期間や初期研修期間中であっても、使用者は、当該労働者が享受すべき法定の社会保障の費用を負担しなければなりません。
6.バングラデシュ
バングラデシュは試用期間について労働法とEPZ労働法にて定められています。バングラデシュ労働法では、事務職の労働者の試用期間は6ヶ月で、他の労働者は3ヶ月とされています。労働法では、熟練労働者については、労働者の技能を最初の3ヶ月の試用期間で正しく把握することができないと判断された場合は、試用期間をさらに3ヶ月延長することが可能とされています(労働法第4条(8))。
EPZ労働法では、同様の試用期間を定めていますが、職種問わず、当初の試用期間を3ヶ月延長することが認められています(EPZ労働法5条(7))。
試用期間を終了した労働者は、終了証明が発行されなくても、無期雇用労働者とみなされます(労働法第4条(8)、EPZ労働規則8条(2))。
その他、試用期間中の病気休暇の取得や解雇に関する規定は明示的には定められていません。
7.フィリピン
(1) はじめに
従業員を雇用する際、まずは試用期間で働きぶりを見たうえで本採用を決めるということがあります。しかし、フィリピンの労働法(以下、単に「労働法」といいます。)は試用期間に関する定めを置いており、会社はこれを遵守する必要があります。今回は、試用期間に関する概要を紹介します。
1.試用期間の概要
労働法において、「試用期間」とは、会社が試用期間として一定期間を設け、さらに雇用時に従業員に対して本採用における合理的な基準を知らせたうえで、当該期間中に本採用の可否を判断することを指します。
2. 一定期間について
労働法では、試用期間中の雇用は、原則として従業員の就労開始日から6カ月を超えてはならないとされています。判例(Mariwasa Mfg. v. Leogardo GR No. 74246, 1989-01-26)による例外として、試用期間を延長させて6か月を超えた場合でも、当初の期間内で従業員が本採用の基準を満たしていなかったときに、会社が当該従業員に二度目の機会を与えるために試用期間を延長させるという、会社側の寛大な行為(act of liberality)であった場合は、このような延長は有効であるとされています。
3. 合理的な基準について
会社は、従業員に対して本採用の基準を雇用時に周知する必要があります。仮に周知していなかった場合には、本採用しなければなりません。当然ではありますが、試用期間の存在とその期間についても周知する必要があります。この要件の例外として、職務の性質が”Self-descriptive”(例:運転手、家政婦)である場合には周知の必要がありません。
4. 試用期間中の解雇
試用期間で従業員を本採用せずに解雇することもあると思います。会社が試用期間内で従業員を解雇するには、以下の2つの条件のうちどちらかを満たしている必要があります。
①雇用開始時に周知した合理的な基準を満たさなかった場合
②正当な理由がある場合
解雇する際には、適切な手続を経る必要があります。たとえば、「合理的な基準を満たさないこと」を理由に解雇する場合には、会社は解雇する旨の書面を従業員に対して示すだけではなく、どの基準がどのように適用されたかまで示す必要があります。
8.ベトナム
(1) ベトナム労働法では、使用者と労働者との間の合意により試用期間を設定できるとされています。試用期間は、「業務の性質と複雑さの程度」に応じて合意により定めることとされていますが、1つの業務に対して試用期間を設定できるのは1回のみであり、試用期間を更新することはできません。また、試用期間の上限日数は次のとおりとされています。
- 管理職の場合 180日以内
- 短期大学以上の専門・技術水準を要する業務の場合 60日以内
- 中級職業資格、中級専門学校、技術者、熟練労働者の場合 30日以内
- その他の業務の場合 6営業日以内
なお、試用期間を日数で設定している場合、期間の初日は試用期間に算入されず、翌日から日数をカウントすることになります。
(2) 試用期間が満了した場合、使用者は労働者に試用結果を通知しなければなりません。正式雇用には適さないと判断した場合、使用者は雇用契約又は試用契約を解除することができます。また、試用期間中、各当事者は、いつでも雇用契約又は試用契約を解約することができます。この場合、事前に通知する必要はなく、また、補償金、賠償金などを支払う必要もありません。
9.インド
(1) 試用期間に関する法規制について
インドには、連邦法及び州法併せて多くの労働関係法令が存在しますが、試用期間について規定しているものは1946年就業規則に関する産業雇用規則(以下、「本規則」)のみとなります。
本規則では、試用期間中の者(probationer)とは、常用ポストの欠員を埋めるために暫定的に雇用され、試用期間が延長されない限り、そのポストで 3カ月の勤務を完了していない人のことをいいます。そして、試用期間中の者は、契約終了について事前の通知や通知に代わる賃金を受領する権利はないと規定されています。3カ月の試用期間が経過していた場合に雇用契約終了するためには、2週間前の通知又はそれに代わる賃金の支払が必要となります。
もっとも、本規則は、100人以上のワークマンを雇用する事業場について適用されます。ワークマンとは、手作業、非熟練・熟練、技術的、運営管理的又は事務管理的作業のために雇用されている者をいいます。
したがって、100人以上のワークマンを雇用する事業場においては、本規則が適用されるため試用期間は3カ月となり、試用期間中であれば契約終了時の事前通知や通知に代わる賃金の支払は必要ありません。
(2) その他、本規則が適用されない場合の試用期間の取り扱い
本規則が適用されない場面の労使間の雇用契約においても試用期間を設定することは裁判例において認められています。そして、インドではオファーレターや雇用契約書において試用期間が設定されることが一般的といえます。試用期間についての規制はないですが、それぞれの州に適用される店舗施設法において、何カ月以上雇用した場合、契約の終了には何カ月前の事前通知が必要である旨定めているため当該店舗施設法の規定を参考にすることが一般的である。
デリー準州の店舗施設法、ハリアナ州が適用されるパンジャブ州の店舗施設法では、3カ月以上勤務している従業員に対しては、少なくとも30日前の事前通知又は通知に代わる給与が必要であるとしています。また、カルナータカ州及びタミルナドゥ州の店舗施設法では、合理的な理由がなければ6か月以上勤務した従業員を解雇することはできず、1カ月前の事前通知も必要であると規定しています。したがって、試用期間は、一般的に3~6カ月で設定されることが多いとされています。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)での労働法制については、公的機関と私企業に分かれて規定されていて、フリーゾーン独自の規則が適用される2か所のフリーゾーン(Abu Dhabi Global Market及びDubai International Financial Center)で設立された会社以外の私企業については、私企業における労働関係に関する規則(2021年連邦令第33号。以下、「連邦労働法」といいます。)及び労働関係に関する2021年連邦令第33号の施行に関する2022年内閣決定第1号(以下「施行規則」といいます。)によって、規定されています。
1.試用期間の規制
試用期間について、連邦労働法第9条に以下の通り規定されています。
試用期間は、勤務開始日から6ヵ月を超えてはなりません(第1項)。同じ使用者の下では試用期間は1度しか定めてはならず、試用期間が満了して勤務を継続するときは、雇用契約は有効となり、試用期間は労働期間に算入されます(第2項)
使用者が労働者を試用期間中に解雇する場合には、解雇日の14日前までに書面でその旨を通知しなければなりません(第1項)。他方、労働者が試用期間中に辞職する場合、UAE内の他社で働くためのときは、辞職希望日の1月以上前に書面で使用者に通知しなければならず、労働者の新たな使用者は、元の使用者に対して、求人または労働者との契約に要した費用を賠償しなければなりません(第3項)。外国人労働者がUAE国外に移動することを理由として試用期間中に辞職する場合には、辞職希望日の14日前までに書面で通知しなければならず、出国日から3月以内にUAEに再入国して就労許可を得ようとするときは、元の使用者と労働者の間で別段の定めがない限り、新たな使用者は第3項規定の賠償を支払う必要があります(第4項)。使用者または労働者が、これらの規定に反して、契約を解除したときは、通知期間または通知期間の残余の日数の労働者の賃金と同額を他方に支払わなければなりません(第5項)。外国人労働者が規定に反して出国したときには、出国日から1年間は就労許可を付与されません(第6項)。なお、外国人労働者のうち①需要のある必須の技能・職能・知識を有する、②家族がスポンサーする居住ビザを有する、③ゴールデン・ビザを有する、④内閣が承認する労働者の分類に基づき、国内労働市場の必要に従って労働相が決定する職能を有する者については、上記の就労許可に関する規定からは除外されます(第7項、施行規則第11条)。
2. 試用期間中の休暇
試用期間中の有給休暇ついて、労使間で合意することができ、試用期間満了による契約終了の場合は、未使用の有給休暇の残数について労働者は補償されます(第29条第3項)。
試用期間中の病気休暇は、原則、認められませんが、その必要があることを記載した診断書が提出された場合には、使用者は無給での病気休暇を認めることができます(第31条第2項)。
発行 TNY Group |
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・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY国際法律事務所(東京及び大阪)、永田国際特許事務所) ・佐賀(TNY国際法律事務所) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://gvalaw.jp/offices/philippines ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://uk.tny-legal.com/ ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associatesジャパンデスク設置) URL: https://dubai.tny-legal.com/ ・インド(TNY Services (India) Private Limited) Newsletterの記載内容は2024年3月27日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
1.日本
(1) 取締役会の招集、開催方法
取締役会は各取締役が招集することとなっていますが、取締役会を招集する取締役を定款又は取締役会で定めたときは、その取締役が招集します(日本会社法366条1項)。
招集通知は、取締役会の日の一週間前までに各取締役に対し招集通知を発しなければなりませんが、これを下回る期間を定款で定めることも可能です(日本会社法368条1項)。
取締役会では業務執行に関するあらゆる事項が付議されることが当然の前提となっているので、招集通知に議題等を示す必要はありません。
(2) 定足数、決議
取締役会の定足数としては、議決に加わることのできる取締役の過半数の出席が求められます(日本会社法369条1項)。また、決議要件については、出席した取締役の過半数による決議が必要です(同条項)。
なお、定足数や決議要件について、これらを上回る割合の定足数を定款で定めることもできます(同条項)。
(3) 書面決議等
定款で定めた場合には書面決議も可能です。取締役が取締役会の決議の目的である事項につき提案した場合において、当該事項について議決に加わることのできる取締役全員が書面(電磁的記録も可)による同意の意思表示を示したときは、その提案を可決した旨の取締役会決議があったものとみなすことができます(日本会社法370条)。
また、取締役会の開催にあたって、取締役が特定の場所に物理的に出席していることを求める条文は存在しないため、オンラインによる取締役会の開催も可能と解されています。
2.タイ
(1) 非公開会社における取締役会
非公開会社において、取締役会は必置ではありませんが、設置することは可能です。非公開会社における取締役会の開催手続きについては以下のとおりとなります。
① 取締役会の招集、開催方法
どの取締役も、いつでも取締役会を招集することができます(タイ民商法1162条)。招集通知を出すにあたっての時期、方法等について法令上の定めも基本的には存在しません。ただし、電子的方法によって取締役会を開催する場合には、議長が招集通知を書面又は電磁的方法によって保管することが求められます(2020年4月19日付緊急勅令)。
② 定足数、決議
取締役は、取締役会の定足数を定めることができます。そのような定めがない場合、かつ取締役の人数が3人より多い場合の定足数は3人となります(タイ民商法1160条)。
決議要件は出席取締役の過半数の賛成となっていますが(タイ民商法1161条)、付属定款でこれと異なる定めをすることもできます。また、賛否が同数の場合には議長に決定権があります(同条)。
③ 書面決議等
商務省の告示により、書面決議は認められていません。他方で、電子的方法によって取締役会を開催することは可能です(タイ民商法1162/1条)。
(2) 公開会社における取締役会
公開会社において、取締役会は必置であり、取締役の人数は5人以上、うち半数以上はタイ国内居住者でなければなりません(タイ公開会社法67条)。公開会社における取締役会の開催手続きについては以下のとおりとなります。
① 取締役会の招集、開催方法
公開会社においては、少なくとも3か月に1度は、付属定款に別段の定めのない限り、公開会社の本社所在地又はその近隣において取締役会を開催しなければなりません(タイ公開会社法79条)。
取締役会の招集は議長が行うこととなっており、公開会社の利益のため必要な場合又は緊急の場合を除き、開催日3日前までには取締役全員に対し、書面による招集通知を送付しなければなりません(公開会社法7/1条、82条)。また、取締役2名以上の請求がある場合には、議長は、当該請求を受領した日から14日以内に取締役会の開催日を決定しなければならないとされています(タイ公開会社法81条)。
② 定足数、決議
公開会社における取締役会の充足数としては、全取締役の半数以上の出席が求められます(公開会社法80条1項)。決議要件については、非公開会社と同様、出席取締役の過半数の賛成となっており、賛否が同数の場合には議長に決定権があります(タイ公開会社法80条2項・3項)。
③ 書面決議等
非公開会社と同様、書面決議を行うことは認められていません。他方で、電子的方法によって取締役会を開催することは可能です(タイ民商法1162/1条)。
3.マレーシア
1.概要
取締役会は、自らその手続を定め又は規程を設けることができますが、以下に述べる事項については、会社法上の規制が存在し、これを遵守する必要があります。
2. 取締役会の開催方法
取締役会の招集権は、取締役又は取締役より要請を受けた会社秘書役(secretary)が有しており、各取締役に対し、取締役会の招集通知(Notice of meeting)を発することにより、取締役会を招集することができます(会社法212条、第3附則第第3条、4条)。
招集通知には、取締役会開催の日時、場所及び議題を記載した上、マレーシア国内に存するすべての取締役に対して通知する必要があります。もっとも、仮に招集通知に瑕疵がある場合であっても、招集通知を受領する権限を有する取締役全員が、当該招集通知に異議を述べることなく取締役会に出席した場合には、当該瑕疵は治癒され、適法となります(会社法212条、第3附則第5条)。
取締役会は、招集通知において指定された日時・場所において開催しますが、対面による開催は必要ではなく、出席取締役同士が音声の送受信により同時に通話をすることができる方法によっても開催することができます(会社法212条、第3附則第6条)。
取締役会の定足数は、取締役の過半数(又は取締役会で定めるその他の数)であり、定足数に満たない場合には、取締役会において議事を処理することはできません(会社法212条、第3附則第7条、8条)。
3. 決議・書面決議
取締役会の決議は、同会に出席した取締役の全員が賛成し又は投票総数の過半数が賛成した場合に可決します(会社法212条、第3附則第11条)。また、取締役会の通知を受け取る権利を有する取締役全員が署名または同意した書面によって決議した場合も、当該決議は有効となります(会社法212条、第3附則第15条)。
4. 議長
議長は、取締役のうちから1名選出されます。議長は取締役の議事進行を行います。また議長は決定票(casting vote)を有しており、取締役らの票数が割れた場合に、議長票により可否が決まることになります(会社法212条、第3附則第1条)。
5. 議事録
取締役会における議事手続について、取締役会は議事録を作成しなければなりません(会社法212条、第3附則第13条)。
4.ミャンマー
1.取締役会の招集、開催方法
現在の会社法上は、取締役は1名のみでも法的に問題ないため、取締役が1名のみの場合には取締役会は存在しません。その上で、取締役が2名以上の場合には、取締役会に関する規定が適用されることになります。
取締役が他のすべての取締役に合理的な通知を与えることで、取締役会を招集できます (145条(a)(i))。 すべての取締役が同意し又は定款によって定められた技術を使用して、取締役会を招集し又は開催することができます(145条(a)(ii))。開催頻度及び取締役会決議事項については会社法上規定されていません。
2. 定足数、決議
取締役会の定足数は、2名の取締役(又は定款で定められているその他の数)であり、取締役会の開催中常に定足数がいなければなりません(145条(a)(ii))。決議は、決議に参加できる取締役の投票総数の過半数によって可決されなければなりません(145条(a)(ii))。
3. 書面決議
当該決議に投票する権利を有するすべての取締役が、その文書に記載されている議案につき賛成する旨の陳述を含む文書に署名した場合、取締役会を開催することなく、取締役会の 決議を可決することができます。同じ形式の書類の別個の写しに署名することができ、その場合、最後の取締役が署名するときに決議が成立します(156条(c))。 取締役1名のみの会社は、取締役会を開催する必要はなく、書面で記録し署名することに より、必要な決議を行うことができます(156条(a))。
4. 議長
取締役は、取締役会及び株主総会の議長を務める議長を選任しなければなりません(145条 (b))。定款に従い、議長は、取締役会において決定投票権を有します(145条(c))。
5. 議事録
株主総会と場合と同様に、会社は、取締役会及び書面決議の全ての手続きについて議事録を準備しなければなりません。当該議事録又は決議は取締役会の開催又は書面決議による決議から21日以内に記録されなければならず、議長又はその他の権限のある取締役により署名されなければなりません(157条(a))。
5.メキシコ
非上場の株式会社(Sociedad Anónima)を前提とすると、その取締役会については、メキシコにおける会社法となる商事会社一般法(Ley General de Sociedades Mercantiles、以下、「会社法」という。)の規定や各会社が定める定款の規定に従うこととなりますが、会社法には多くが規定されていません。従って、詳細なルールを定める場合は定款に規定することとなります。
なお、メキシコにおいては、一人取締役も認められており、取締役が2名以上任命された場合に取締役会が設置されます。この場合、一般に、取締役会議長(Presidente)と書記としての機能を持つ秘書役(Secretario)を選任することとなります。
(2) 取締役会の開催
取締役会の開催頻度や招集の方法は会社法には規定されていません。
会社法には、「取締役会の決議は、少なくとも半数の出席が要求され、その出席者の過半数をもって行われる。」との規定があることから、定款において特段の定めがない場合は、その開催には、取締役の半数の出席が求められることとなります。
(3) 書面決議
会社法には、「取締役会の会合外でその取締役の全会一致によって行われた決議については、書面で確認されていることを条件に、取締役会で採択された場合と同様の法的効力を有するものとすることを定款で規定することができる」との規定があることから、この旨を定款に定めた場合には、書面決議が認められることとなります。
(4) オンライン開催
2023年10月の会社法改正により、定款に規定することにより、取締役会のバーチャル開催やオンラインと対面を組み合わせたハイブリッド開催が可能となりました。この場合、対面・オンラインを問わず、出席者は同等に扱われ、決議は対面開催と同じように効果をもつこととなります。
6.バングラデシュ
バングラデシュでは、会社法95条により、取締役全員に対して開催通知を送らなければならないと定められています。一般的に、開催通知は、取締役又は秘書役(Company Secretary)が、すべての取締役の住所に送付し、同通知には、会場、日付、時間、議題などの重要な詳細を記載するものとされています。
通知期間は法律では定められていませんが、附属定款に定めた場合はその期間に従います。商業登記所(RJSC)は、14日間を目安としています。取締役への取締役会開催の通知を省略した場合は、正当に招集されたとみなされず、取締役会の議決が無効となるとの裁判例があります[Tahmid Ahmed vs Jalaluddin Jaffar AH Hussain (2000) 52 DLR 141]。
取締役会は、出席取締役が定足数を満たしていることを確認し、出席者として署名をすることで、開催することができます。定足数について、法律では過半数とされていますが、附属定款に定めることで、より厳しい条件に定めることができます。議事録は、議長又は次の取締役会の議長が署名した場合に有効なものとなり、反証がない限りは、取締役会が適切に開催されたこと、議事録の内容の決議があったことの証拠となります(会社法89条)。なお、取締役会は3か月に1回、年4回以上開催されなければいけません(会社法96条)。
いわゆる取締役会に代わる稟議決議(Resolutions By Circulation)については、Institute of Chartered Secretaries of Bangladesh (ICSB) バングラデシュ公認秘書役協会が、上場企業を対象に定めている、Bangladesh Secretarial Standardにて、容認しうる一定の基準を示しています。
7.フィリピン
フィリピンで会社を経営するにあたって、取締役会の手続について知っておく必要があります。そこで、今回は取締役会の手続について、①法定されている手続の概要や招集通知に記載すべき事項、②リモートでの取締役会の参加、③取締役会を省略できる場合の順にご説明していきます。
1.取締役会の手続
取締役会の手続については、フィリピンの会社法(以下、単に「会社法」といいます。)において規定されており、以下はその例となります。付属定款により異なる要件を定めることも可能です。
- 通知期間 :2日以上前
- 定時役会の開催頻度 :毎月開催
- 定足数:過半数以上
なお、取締役会はフィリピン国外でも行うことができます。また、招集通知に記載すべき内容もいくつかご紹介します。
- 日時と場所
- 議題
- 秘書役等の連絡先
- 会議の録画、録音が行われること。
- リモートでの参加できること
- その他、リモートによる会議への参加を容易にするための指示
- リモートでの取締役会への参加
また、フィリピンでは一定の条件のもとでリモートでの取締役会の参加を認めています。取締役会にリモートで参加するためには、取締役はその意思を議長と秘書役に通知する必要があり、さらに秘書役はその旨を議事録に記載する必要があります。
また、リモートで参加する取締役がいる場合、秘書役は例えば以下の業務を行う必要があります。
- リモートでの会議の実施に適切な機器や設備が利用可能であることの確認
- 会議中、参加者が、他の参加者の声を聞くこと、さらには他の参加者の姿をはっきりと見ることができるようにすること
- 録音、録画が確保されていることの確認
- 映像および音声の記録を安全に保管すること
- リモートでの参加者に対し、取締役会終了後合理的な時間内に、署名が実行可能な場合、議事録に署名することを義務付けること
- 取締役会の省略方法
基本的に取締役会を省略することはできません。他方で、例外的にClose corporationsという日本における非公開会社に近い会社形態の場合には、全取締役が書面により同意する場合など、一定の条件により取締役会を省略することができます。
8.ベトナム
(1) 外資がベトナムにおいて設立する会社の主要な形態は、i) 有限責任会社と ii) 株式会社がありますが、法律が要求する会社運営、企業統治の内容のシンプルさから、ほとんどの外資企業は i) 有限責任会社を選択しています。有限責任会社に関しては、「社長」(Director)あるいは「総社長」(General Director)が日本の株式会社における取締役に相当する役員として規定されていますが、これらが複数選任されている場合における会議体の構成方法や意思決定方法などについては規定されていません。したがって、「取締役会」に相当する会議体を設置するかどうかや、設置するとしてその開催方法や決議方法などについては、定款や社長・総社長の決定により定めることになります。
(2) 一方、株式会社の場合、3人以上11人以下の取締役を選任し、取締役会を構成するとともに、取締役の中から取締役会会長を選任することになります。取締役会会長は、少なくとも四半期に1回、取締役会を招集しなければなりません。また、取締役会会長は、i) 監査役会又は独立取締役からの請求があった場合、ii) 社長若しくは総社長又は5人以上の企業管理者(会長、取締役、社長若しくは総社長、及び定款が規定するその他の管理職)からの請求があった場合、iii) 2名以上の取締役からの請求があった場合、iv) 定款に規定する場合には、取締役会を招集しなければなりません。このうち、 i) から iii) の請求があった場合には、取締役会会長は、請求があった日から7営業日以内に取締役会を招集しなければならないとされています。もし、請求があったにもかかわらず取締役会を招集しなかった場合、取締役会会長は、これにより会社に生じた損害を賠償しなければならず、また、請求者は、取締役会会長に代わって取締役会を招集することができるとされています。
取締役会の招集通知は、定款に異なる定めがある場合を除き、遅くとも開催日の3営業日前までに送付しなければなりません。
取締役会は、取締役総数の4分の3以上が出席しなければ成立しないとされていますが、これに満たない場合、本来の招集日から7日以内(定款により短縮可)に再度に2回目の招集を行い、この2回目の招集に対して過半数の取締役が出席すれば、取締役会は有効に成立します。
9.インド
(1) 定足数について
取締役会の数は、公開会社であれば3人以上、非公開会社であれば2人以上、一人会社であれば1人となります(会社法149条1項a)。取締役の員数の上限は、公開会社、非公開会社に関わらず、いずれの会社も15人までとなります(同項b)。
取締役会を有効に開催するための定足数は、取締役総数の3分の1又は取締役2名のいずれか多い方となります(会社法174条1項)。ビデオ会議やその他の視聴覚設備による参加者も定足数に算入することができます(同項)。
(2) 招集方法について
取締役は会社秘書役等へ要請することによりいつでも取締役会を招集することができます(会社法スケジュールテーブルF67条2項)。招集通知は、取締役会決議開催日の少なくとも7日前に会社に登録された各取締役の住所宛てに書面で送付されなければなりません(会社法173条3項)。この招集通知は、手渡し、郵送、又は電子メールの形で送付することができます(同項)。
(3) 開催地及び開催方法について
開催地は、法令の特段の規制はなく、ビデオ会議でも可能であり、インド国外での開催も可能となります。年次財務諸表の承認等一部の議題については、物理的な取締役会での決議が必要とされていましたが、2021年改正取締役会及びその権限に関する規則により、そのような規制もなくなりました。現在は、全ての議題がビデオ会議で行うことが可能となっています。
また、取締役会決議の草案を各取締役の登録された住所宛てに手渡し、郵送、又は電子メールの形で送付し、過半数の賛成を得た場合は有効な書面決議となります(会社法175条1項)。ただし、以下の事項については書面決議で行うことができません。
- 株主への未払株式の払込請求
- 有価証券の買戻しの承認
- 社債を含む有価証券の発行
- 借入
- 会社資金の投資
- 融資、融資の保証又は担保の提供
- 財務諸表及び取締役会報告書の承認
- 事業の多角化
- 合併等の組織再編
- 会社の買収又は支配権の取得
- その他規定される事項
(4) 開催頻度について
会社は1年に4回以上取締役会を開催しなければならず、前の取締役会から120日以上の期間を空けることができません(会社法173条1項)。
また、第一回取締役会は、会社設立登記後30日以内に開催する必要があります(同項)。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)における公開株式会社(public joint stock company)の取締役会の開催方法については、会社法(2021年連邦令第32号)で以下の通り規定されています。この公開株式会社の規定は、非公開株式会社(private joint stock company)に適用されます(第267条)。UAEで主流な会社形態である有限会社(limited liability company)では、経営を行う支配人(manager)が複数選任される場合には、支配人会(board of managers)が設置され、その権能は設立約款で規定されます(第83条第1項)が、別段の規定がない限り、支配人には株式会社の取締役の規定が適用されます(第84条第2項)。他方、会社法はフリーゾーンで設立された会社には適用されず(第5条第1項)、各フリーゾーンで制定された規定によります。
1.概要
取締役会の構成、取締役の数、任期等について、会社定款で定めることができますが、人数は3名以上11名以下で、任期は3年を超えないものとされています(第143条第1項)。
2. 取締役会の招集・開催方法
議長の招集により、最低年4回の取締役会が開催されなければなりません。また、取締役2名以上の要請がある場合には、議長は取締役会を招集しなければなりません(第156条第1項)。取締役全員に招集通知がされなければならず、取締役会は、本社において開催されます(同第2項)。ただし、証券・商品庁(Securities and Commodities Authority)により決定された条件に従って、書面での決議をすることができます(第157条2項)。
3. 定足数・決議方法
取締役の過半数が出席する必要があります(第156条第2項)。決議は、出席取締役の過半数により、同数の場合には、議長により決せられます(第157条第1項)。
4. 議長
議長は、取締役から秘密投票によって選出され、議長不在等のときに代わる副議長も同様に選出され(第143条第2項)、証券・商品庁に通知されるとともに、中央銀行の承認を得る必要があります(同第3項)。
5. 議事録
取締役以外から選任される書記によって、議事録が作成され、出席取締役及び書記によって署名されねばならず、決議に反対した取締役は、議事録にその異議を記載します(第159条)。
発行 TNY Group |
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・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY国際法律事務所(東京及び大阪)、永田国際特許事務所) ・佐賀(TNY国際法律事務所) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://gvalaw.jp/offices/philippines ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://uk.tny-legal.com/ ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associatesジャパンデスク設置) URL: https://dubai.tny-legal.com/ ・インド(TNY Services (India) Private Limited) Newsletterの記載内容は2024年2月28日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
1.日本
(1) 労働者該当性
労働基準法(以下「労基法」といいます)は、「労働者」について、「職業の種類を問わず、事業又は事務所…に使用される者で、賃金を支払われる者」と定義しています(労基法9条)。
この定義から、労基法上の労働者性を判断する上では、「使用される=使用者の指揮監督下での労働であること」及び「賃金を支払われる=労働の対償として報酬を得ていること」の2点が重要とされます。
また、労働契約法(以下「労契法」といいます)は「労働者」を「使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる者」と定義しているところ(労契法2条1項)、これは労基法上の「労働者」と同趣旨であると解されています。
しかし、労働者の実態は多種多様であるため、労働者性の判断は必ずしも容易ではありません。そこで、昭和60年12月19日の労働基準法研究会報告はそれまでの判例・学説の動向を踏まえたうえで、次の判断基準を提示しました。同報告は労働者性の判断について、契約形式の如何にかかわらず実質的に判断するとして、①「指揮監督下の労働」にあたるかは、業務の指示に対する諾否の自由、業務遂行上の指揮監督、勤務場所・勤務時間に関する拘束性、他人による労務の代替性の有無等を考慮することとし、②「賃金を支払われる者」については、労務の対償性のある報酬を受け取る者をいうとしています。更に①②のみでは判断できない場合には特定の企業との専属性の有無等も考慮されます。
(2) 労働者が受けられる保護
労働者に該当する者は労働法の各種規制の対象となる者であり、法令上様々な保護が与えられています。以下では、その中から代表的なものをいくつか簡単にご紹介します。
1.賃金
賃金は原則として、①通貨で、②直接労働者に、③その全額を、④毎月1回以上、一定期日を定めて支払わなければならないとされています(労基法24条)。「通貨」とは、日本国で強制通用力のある貨幣を意味し、外国通貨や小切手等は含まれませんが、労働協約に別段の定めがある場合等には「通貨」以外での支払いも認められます。また、全額払いについても、給与所得の源泉徴収や社会保険料の控除等の例外があります。
2.労働時間及び休憩
原則として、使用者は労働者に、1週40時間、1日8時間を超えて労働させてはなりません(労基法32条1項、2項)。また、労働時間が6時間を超える場合においては45分以上、8時間を超える場合には1時間以上の休憩時間を与えなければなりません(労基法34条1項)。
3.休日
原則として、使用者は労働者に対し、週に1日以上の休日を与えなければなりません。ただし、4週間を通じて4日以上の休日を与える場合には、この原則は適用されません(労基法35条1項・2項)。
4.休暇
法定の休暇・休業としては、年次有給休暇(労基法39条)、産前産後の休業(同法65条)、生理日の休暇(同法68条)、育児休業(育児介護休業法5条以下)、介護休業(育児介護休業法11条以下)、子の看護休暇(育児介護休業法16条の2以下)があります。年次有給休暇について、使用者は、6か月以上継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、継続し、又は分割した10労働日以上の有給休暇を与えなければならず、勤続年数を増すにしたがってその休暇日数は加算されていきます(労基法39条1項・2項)。
5.解雇
使用者は労働者を解雇するにあたっては、少なくとも30日前に解雇予告をするか、30日分以上の平均賃金(直前3か月間の賃金を基に算定されます)を支払わなければなりません。また、解雇理由については法令によって一定の理由による解雇が禁止されている場合があります。更に、判例上、正当な理由のない解雇は権利の濫用であり無効であるとする解雇権濫用法理が定着しており、この法理は労契法に明文化されるに至っています(労契法16条)。
2.タイ
(1) 労働者該当性
労働者とは、その名称のいかんにかかわらず、賃金を受け取り使用者のために労働することに同意した者をいうと定義されています(労働者保護法第5条、労働関係法第5条)。そのため、形式的な契約形態にかかわらず実態として当該定義にあてはまる場合には労働者に該当するものと解されます。
(2) 労働者が受けられる保護
1.賃金
賃金については、①男女平等の原則(労働者保護法53条)、②通貨(=タイバーツ)払いの原則(労働者保護法54条)、③直接払いの原則(労働者保護法55条)、④全額払いの原則(労働者保護法76条)、⑤毎月払い、一定期日払いの原則(労働者保護法70条)といった諸原則が定められています。
②については、労働者の承諾があれば手形又は外国通貨での支払いも認められています。③について、賃金は労働者の勤務場所で支払わなければなりませんが、労働者の承諾があればこの限りではなく、銀行振込による支払についても事前の承諾が必要であると解されています。
2.労働時間及び休憩
労働時間は原則として1日8時間以下、週48時間以下でなければなりません。ただし、労働者の健康と安全を害する可能性がある仕事として労働社会福祉省令で定められているものに関しては1日7時間以下、週42時間以下でなければなりません(労働者保護法23条)。休憩については1日あたりの連続労働時間が5時間を超える前に、1時間以上の休憩時間を与えなければなりません。労働者と使用者との間で1回の休憩時間を1時間未満とする合意もできますが、その場合も1日の休憩時間の合計は1時間以上でなければなりません(労働者保護法27条)。
3.休日
休日は原則として週に1日以上、週休日と次の週休日の間の間隔は6日以内でなければなりません(労働者保護法28条)。使用者は原則として休日に労働者に労働をさせてはなりませんが、労働の性質上継続して行なわなければ業務に支障をきたす場合や緊急の業務の場合等は、使用者は必要範囲内で労働者に休日労働を命じることができます(労働者保護法25条)。
4.休暇
1年間勤続した労働者については、年6日以上の年次有給休暇を取得する権利を有します。勤続年数に応じて年次有給休暇の日数が増加するような法定の制度はありませんが、年6日を超えて休暇を与えること自体は可能です。また、労働者と使用者との事前合意により、未使用の年次有給休暇を次年度に繰り越すことも可能なほか、勤続1年未満の労働者については、使用者が勤務期間に比例して年次有給休暇を決定することもできます(労働者保護法30条)。年次有給休暇のほかには、病気休暇、出産休暇、不妊手術休暇、用事休暇、兵役休暇、研修休暇等が法定されています。
5.解雇
使用者が労働者を解雇する場合には原則として、①1給与期間前までに解雇予告をおこなったこと(期限の定めのない雇用の場合)(労働者保護法17条)、②法定の解雇補償金を支払ったこと(労働者保護法118条)、③年次有給休暇の買取り(労働者保護法67条)を要するほか、④解雇禁止事由(明文規定による個別の解雇禁止事由または不公正解雇)に当たらないことが求められます。
3.マレーシア
1.概要
マレーシアでは、2022年3月に、46条からなる雇用法(The Employment Act 1955)改正案が連邦議会で可決(以下「改正雇用法」といいます。)、2023年1月1日に施行されました。これにより、雇用法の適用対象となる労働者(Employee)の範囲が拡充されています。
そこで企業としては、既存の雇用契約や従業規則が改正雇用法に準拠しているかどうかを確認することが重要です。
2.雇用法(The Employment Act 1955)の適用対象
従前、適用対象となる労働者は、賃金が一定額以下(月額RM2,000以下)の労働者及び肉体労働者等に限定されていましたが、改正雇用法施行により、同法の適用対象者は、月給にかかわらず、雇用契約に基づき役務提供を行う全ての者に拡張されることになりました。なお、当該役務提供契約が雇用契約であるか否かは別途検討する必要となります。そして、当該契約が雇用契約であるか否かは、指揮命令関係の有無や報酬体系等の実質的な要素を考慮して判断されることになります。
3.雇用法による労働者保護の内容
雇用法は、雇用契約の条件及び使用者と労働者の法律関係を規律し、残業や休暇、懲戒についての規定も含まれています。雇用法による労働者保護の内容としては、例えば、同法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効となり、当該無効部分は、雇用法で定める基準によることになります。さらに、改正雇用法には、週の労働時間上限48時間から45時間への短縮や、月の一部のみ勤務した労働者の給与計算方法、産休の延長、既婚男性労働者に対する育児休暇の付与、フレックス制度の運用、雇用法違反に課する罰金の引き上げ等が盛り込まれました。他方、月給4,000リンギを超える労働者には、原則として残業代を支給する必要はないとされている等、労働者の属性によりその適用が除外される条項も存在します。
4.東マレーシアにおける特例
東マレーシアにおいては、前記(2)の「労働者」であっても、雇用法の適用はなく、代わりにサバ州労働令(Labour Ordinance(Sabah)Cap.67)又はサラワク州労働令(Labour Ordinance(Sarawak)Cap.76)が適用されることになります。
4.ミャンマー
1.労働者該当性の判断と労働関係法令の適用範囲
ミャンマーにおいては、統一された1つの労働法が存在するわけではないため、法律ごとに労働者の規定が少しずつ異なります。例えば、最低賃金法においては、「労働者」とは、あらゆる営利事業、製造及びサービス、農業並びに畜産業で働くことを使用者と雇用契約で合意することにより、身体的又は知的能力を利用して無期限雇用若しくは臨時雇用としての労働によって得られる賃金によって生計を立てている者を意味する。この表現は、見習い及び研修員、事務職員、外部の労働者、家政婦並びに運転手、警備員、門番並びに清掃作業員並びに職員を含むと規定されています。
したがって、適用可能性のある法律ごとに労働者該当性を判断することとなります。
5.メキシコ
メキシコでは、労使関係を規定する法律として、連邦労働法(Ley Fedral del Trabajo)が挙げられる。連邦労働法によると、労働者(Tranajador)は、「他者(法人か自然人かを問わない)に対して、従属的で個人的な仕事を提供する自然人である。この場合、「仕事」とは、専門職や職種に必要とされる技術的水準に関わらず、人的な、知的な、あるいは肉体的な活動と解される」と定義されています。従って、雇用の形態に関わらず、使用者との間に従属的な関係があり、労働を提供している人は労働者と考えられ、連邦労働法の規定が適用されます。
(2) 労働者の保護
連邦労働法には、雇用期間に関する規定、雇用関係の終了に関する規定、賃金や労働時間、休日や有給休暇などの労働条件に関する規定、労働者の権利や義務に関する規定などが定められており、労働者はこれらの規定に保護されることとなります。
なお、労働者のうち、管理や監査、監督などの職責を担う人や事業所内における使用者自身の業務を担う人は、「信任労働者(trabajador de confianza)」と定義されており、労働組合の組合員になれないなど、一定の制限を受けます。
その他、船員(Trabajadores de los buques)、航空機乗務員(Trabajadores de las tripulaciones aeronáuticas)、鉄道乗務員(Trabajadores ferrocarrileros)、自動車輸送乗務員(Trabajadores de autotransportes)、農・畜・水産業労働者(Trabajadores del campo)、俳優・音楽家(Trabajadores actores y a los músicos)、家事労働者(代行者)(Trabajadoras del hogar)、鉱山労働者(Trabajadores de mina)、ホテル・レストラン・バー等の労働者(Trabajadores en hoteles, restaurantes, bares y otros establecimientos análogos)、専門医科研修中の研修医(Médicos residentes en período de adiestramiento en una especialidad)、テレワーク労働者(Trabajadores bajo la modalidad de teletrabajo)などの労働者に対し、例えば労働時間や休日の取得について柔軟な取得を認める、他の労働者との平等が保てるよう使用者に義務を課すなど、特別な配慮を行う規定が設けられています。
最低賃金についても、専門職62種それぞれに一般最低賃金とは異なる額の最低賃金額が定められています。
(3) 使用者の責任
使用者が自身の労働者に対して、使用者としての責任を負うことは当然ですが、メキシコにおいては、労働者派遣(subcontratación de personal、「自身の労働者を他者の利益のために利用可能とし、もしくは提供すること」)を利用する場合、派遣先企業も、派遣元企業と連帯し責任を負うことと規定されていることから、派遣元企業に不遵守があった場合、派遣先企業は、自身の労働者と同様に派遣労働者に対しても責任を負う場合が生じ得ます。
6.バングラデシュ
バングラデシュで、労務に関する主な法令は、2006年バングラデシュ労働法、2015年バングラデシュ労働規則、2019年EPZ労働法、2022年EPZ労働規則であり、これらの法令の適用対象となる労働者(worker)は労働法に基づき、その権利が保護され、適用対象とならない労働者は、当事者間の契約にて労働条件が定められます。
1.労働法における「労働者」の定義
労働者の定義は労働法の適用性の判断において重要な基準になります。
労働法2条(65)によれば、労働者は、「雇用条件が明示または黙示されており、雇用または報酬のために熟練、非熟練、マニュアル作業、技術的、売買、事務の業務をするために直接または間接的に事業所または産業に雇用された者で見習いを含む。なお、主に管理、経営、監督の業務に雇用された者は含まない」とされています。
輸出加工区内の企業にのみ適用されるEPZ労働法も同様に定義しており、同法2条(48)では、労働者は、「工業の雇用者を除き、輸出加工区内で直接またはその他の方法で雇用されている、雇用条件が明示または黙示されており、雇用または報酬のために熟練、非熟練、マニュアル作業、技術的、事務の業務をするために事業所または工業に雇用された成人(見習いを含む)である。なお、最高経営責任者、事業の執行、管理の業務のために雇用された者、工業の監督及び管理について責任を負う者は含まない。」とされています。
労働法は、その適用対象として、工場などの産業に従事する労働者を想定しており、経営(administrative)、管理(management)、監督(supervisory)の地位にある者は適用しないと規定していますが、これらの経営、管理、監督の職位体を具体的または明確に定義していません。たとえ経営者という地位であっても、その労働者の業務、義務、その他の要素を考慮して、労働法が適用される労働者か否かが判断されます。また、労働者側が、自身を労働者であるとして労働法に規定される権利を求めて訴訟に発展した場合、労働者側の権利が認められる傾向にあります。
2.労働者に該当しない者に対する規制
労働法の適用対象となる「労働者(worker)」に該当しない者の勤務条件などは、明示的か黙示的かを問わず、雇用契約書または任命書によって決定されます。
企業は、雇用を管理する独自の就業規則(Service rule)を設けることができますが、独自の就業規則は労働法に基づいて規定されている基準よりも労働者の不利にしてはならず、工場・事業所検査局(DIFE)の承認がなければ法的効力は発生しないと解されます。
7.フィリピン
1.フィリピン労働法における「労働者」の定義
フィリピンにおいては、Labor. Code of The Philippines(以下「フィリピン労働法」といいます。)という日本における労働法に位置付けられる法令が定められており、労働者の健康や福祉を守りつつ、使用者との間における公平な立場を保護するための条項が規定されています。
フィリピン労働法においては、労働者に位置付けられる“Employee”(より広義の“Worker”とは異なります。)が定義されており、「使用者に雇用されている者」と説明されています。本稿においては、使用者に雇用されている者を「労働者」といい、以下では労働者該当性について解説いたします。
2.フィリピン労働法における労働者該当性の判断
労働者に該当する場合は、フィリピン労働法における労働者保護の規定が適用されるため、労働者に該当するかどうかは、企業が事業運営のために人員を確保する場面において重要な事項といえます。この労働者該当性については、フィリピンの裁判所は一貫して “four-fold test” と呼ばれる基準を適用しており、以下の4つの要素を基準に判断しているとされています(Parayday v. Shogun Shipping Co., Inc., G.R. No. 204555, July 6, 2020)。
- 使用者が対象者の選考及び採用を行ったかどうか
- 使用者から賃金の支払いがあるかどうか
- 使用者が対象者を解雇する権限を有しているかどうか
- 使用者が対象者の行動を管理する権限を有しているかどうか
これらのうち、④の「使用者が対象者の行動を管理する権限を有しているかどうか」が最も重要な要素であるとされており、使用者が、仕事の結果だけではなく、結果を出すための手段や過程においても管理する権限を有していたかどうかが検討されます。
3.労働者該当性に関して企業が注意すべき点
企業が事業運営のため、人員を確保する際に、注意すべき事項について説明します。
労働者該当性は、先に述べた要素からも分かるように、形式的な面のみならず、実質的な面についても判断されます。仮に対象者との契約書において「労働者」という文言が使用されていない場合であっても、“four-fold test”の基準に照らして検討した場合に、労働者に該当すると判断される場合があります。労働者に当たらない典型例としては、取締役等の役員が挙げられますが、肩書きが役員である場合であっても、“four-fold test”に照らして労働者としての実態がある場合には、労働者に該当し、労働法の保護が適用される余地があることに注意が必要です。
8.ベトナム
ベトナムの現行労働法第2条によると、労働法の適用対象は、i) 全ての労働者、職業学習生、職業実習生、労使関係を持たずに働く者、ii) 使用者、iii) ベトナム国内で働く外国人労働者、iv) 労使関係に直接関係するその他の機関、組織、個人とされています。このうち、労働者とは、使用者のために合意に基づいて働き、賃金の支払いを受け、使用者によって管理、指揮、監督される者をいうとされています(労働法3条1項)。労働者の最低就労年齢は、原則として15歳以上とされています。 また、「職業学習生」とは、職場で職業訓練を行うために使用者が採用する個人のこと、「職業実習生」とは、職場で特定の職務上の地位に応じた業務の実習や専門的な実践を行うために使用者が採用する個人のことをいうとされ、いずれも原則として14歳以上でなければならず、職業学習、職業実習を受けるために適した健康状態を有していなければなりません。
また、労働法は「ベトナム国内で働く外国人労働者」も適用対象とされていますが、ベトナム人と異なり、年齢は18歳以上でなければならないこと、一定の専門・技術水準、技能、実務経験を有すること、一定の健康状態を有すること、原則として労働許可証を取得しなければないことなど、さまざまな条件が課されています。
9.インド
インドでは産業分野ごとや規制内容ごとに多くの連邦法及び州法が存在し、全ての労働関係法令において労働者該当性の判断基準が統一されているわけではありません。なかでも解雇規制など労使関係において重要な規制を設ける産業紛争法(Industrial Disputes Act,1947)の労働者該当性の判断基準について確認しておくことが重要となります。なお、産業紛争法及び後述する産業雇用就業規則法は、労使関係法典(未施行)に統廃合されますが、労働者(Workman)の判断基準は基本的に変わりません。
(1) 労働者該当性の判断について
産業紛争法では、「労働者(Workman)」とは、雇用条件が明示的であるか黙示的であるかを問わず、賃金又は報酬のために、手作業、非熟練労働、熟練労働、技術的、作業的、事務的、又は監督的業務を行うためにあらゆる産業で雇用される者(見習いを含む)と定義されています(産業紛争法2条(s))。また、同条は、監督的立場で雇用され月額INR1万以上を超える賃金を受け取る者で、かつ、職務の性質上、又は与えられた権限により、主に管理的な性質を持つ職務を遂行する者は、労働者に該当しないと規定しています。
また、裁判例では、賃金か報酬かにかかわらず、直接又は代理機関を通じて、雇用されている人を意味し、主人(Master)と使用人(Servant)の関係が存在し、主人は使用人が行う仕事を監督し、管理するものとし、使用人がどのような仕事をするかを指示するだけでなく、使用人がどのように行うかについても監督しなければならないとの判断基準を示しています。
したがって、インドにおいては労働者該当性の判断は、雇用契約書に記載される業務内容など形式的な肩書等だけでなく実際に問題となる従業員が行う業務や監督的立場の有無又は業務遂行についてどのように監督されるか等の事情を総合的に判断する必要があります。そして、当該従業員が使用者から業務遂行方法についてまで指示がなされている場合は労働者に該当する可能性が高くなります。
(2) 労働関係法令の適用範囲について
産業紛争法上の労働者(Workman)に該当する者については、産業紛争法の解雇規制が適用され、法令の規制に基づき解雇手続を進める必要があります。また、解雇について紛争が生じた場合には、調停官による調停や労働裁判といった産業紛争法で規定される手続に従うことになります。
また、産業雇用就業規則法では、産業紛争法の労働者と同じ判断基準を利用しているため前記労働者に該当する者の事業場については、産業雇用就業規則法に基づき就業規則を策定運用する必要があります。もっとも、産業紛争法の解雇規制は労働者が50人以上いる事業場に適用され、産業雇用就業規則法の就業規則に関する規定は一部の州を除き労働者が100人以上いる事業場に適用されます。
労働者に該当しないノン・ワークマン(Non-Workman)については、契約解除の方法等の労働条件については、州ごとの店舗施設法の規定に反しない限り労使間の雇用契約に従うことになります。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)での労働法制については、公的機関と私企業に分かれて規定されていて、フリーゾーン独自の規則が適用される2か所のフリーゾーン(Abu Dhabi Global Market及びDubai International Financial Center)で設立された会社以外の私企業については、私企業における労働関係に関する規則(2021年連邦令第33号。以下、「連邦労働法」といいます。)及び労働関係に関する2021年連邦令第33号の施行に関する2022年内閣決定第1号(以下「施行規則」といいます。)によって、規定されています。
(1) 労働者該当性
「労働者」とは、雇用者の監督および指示の下で、UAE内で人的資源・自国民化省(Ministry of Human Resources and Emiratisation。以下「MoHRE」と言います。)からライセンスを取得した企業の1つのために働くことを認められた自然人、「雇用者」とは、賃金を対価として1人以上の労働者を雇用する自然人または法人、と定義されています(連邦労働法第1条)。
連邦労働法第6条第1項は、労働行為並びに雇用者による労働者の採用及び雇用には、連邦労働法及びその施行規則に基づきMoHREからの就労許可(work permit)を取得しなければならない、と規定しています。このように、労働のためには就労許可が必要とされ、企業が労働者を雇用するには、労働者がUAE国民か外国人であるかを問わず、原則として、雇用者が就労許可を取得しなければなりません。
ただし、就労許可の1種であるフリーランス許可については、特定の企業・団体をスポンサーとせず、有効な労働契約の締結を前提とせず、企業又は個人に対して、限定された期間、ある任務の遂行、または特定の業務について、その役務を提供することで報酬を得る独立した自営業を営む個人に対して発給されます(施行規則第6条)。フリーランスで役務を提供する自然人は、役務提供相手たる企業または個人の労働者ではありません(施行規則第6条及び8条)。
(2) 労働者保護規定からの除外
連邦労働法は、雇用契約の締結(第8条)、就労時間(第17~19条)、休祝日(第21、28条)、年次有給休暇(第29条)、出産等各種休業(第30~32条)、労働争議にかかる訴訟費用の免除(第55条)等の労働者を保護する規定を置いています。ただし、就労時間に関しては、労働者が、①取締役会の議長及びその構成員、②雇用者の権限を与えられている監督的地位を占める者、③その労働の性質上特別な条件を享受している艦艇乗組員及び船員、の場合には適用除外されます(施行規則第15条第4項)。
発行 TNY Group |
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・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY国際法律事務所(東京及び大阪)、永田国際特許事務所) ・佐賀(TNY国際法律事務所) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://gvalaw.jp/offices/philippines ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://uk.tny-legal.com/ ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associatesジャパンデスク設置) URL: https://dubai.tny-legal.com/ ・インド(TNY Services (India) Private Limited) Newsletterの記載内容は2024年1月30日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
1.日本
(1) 労働時間
労働時間は、原則として1日8時間、1週間に40時間を超えてはなりません。1日の労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩時間を与える必要があります。
(2) 時間外労働
労働者の過半数で組織する労働組合か労働者の過半数を代表する者との労使協定において、時間外・休日労働について定め、行政官庁に届け出た場合には、法定の労働時間を超える時間外労働、法定の休日における休日労働が認められます。ただし、時間外労働時間には限度が設けられており、原則として1か月45時間、1年360時間を超えないものとしなければなりません。
(3) 時間外、休日、深夜の割増賃金
法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超えた場合、割増率25%以上の時間外労働手当を支払う必要があります。時間外労働が1か月60時間を超えた場合には、割増率50%以上の時間外労働手当を支払う必要があります。
法定休日(週1日)に労働者を勤務させた場合、割増率35%以上の休日労働手当を支払う必要があります。22時から5時までの間に労働者を勤務させた場合、割増率25%以上の深夜手当を支払う必要があります。
(4) 変形労働時間制
変形労働時間制は、労使協定または就業規則等において定めることにより、一定期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定の労働時間を超えない範囲内において、特定の日又は週に法定労働時間を超えて労働させることができます。「変形労働時間制」には、(1)1ヶ月単位、(2)1年単位、(3)1週間単位のものがあります。
(5) フレックスタイム制
フレックスタイム制は、就業規則等により制度を導入することを定めた上で、労使協定により、一定期間(1ヶ月以内)を平均し1週間当たりの労働時間が法定の労働時間を超えない範囲内において、その期間における総労働時間を定めた場合に、その範囲内で始業・終業時刻を労働者がそれぞれ自主的に決定することができる制度です。
出典:厚生労働省ホームページ
(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/index.html)
2.タイ
(1) 就業時間
労働時間は、原則として1日8時間を超えてはなりません。ただし、就業日のいずれかの日の労働時間を8時間より短い時間とし、8時間に満たない残り時間を他の就業日の労働時間に加えることについて、会社と従業員は合意することができます。ただし、この場合でも、1日の労働時間は9時間を超えてはならないとされています。また、1週間の総労働時間は48時間を超えてはならないとされています(労働者保護法第23条)。
休憩時間は、1労働日の労働時間中、労働を開始してから連続労働時間が5時間を超えない間に、1時間以上付与する必要があります。この休憩時間は1時間より短い時間に分割することが可能ですが、1労働日における休憩時間が、合計1時間を下回ってはならないとされています。また、通常の労働時間に続く時間外労働時間が2時間以上ある場合は、時間外労働の開始前に、20分以上の休憩時間を付与する必要があります。ます(同法第27条)。
(2) 時間外労働
会社が従業員に対して時間外・休日労働を行わせる場合、原則として、従業員からその都度、個別の同意を得ることが必要となります。ただし、業務の性質・形態により連続して行うことが求められ、中止した場合に損害が生じる業務、緊急の業務、または省令により定められたその他の業務については、必要な範囲内で、会社は従業員に対して、時間外・休日労働を行わせることができます(同法第24条)。
時間外・休日労働の合計時間は、週36時間を超えてはならないとされています(同法第26条)。
(3) 時間外労働手当
労働日の通常の労働時間外に、従業員に時間外労働をさせた場合、会社は従業員に対して、労働した時間数に応じて、労働日の時間当たりの賃金の1.5倍以上の時間外労働手当を支払う必要があります(同法第61条)。労働日の時間当たりの賃金とは、月額賃金を30で割り、それを通常の労働日における一日の平均労働時間数で割った額とされています(月給で賃金を受領している場合)(同法第68条)。
(4) 休日労働手当
休日に賃金を受領する権利を有する従業員に、休日労働をさせた場合、会社は従業員に対して、労働日の時間当たりの賃金の1倍以上の休日労働手当を支払う必要があります。
休日に賃金を受領する権利を有しない従業員に、休日労働をさせた場合には、労働日の時間当たりの賃金の2倍以上の休日労働手当を支払う必要があります(同法第62条)。
(5) 休日時間外労働手当
休日の労働時間外に、従業員に休日時間外労働をさせた場合、会社は従業員に対して、労働日の時間当たりの賃金の3倍以上の休日時間外労働手当を支払う必要があります(同法第63条)。
3.マレーシア
1.就業時間
マレーシアでは、雇用法(Employment Act 1955)により、原則として、1日の労働時間の上限を8時間まで、1週間の労働時間の上限を45時間までと定めています。また、8時間未満の労働時間の日が生じる場合には雇用契約において同じ週の他の日について8時間以上の労働時間を設定することができるとされていますが、この場合でも1日9時間、1週間45時間を超える労働時間を設定することはできません。
さらに、雇用法は、休憩時間に関し、30分以上の休憩時間を挟むことなく5時間以上の勤務をさせてはならないと規定する他、全体の拘束時間に関し、休憩時間を含めた1日の拘束時間が10時間を超えてはらないと規定しています(雇用法60A条(1))。
2. 時間外労働
マレーシアでは1980年雇用(時間外労働の制限)規則(Employment (Limitation of Overtime Work) Regulations 1980)により、月104時間に規制されています。また、原則として、1日12時間以上の労働は禁止されています(雇用法60A条(7))。
3. 時間外労働手当
所定労働時間を超えて労働をした場合には、時間給の1.5倍の額の時間外労働手当を支給しなければなりません(雇用法60A条(3))。時間外労働手当の計算にあたっては、拘束時間が10時間を超えた場合にはその後の拘束時間が休憩時間を含めすべて時間外労働時間と見做されてしまうことに注意が必要です(雇用法60A条(1))、2条)。なお、時間外労働手当に関する規定は、原則として月給4,000リンギット超の従業員には適用されません。
4. フレキシブル勤務形態の導入
マレーシアでは、書面で雇用主に対して就業時間・就業日・就業場所についてフレキシブルな勤務形態の導入を求める申請することができるとされています。雇用主は、申請から60日以内に承認又は拒否する必要があります。雇用主が申請を拒否する場合には、その理由を付す必要があります(雇用法60P条、60Q条)。
4.ミャンマー
1.就業時間
ミャンマーにおいては、業種ごとに労働時間について異なる規制が異なる法律において規定されています。すなわち、店舗、商業施設、公共娯楽施設における労働者に関しては店舗及び商業施設法、工場における労働者に関しては工場法、油田における労働者に関しては油田(労働及び福利厚生)法が規定しています。具体的には、店舗、商業施設又は公共娯楽施設における労働者の労働時間は、1 日 8 時間、かつ、1 週間 48 時間以内です(店舗及び商業施設法 11 条(a))。工場における労働者の労働時間は、原則として 1 週間で 44 時間以内、かつ、1 日 8 時間以内です(工場法 59 条及び 62 条)。但し、技術的理由により労働を継続しなければならない場合、週 48 時間まで認められます(工場法 59 条)。また、労働時間及び休憩時間の合計時間についても規制が存在します。工場の労働者の労働時間及び休憩時間の合計時間は、原則として 10 時間を超えることはできません(工場法 64 条)。 店舗、貿易施設、公共娯楽施設の労働者については 11 時間を超えることはできません(店舗及び 商業施設法 12 条(a))。
2. 時間外労働
店舗及び商業施設法の適用対象労働者について、時間外労働が一週間で 12 時間を超えることは認められません。但し、必要な場合、特別なケースとして、16 時間を超えない範囲で認められます。しかし、深夜 12 時を過ぎることはできません(店舗及び商業施 設法 11 条(b))。工場法においては時間外労働時間に関する規定は存在しません。
3. 時間外労働手当
使用者は、労働者を法律上規定された労働時間以上働かせた場合、時間外労働手当として、平均賃金の 2 倍以上の額を支払わなければなりません(工場法 73 条)。休日に働かせた場合も同様に平均賃金の 2 倍以上の額を支払わなければなりません(休暇及び休日法 3 条 2 項)。休日に時間外労働をさせた場合においても、割増率は変わらず、平均賃金の2 倍以上とされています。日本と異なり、深夜労働手当は存在しません。また、日本では管理監督者に対して時間外労働手当及び休日手当の支払いは不要ですが、休暇及び休日法においては適用除外事由にマネージャーは含まれていないため、休日手当はマネージャーに対しても支払う必要があると解されます。
4. フレキシブル勤務形態の有無
ミャンマーでは、日本のような裁量労働時間制や変形労働時間制は法律上規定されていません。
5.メキシコ
連邦労働法(Ley Fedral del Trabajo)は、1日当たりの最大労働時間を日勤(6時から20時)の場合8時間、夜勤(20時から翌6時)の場合7時間、日勤から夜勤にわたる場合7.5時間(ただし、20時以降の勤務時間は3.5時間未満に限られる。)と規定しています。また、休日は、6就業日ごとに1日設ける必要があると定められていることから、週の最大勤務時間は、それぞれ48時間、42時間、45時間となります。
なお、土曜日の午後を休業にするといった目的であれば、1週間の労働時間を分配することが認められており、雇入れ時に労働者と使用者との書面による合意がある場合において、例えば、日勤の場合において、月曜日から金曜日を就業日、土曜日と日曜日を休業日とした場合に、週の労働時間45時間とした場合、各就業日の労働時間を9時間とすることができます。
休憩時間については、連邦労働法にもとづけば、連続する勤務中に少なくとも30分付与する必要があり、この休憩時間に勤務場所から離れられない環境にある場合は、休憩時間も勤務時間に含めとされています。しかし、連邦労働法が定める30分の休息は、労働者に認められる最低限の権利であり、労務提供場所に留まるか否かに関わらず、勤務時間とすべきとの最高裁判所の判断が示されており、また、休憩時間を就業時間に含めないために必要となる概念「中断のある勤務(jornada discontinua)」が認められる場合として、休憩時間が最低1時間あり労働者の仕事を中断させるものであって、これにより労働者は当該時間を使用者の指揮命令を受けることなく自由に過ごすことができ、労務の提供が完全に停止される場合と判示されています。従って、1時間未満の休憩時間とする場合は、例え労働者がその時間を自由に享受することができる場合であっても、勤務時間に含めることが推奨されます。
(2) 時間外労働
時間外労働は1日当たり最大3時間、週に3日まで、週に3回9時間までと連邦労働法に規定されています。
(3) 時間外労働手当
1日当たりの勤務時間を超えた場合の割増賃金率は100%となり、超過時間については、通常の賃金と併せて通常の2倍の賃金を支払わなければなりません。万一、週の1日の時間外勤務が3時間を超えた場合や週の時間外勤務の時間が9時間を越えた場合、その超過時間に対しては通常の3倍の賃金を支払わなければなりません。
(4) 休日労働手当
前述の通り、休日は6就業日ごとに1日設けることが義務付けられており、その休日は、原則として日曜日としなければなりません。ただし、事業の性質上必要である場合は、使用者と労働者の合意によって休日を別に定めることができるとされており、日曜日の就業については少なくとも通常の給与の25%の額の手当を支給する必要があります。
もっとも、使用者と労働者とで合意した労働者の休日に労働させる場合は、割増賃金率は200%となり、通常の賃金と併せて通常の3倍の賃金を支払わなければなりません。
6.バングラデシュ
1.就業時間・休憩時間
バングラデシュ労働法では、1日当たりの最大労働時間は8時間、週当たりで48時間と規定されています。(労働法第100条、第102条、EPZ労働法第38条)。
休憩時間は、1日当たりの労働時間が5時間を超える労働者は、30分の休憩(食事休憩含む)、6時間を超える労働者は、1時間の休憩、8時間を超える労働者は1時間の休憩または30分の休憩を2回取得させなければならない(労働法第101条、EPZ労働法第40条)とされています。
女性の労働者は、本人の書面による同意がない限り、午後10時から午前6時までの時間帯に勤務させることはできません(労働法第109条)。EPZの女性労働者は、本人及び検査官の同意がない限り、午後8時から午前6時まで勤務させてはならないと規定されています(EPZ労働法第46条)。
2. 時間外労働
時間外労働手当が支給される場合は、1日当たり10時間までの労働が認められ(労働法第100条、EPZ労働法第38条)、週当たり60時間までの労働が認められます。しかし、年間で週当たりの平均労働時間が56時間を超えてはいけません(労働法第102条、EPZ労働法第40条)。また、労働者の拘束時間は、政府による特別の承認がない限り、休憩を含めて10時間を超えてはならない(労働法第105条)とされております。
規定の労働時間を超過した場合の時間外労働手当は、基本給(+物価上昇手当+一時又は中間手当(ある場合))の2倍です(労働規則第102条(1)、EPZ労働法第45条)。
3. 深夜労働
深夜労働に対する手当についての規定は定められておりません。夜間シフトが深夜12:00を過ぎる場合、週休は夜間シフトの終了時間から連続した24時間となります。また、翌日とは、シフトの終了時間から連続した24時間をいい、深夜を過ぎてからの勤務時間は前日の勤務時間として計算されます(労働法第106条、EPZ労働法第43条)。
7.フィリピン
1.フィリピン労働法における労働時間規制概要
フィリピンにおいては、Labor. Code of The Philippines(以下「フィリピン労働法」といいます。)という日本における労働法に位置付けられる法令が定められており、労働者の健康や福祉を守りつつ、使用者との間における公平な立場を保護する観点から労働時間に関する規制が設計されています。
原則として、フィリピン労働法においては、1日あたり8時間の労働時間が上限とされています。日本の労働時間規制の制度と同様に、この労働時間には休憩時間を含みません。フィリピン労働法においては、1日あたり1時間の休憩時間を労働者に与える必要があります。また、1週間あたりの労働時間は48時間が上限として設定されています。
なお、医療従事者などの緊急性の高い職業については、1日8時間以上の労働が例外的に認められる場合があります。
2. フィリピン労働法における時間外労働に対する追加的な賃金支払義務
フィリピン労働法においては、使用者が労働者に時間外労働を求める場合は、追加的な賃金の支払いが必要となります。具体的には、1日8時間の労働時間を超過した場合は、超過した労働時間に対して25%増の金額が時間外労働の対価として追加的に支払われることになります。また、22時から翌6時までの夜間労働においては、10%の夜間割増賃金の支払いも必要となります。さらに、休日や祝日に労働した場合は、30%の休日割増賃金が支払われます。ただし、元日など法律に定められたRegular Holidayについては100%を割り増し、合計200%の賃金を支払う必要があります。フィリピンにおいては、毎年政府から休日や祝日のスケジュールが提示されますので、確認することも必要になってきます。
これらの追加的な支払義務は、労働者の過剰な労働を防ぐ目的で設計されているため、労働者に対して別日に休日を与えたからといって免除される義務ではないことに留意する必要があります。
3. フィリピン労働法における時間外労働規制に違反した場合のリスク
それでは、労働者を雇う企業が万が一労働時間規制に違反した場合はどのようなリスクがあるのでしょうか。
割増賃金を含む賃金について、未払賃金がある場合には労働者への支払義務があり、重大な違反と認定された場合は、業務停止や取得したライセンスの取消しリスクが存在します。未払賃金がある場合は、労働者との間で紛争に発展するリスクがあります。紛争に発展した場合は、Department of Labor and Employment(以下「DOLE」といいます。)において紛争解決を試みることになり、時間や費用がかかるおそれがあります。
4. DOLEが提示する時間外労働規制に関するガイドライン
DOLEは、時間外労働に関する詳細なガイドラインを提供しています。このガイドラインは、労働法の解釈に大きな影響を与えうるため、できる限りガイドラインに沿った運用実態を構築することが重要です。労働時間の計算方法、時間外手当の支払方法、休日及び夜間労働に関する指針などが具体例とともに提示されています。
8.ベトナム
(1) 労働時間に関する規定
① 日中の労働時間
使用者は、労働者に通知することを条件に、労働者に適用する労働時間について、下記の所定労働時間の範囲内において日または週単位で自由に規則を定めることができます。
- 日単位で定める場合、1日あたり8時間、1週間あたり48時間以下
- 週単位で定める場合、1日あたり10時間、1週間あたり48時間以下
但し、1935年の国際労働機関(ILO)第47号条約に基づき、ベトナムの現行労働法は、使用者に対し、週40時間労働とすることを奨励しています。
また、以下の特別な場合には、所定労働時間が短縮されます。
- 妊娠している女性労働者が、過酷、有害、危険な業務、または非常に過酷、有害、危険な業務、または母性に悪影響を及ぼす可能性のある業務に従事する場合、賃金およびその他の手当を減額することなく、労働時間を1日あたり1時間短縮しなければなりません。この規定は、子供の出産後、生後12か月に達するまで適用されます。
- 15歳未満の労働者の所定労働時間は、1日あたり4時間、1週間あたり20時間以下とし、15歳以上18歳未満の労働者の所定労働時間は、1日あたり8時間、1週間あたり40時間以下とされています。
② 深夜労働
22:00から翌日の6:00までの労働時間を深夜労働時間と定義され、通常、この深夜労働時間は、シフト制で労働者を使用する使用者に適用されます。そのため、深夜労働時間も所定労働時間とみなされますが、最低賃金やその他の処遇(労働時間中の休憩など)は、日中の労働時間よりも優遇されます。
しかし、すべての労働者に深夜労働時間制を適用できるわけではありません。使用者は、以下の労働者を深夜労働時間に勤務させることができません。
- 高地、遠隔地、国境地域、島しょ地域に勤務する妊娠6か月目以降の女性労働者
- 高地、遠隔地、国境地域、島しょ地域以外のその他の場所で勤務する妊娠7か月目以降の女性労働者
- 生後12ヶ月未満の子を養育する女性労働者(当該女性労働者の同意がある場合を除きます)
- 15歳未満の労働者
- 15歳以上18歳未満の労働者(労働傷病兵社会省の大臣がリストアップした複数の特定職種および業務は除きます)
- 労働能力が51%以上低下した障害者、重度または極めて重度の障害者(当該労働者の同意がある場合を除きます)
③ 特殊業務を行う労働者に適用される労働時間
特殊業務には、運輸(道路、鉄道、水上、航空)、海洋での石油・ガス探査・採掘、海洋業務、芸術、放射線・原子力工学の利用、高周波の応用、情報技術、技術の研究・応用、工業デザイン、潜水業務、鉱業業務、季節的生産業務および受注商品加工業務、24時間勤務を要する業務、自然災害・火災・疫病への対応、スポーツ・フィットネス関連業務、医薬品・生物学的製剤の製造業務、ガス配給管・ガス工事の運転・保守・修理業務が含まれています。
これらの特殊業務に従事する労働者に課される労働時間に関しては、労働傷病兵社会省および特定の管轄省が決定します。ただし、労働時間の決定に際し、労働時間中の休憩に関する規定の遵守は義務とされています。
(2) 時間外労働に関する規定
法律、労働協約、または就業規則に規定されている所定労働時間以外に行われる労働を時間外労働といい、使用者は、労働者に対して時間外労働を命じる場合には、労働者の同意を得なければなりません。ただし、深夜労働時間に勤務させることが禁止されている労働者に時間外労働をさせることは禁止されています。
労働者に適用される時間外労働の上限は以下のとおりです。
i) 原則として、年間200時間までです。また、1か月あたり40時間を超えてはならず、所定労働時間と時間外労働時間の合計が1日あたり12時間を超えてはならないとされています。
ii) 以下の場合は、年間300時間までとされていますが、使用者は当局に書面で届け出ることが義務付けられています。また、i)と同様に、1か月あたり40時間を超えてはならず、所定労働時間と時間外労働時間の合計が1日あたり12時間を超えてはならないとされています。
- 繊維、衣料、履物、電気、電子製品の製造および加工、農林水産物の加工、製塩
- 発電および電力供給、電気通信、製油所操業、給水および排水
- その時点で労働市場に出回っていない高度な技能を持つ労働者を必要とする仕事
- 季節的な理由、材料や製品の入手可能性、または予期せぬ原因、悪天候、自然災害、火災、敵対行為、電力や原材料の不足、生産ラインの技術的な問題により、延期できない緊急の仕事
- その他政府の定める場合
iii) 以下の場合は、時間外労働の上限はありません。また、原則として、労働者の同意を得る必要もありません。
- 国家安全保障または国防のため、法律に定められた徴兵制度の命令を執行する場合
- 自然災害、火災、伝染病、災害の予防およびそれらからの復旧において、特定の組織または個人の生命や財産を保護するために必要な業務を遂行する場合(ただし、その業務が労働安全衛生法に規定される労働者の健康や生命を脅かす場合を除く)。
9.インド
(1) 概要
インドでは、就業時間や時間外労働等に関する規制は、それぞれの州の店舗・施設法において規定されています。
なお、2020年に就業時間や時間外労働を定めた連邦法である労働基準法典(THE OCCUPATIONAL SAFETY, HEALTH AND WORKING CONDITIONS CODE, 2020)が公布されています。労働基準法典は未施行ですが、施行後は当該法典の規定に従うことになります。
(2) デリーの規制
デリーの就業時間や時間外労働に関する規制は、1954年デリー店舗及び施設法において規定されています。
1.就業時間について
いかなる労働者も施設の業務に関して1日に9時間を超えて、又は週に48時間を超えて働くことは許されず、使用者は当該就業時間の上限規定に合わせて1日の労働時間を固定しなければなりません(デリー店舗及び施設法8条)。労働時間は、連続労働時間が5時間を超えないように定めなければならず、また、いかなる労働者も、少なくとも30分の休憩又は食事の間隔を置かず5時間を超えて労働することを要求され、又は許可されてはなりません(デリー店舗及び施設法10条)。また、休憩又は食事の時間を含めて商業施設では10時間30分を超えないように労働時間を定めなければなりません(デリー店舗及び施設法11条)。
2. 時間外労働について
労働者は、上記時間を超えて働くことを許可又は要求される場合がありますが、週に 54 時間を超えないようにする必要があります(デリー店舗及び施設法8条)。また、年間の時間外労働の合計時間は150時間を超えることはできません(同条)。時間外労働に対しては、時間単位で計算される通常の賃金の2倍の賃金を支払う必要があります(同条)。
(3) その他の州の規制
その他の主要な州の規制は以下の通りです。
州 | 就業時間(上限) | 休憩 | 時間外労働(上限) | 時間外手当 |
デリー | 1日9時間 週48時間 休憩を含めて 10時間30分まで |
少なくとも30分間の休憩なしに5時間連続労働させることができない | 通常の労働時間を含めて週54時間まで 1年間で150時間を超えることができない |
通常の賃金の2倍
|
ハリアナ州(グルガオン) | 1日9時間 週48時間 休憩を含めて10時間まで |
少なくとも30分間の休憩なしに5時間連続労働させることができない | 四半期に50時間を超えることができない |
通常の賃金の2倍
|
カルナータカ州(バンガロール) | 1日9時間 週48時間 休憩を含めて12時間まで |
少なくとも1時間の休憩なしに5時間連続労働させることができない | 時間外労働を含めて労働時間が1日10時間を超えることができない 3カ月で50時間を超えることができない |
通常の賃金の2倍
|
タミルナドゥ州(チェンナイ) | 1日8時間 週48時間 休憩を含めて12時間まで |
少なくとも1時間の休憩なしに4時間連続労働させることができない | 時間外労働を含めて労働時間が1日10時間を超えることができない 通常の労働時間を含めて週54時間まで |
通常の賃金の2倍
|
マハラシュトラ州(ムンバイ) | 1日9時間 週48時間 休憩を含めて10時間30分まで |
少なくとも30分間の休憩なしに5時間連続労働させることができない | 時間外労働を含めて1日の拘束時間が12時間を超えることはできない 3カ月で125時間を超えることができない |
通常の賃金の2倍
|
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)での労働法制については、公的機関と私企業に分かれて規定されています。
連邦政府機関は、月曜から木曜日は午前7時30分から午後3時30分まで、金曜日は正午までの週4.5日の労働とされています。
フリーゾーン独自の規則が適用される2か所のフリーゾーン(Abu Dhabi Global Market及びDubai International Financial Center)で設立された会社以外の私企業については、私企業における労働関係に関する規則(2021年連邦令第33号。以下、「連邦労働法」といいます。)及び労働関係に関する2021年連邦令第33号の施行に関する2022年内閣決定第1号(以下「施行規則」といいます。)によって、以下の通り規定されています。
(1) 労働時間
労働時間は、1日8時間または週48時間と定められています(連邦労働法第17条第1項)。1時間以上の休憩を挟むことなく、連続5時間以上の労働は認められません(連邦労働法第18条)。
労働時間の規定は、特定の産業や労働者の種類に応じ、内閣の決定によって伸長・短縮することができ(連邦労働法第17条第2項)、この規定の適用から除外される職種は施行規則で定められています。
なお、ムスリムが断食をするラマダーン月には、通常労働時間は、2時間短縮されます(連邦労働法第17条第4項、施行規則第15条第2項)。
(2) 時間外労働
フルタイム勤務従業員以外は、書面の同意がない限り、時間外労働を求めることはできません(連邦労働法第17条第5項)。
時間外労働は、1日当たり2時間を限度とし、3週毎の合計労働時間は144時間を超えてはなりません(連邦労働法第19条第1項)。ただし、深刻な損失や事故の発生を防止するために必要とされる場合はその限りではありません(施行規則第15条第3項)。
(3) 時間外労働手当
時間外労働に対しては、通常勤務時間の時給に25%以上を上乗せした手当が支払われ(連邦労働法第19条第2項)、午後10時から午前4時までの間の時間外労働については、50%以上を上乗せする必要がありますが、シフト制で勤務する労働者についてはその限りではありません(連邦労働法第19条第3項)。
休日労働に関しては、代休を取得するか、通常勤務時間の時給に50%以上を上乗せした賃金を得ることができます(連邦労働法第19条第4項)。ただし、日雇い労働者を除き、2日以上連続して休日労働を求めることはできません(連邦労働法第19条第5項)。
発行 |
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1.日本
(1) 最低賃金制度
日本の最低賃金額は、最低賃金法に基づき定められています。最低賃金には、47都道府県毎に定められる「地域別最低賃金」と、特定の産業について定められる「特定最低賃金」の2種類が存在します。
「地域別最低賃金」は、産業や職種にかかわりなく、都道府県内の事業場で働くすべての労働者に対して適用されます(パートタイマー、アルバイト、臨時、嘱託などの雇用形態や呼称の如何を問わず、すべての労働者に適用されます)。
「特定最低賃金」は、関係労使の申出に基づき、最低賃金審議会が地域別最低賃金よりも金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めた産業について設定されています。特定地域内の特定の産業の基幹的労働者に適用されます(18歳未満又は65歳以上の方、雇入れ後一定期間未満で技能習得中の方、その他当該産業に特有の軽易な業務に従事する方などには適用されません)。
最低賃金の対象となる賃金は、毎月支払われる基本的な賃金です。賞与や各種割増賃金、通勤手当等は最低賃金の対象とはなりません。
(2) 最低賃金額
各都道府県の地域別最低賃金額は、2023年10月以降、改定されています。令和5年度の地域別最低賃金額については、厚生労働省のホームページ(地域別最低賃金の全国一覧)をご参照下さい。
(3) 罰則等
最低賃金額より低い賃金を労働者、使用者双方の合意の上で定めても、それは無効とされ、最低賃金額と同額の定めをしたものとされます。また、使用者が最低賃金額未満の賃金しか支払わなかった場合には、最低賃金額との差額を支払わなくてはなりません(最低賃金法第4条)。
労働者に対して地域別最低賃金額以上の賃金額を支払わない使用者には、罰則として、50万円以下の罰金が科せられます(最低賃金法第40条)。
労働者に対して特定最低賃金額以上の賃金額を支払わない使用者には、罰則として、30万円以下の罰金が科せられます(労働基準法第120条)。
「最低賃金制度の概要」(厚生労働省)をもとに作成
2.タイ
(1) 最低賃金額
タイの最低賃金額は、労働省の賃金委員会が内閣の承認を得て決定します。2022年10月1日に発効した、最低賃金額に関する賃金委員会通達11号(Wage Committee Announcement on Minimum Wage Rate (No.11))により、地域毎の最低賃金額が以下のとおり定められています。バンコクの最低賃金額は、353THB/日となっています。
(2) 賃金の定義
賃金とは、雇用契約に基づき使用者と労働者との間で合意された、通常の労働時間内の労働の対価として支払われる金銭をいいます(労働者保護法第5条)。使用者が労働者に対して支払う賃金は、定められた最低賃金を下回ってはならないとされています(同法第90条1項)。
(3)罰則
労働者に対して最低賃金額を支払わない使用者には、罰則として、6ヶ月以下の禁錮もしくは10万バーツ以下の罰金、またはその両方が科せられます(同法第144条1項1号)。
3.マレーシア
(1) 最低賃金額及び賃金の定義
マレーシアでは、2022年最低賃金令 (Minimum Wages Order 2022)により、最低賃金が月額1,500リンギットと定められています。また、日給、時給については以下のとおり定められています。同令が施行される以前は、主要都市及び地域都市とそれ以外と地域で最低賃金額が異なっていましたが、同令施行により一律の最低賃金額が定められました。
雇用法上、「賃金」とは、「雇用契約に基づき行われた労働に対して従業員に支払われる基本賃金およびその他すべての支払い」と定義されており、住居費、手当、チップ、賞与等は含まれません。
(2) 適用除外
2022年最低賃金令は、雇用法2条(1)、サバ州労働条例(Sabah Labour Ordinance) 2 条(1)、およびサラワク州労働条例(Sarawak Labour Ordinance) 2 条(1)に定義されている家事使用人には適用されないとされています。
(3) 罰則
最低賃金制度に違反した使用者に対しては、初犯の場合は労働者1人当たりRM10,000以下の罰金が科され、再犯の場合には RM20,000 以下の罰金又は 5 年以下の禁錮刑が科されることとなります。
4.ミャンマー
(1) 最低賃金額
2023年10月9日に国家最低賃金決定委員会が最低賃金決定に関する通知 (国家最低賃金決定委員会2023年第2号通知。以下、「2号通知」という。)を発布しました。これにより、当該通知日より1日8時間で、追加手当1,000MMKを含め、5,800MMKという最低賃金が直ちに有効となりました。従来は、2018年5月14日に国家委員会より日給4,800MMKとされていたため約5年ぶりの改定となり、約2割上昇しました。
- 最低賃金の適用対象及び例外
最低賃金法は原則としていかなる事業において働く労働者に対しても適用されます。但し、家族による事業における家族、政府又は地方政府の公務員、船員は対象外です。また、10名未満の労働者の小規模事業にも適用されません。
最低賃金額未満の支払でも認められる例外的場合として、試用期間以前の必要な技術研修の期間については、3か月以内であれば、最低賃金額の50%を下回らない額を支払うことも認められます。また、試用期間中においては、3か月以内であれば、最低賃金額の75%を下回らない額を支払うことも認められます。
- 罰則及び賃金の定義
最低賃金法に基づき定められた最低賃金を支払わない使用者は、罰則として、1年以下の禁錮又は50万チャット以下の罰金、若しくはその両方が科せられます。なお、「賃金」の定義は、基本給与に加え、時間外労働手当及び賞与が含まれる旨規定されています。他方、交通手当、住居手当、食事手当、医療手当、チップ等は含まれません。
5.メキシコ
最低賃金は、労働者が一日の労務の提供に対して現金で受け取る最低額と定義されており、労働者、企業、政府の代表で構成される国家最低賃金委員会(Comisión Nacional de los Salarios Mínimos、通称CONASAMI)が、国内景気や労働者の家庭の生計費、労働市場の状況や賃金水準等の調査報告書をもとに毎年設定しています。最低賃金は、一般最低賃金(salarios mínimos generales)と61の特定の専門職に適用される最低賃金(salarios mínimos profesionales)とがあり、適用する地域を分けて設定することもできることから、2019年1月1日より、北部国境地域(Zona Libre de la Frontera Norte)とその他の地域に分けて、最低賃金額が定められています。設定された最低賃金額は、毎年12月31日までに連邦政府官報にて公表し、翌年の1月1日から適用されます。
2023年の一般最低賃金額は、北部国境地域は日額312.41ペソ、その他の地域は日額207.44ペソです。
北部国境地域
バハ・カリフォルニア州: |
エンセナダ、プラヤス・デ・ロサリト、メヒカリ、テカテ、ティファナ・サンキンティン、サンフェリペ |
ソノラ州: |
サン・ルイス・リオ・コロラド、プエルト・ペニャスコ、ヘネラル・プルタルコ・エリアス・カジェス、カボルカ、アルタル、サリック、ノガレス、サンタ・クルス、カナネア、ナコ、アグア・プリエタ |
チワワ州: |
ハノス、アセンシオン、フアレス、プラセディス・G・ゲレロ、グアダ・ルペ、コヤメ・デル・ソトル、オヒナガ、マヌエル・ベナビデス |
コアウイラ州: |
オカンポ、アクニャ、サラゴサ、ヒメネス、ピエドラス・ネグラ、ナバ、ゲレロ、イダルゴ |
ヌエボレオン州: |
アナウワク |
タマウリパス州: |
ヌエボ・ラレド、ゲレロ、ミエル、ミゲル・アレマン、カマルゴ、グスタボ・ディエス・オルダス、リオ・ブラボ、バジェ・エルモソ、レイノサ、マタモロス |
(2) 罰則
最低賃金以下の賃金を支払った場合には、次の罰則が科されます。
- 最低賃金額と実際に支払った額の差が対応する地域の一般最低賃金の1カ月の額を超えない場合、6カ月から3年の懲役及びUMAの800倍の額の罰金
- 最低賃金額と実際に支払った額の差がUMAの30倍を超え対応する地域の3カ月分の一般最低賃金額未満である場合、6カ月から3年の懲役及びUMAの1600倍の額の罰金
- 最低賃金額と実際に支払った額の差が対応する地域の一般最低賃金の3カ月を超える場合、6カ月から4年の懲役と、UMAの3200倍の額の罰金
なお、UMAとは、Unidad de Medida y Actualizaciónの略であり、罰金や制裁金、社会保障費の支払い額算出など様々に使用される単位であり、2023年度(2023年2月~2024年1月)の日額は103.74ペソです。
6.バングラデシュ
- バングラデシュにおける最低賃金の概要
バングラデシュでは、「既製服」、「皮革産業」、「陸路輸送」、「プラスチック業」、「テキスタイル」など、産業ごとに最低賃金額が定められており、また、EPZ入居企業(縫製業)の労働者に適用される最低賃金額が定められています。一方、全ての産業にて最低賃金額が定められているわけではなく、高度な技術職、専門職、事務などオフィスワークの労働者を対象とする最低賃金額は定められていません。
- 最低賃金の改訂方法及び罰則
最低賃金の改訂は、2006年バングラデシュ労働法 (以下「労働法」といいます) 第11章の規定に従い、最低賃金委員会の枠組みを通して行われます (労働法、138条乃至149条)。政府が最低賃金を見直すべきと判断した場合、最低賃金委員会に見直しを指示します。指示を受けた最低賃金委員会は、6か月以内に提案を策定し、政府がその提案を官報にて発表し、必要に応じて見直した後、政府の承認を得て定められます。なお、政府が、提案を官報にて通知した後に、使用者や労働者にとって不公平な内容であると認めた場合は、45日以内に最低賃金委員会に是正を指示することができます。是正が必要な場合、最低賃金委員会はその提案を再検討し、政府に再提出します。是正された提案を受領した後、政府は、再び官報を通じて最低賃金率を通知します。
最低賃金委員会は、最低賃金額を検討する際、生活費、生活水準、生産コスト、生産性、製品の価格、インフレ、労働の性質、リスク、事業能力、国その他関連する地域の社会経済状況、その他関連する要素を考慮します(労働法140条)。最低賃金委員会は、これらの要素に変更が生じ、提案を見直す必要がある場合は、最低賃金額を見直して政府に提言しなければなりませんが、提言の後、1年未満または3年を過ぎた場合は除きます(労働法142条)。また、政府は、各分野について、約5年ごとに定期的な見直しを行うと定められています(労働法139条)。
労働法では、最低賃金の違反に対する罰則を設けています。使用者が支払う賃金が最低賃金を下回った場合、1年以下の禁固、5,000タカ以下の罰金、またはその両方が科せられます。同時に、労働裁判所は、最低賃金が守られなかった場合、給与差額の支払いを命じることができます。(労働法149条)。
- 最低賃金の額
2023年11月11日、既製服産業の最低賃金に関する提案が官報にて発表され、大きな注目を集めました。同最低賃金は、2023年12月1日から施行されます。最も低い階級の労働者の最低賃金は12,500TKとなり、2018年の8,000TKから56%引き上げられました。
以下の表は、各分野における最低賃金のうち、発効年、最高額の階級と最低額の階級(ただし、見習いは除く)を抜粋したものです。
DIFE(工場・事業所監督局)のウェブサイトより抜粋
7.フィリピン
- 最低賃金法令の概要
フィリピンでは、労働者の権利と福祉を保護するために、“The Republic Act No. 6727 ”通称” Minimum Wage Law”(以下「フィリピン最低賃金法」といいます。)が制定されています。
フィリピンにおける最低賃金に関する制度は、およそ日本における制度と類似しているといえます。
フィリピン最低賃金法は、フィリピンの全ての業種および雇用者に適用され、フィリピンの各エリアによって異なる金額が設定されています。また、最低賃金の決定は、労働市場の状況、物価の変動、および地域経済の能力を考慮して、“Regional Tripartite Wages and Productivity Boards”によって行われます。特徴としては、最低賃金は、エリア毎にさらに”Non -Agriculture“, “Agriculture-Plantation”, and “Agriculture-Non Plantation”に分けられて記載されていることが挙げられます。
- 最低賃金に関する企業のコンプライアンス
フィリピンの企業は、適用される地域の最低賃金を労働者に支払うことが義務付けられています。労働者が所定の労働時間を超えて働いた場合の残業手当も、最低賃金に基づいて計算されていることが必要になるため注意が必要です。
- 主要エリアの最低賃金
フィリピンでは、地域によって最低賃金が異なります。例えば、首都圏であるメトロマニラのエリアでは、最低賃金が他の地域に比べて高く設定されている傾向が見られます。一方、農村地域や発展途上地域では、相対的に低い最低賃金が設定されています。これらの差は、各地域の生活費や経済活動の差を反映しています。
各エリアの最低賃金は“Department of Labor and Employment”通称“DOLE”と呼ばれるフィリピンの政府機関がウェブサイトにて提示しています。
Summary of Current Regional Daily Minimum Wage Rates by Region, Non-Agriculture, and Agriculture
(最終閲覧:2023年11月28日)
- フィリピン最低賃金法違反に関する罰則とリスク
フィリピン最低賃金法に違反した企業は、罰金や懲役刑が科される場合があります。具体的には、2万5,000ペソ以上10万ペソ以下の罰金、2年以上4年以下の懲役、または罰金と懲役の両方が科されます。なお、この法令に関して有罪判決を受けた者は、保護観察に付されることがないため注意が必要です。
また、企業は、労働者への未払給付金がある場合は、当該未払給付金の2倍に相当する額の支払いを命じられる場合があり、さらには企業活動の停止命令が下されるリスクもあります。
8.ベトナム
(1) 最低賃金の定義
ベトナム労働法91条1項では、最低賃金とは「通常の労働条件で最も単純な仕事をする労働者の最低賃金であり、自分自身とその家族を養うために十分であり、かつ社会経済の発展にふさわしいものでなければならない」と規定されています。ベトナムでは、全国を4つの地域に区分し、それぞれの地域について、月単位及び時間単位の最低賃金が定められています。
なお、1つの企業がベトナム国内に複数の拠点を有している場合、拠点ごとにその地域の最低賃金が適用されます。
(2) 2023年12月時点の最低賃金
2023年12月時点の各地域の最低賃金額は次の表のとおりです。
地域
|
月単位の法定最低賃金 | 時間単位の法定最低賃金 | ||
ベトナムドン(VND) | 米ドル(USD) | ベトナムドン(VND) |
米ドル(USD)
|
|
地域Ⅰ | 4,680,000 | 193 | 22,500 | 0.93 |
地域Ⅱ | 4,160,000 | 172 | 20,000 | 0.82 |
地域Ⅲ | 3,640,000 | 150 | 17,500 | 0.72 |
地域Ⅳ | 3,250,000 | 134 | 15,600 | 0.64 |
※2023年11月17日時点の為替レート1USD=24,250VNDで計算しています。
地域Ⅰ:ハノイ市、ホーチミン市、ハイフォン市、ドンナイ省の一部など
地域Ⅱ:ダナン市、バクニン省など
地域Ⅲ:ハナム省など
地域Ⅳ:地域Ⅰ〜Ⅲには属さないその他の地域
9.インド
(1) 概要
インドでは、最低賃金の決定方法等に関しては、1948年最低賃金法(Minimum Wages Act,1948)で規定されています。そして、1948年最低賃金法は、各州の州政府に最低賃金額を定める権原を委譲しており、同法に基づきそれぞれの州が物価の変動やそれぞれの産業毎の労働者の技能レベル等を考慮してOrder等により最低賃金額を定めることになります。したがって、インドでは最低賃金はそれぞれの州及び職種ごとに設定されています。
なお、1948年最低賃金法を含め、賃金に関する法令(賃金支払法、賞与支払法、均等賃金法)は2019年に発布された賃金法典(Code on Wages 2019)に統合されています。同法典の最低賃金に関する規定は未施行です。
(2) 主要州の最低賃金
主要州の最低賃金(月額)は以下の通りです。
州 | 非熟練労働者 | 熟練労働者 | 高技能労働者 |
デリー | INR17,494 | INR21,215 | NA |
ハリアナ州(グルガオン) | INR10,532.84 | INR12,802.69 | INR13,442.82 |
カルナータカ州(バンガロール) | INR14,424.64 | INR16,858.07 | INR18,260.20 |
タミルナドゥ州(チェンナイ) | ― | ― | ― |
ウッタル・プラデッシュ州(ノイダ) | INR10,275 | INR12,661 | NA |
マハラシュトラ州(ムンバイ) | INR12,669 | INR14,310 | NA |
*タミルナドゥ州は、より細かいカテゴリーに分類されており、全ての技能レベル含めてINR10,362~INR11,0472が最低賃金となっています。
*2023年11月28日現在、1INRはおよそ1.78円です。
(3) 罰則
1948年最低賃金法では、違反した場合はINR500以下の罰金を科すと定めています。もっとも、2019年賃金法典では、違反した場合は、INR20,000以下の罰金を科すと定めています。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)では、最低賃金が定められていません。私企業における労働関係に関する規則(2021年連邦令第33号。以下、「連邦労働法」といいます。)は、内閣が、所管大臣の提案に基づき、労働者またはその種別のいかなるものについても、最低賃金を決定する決議をすることができると規定します(連邦労働法第27条)が、具体的な最低賃金の決定は存在しません。
ただし、賃金は、被用者の基本的必要を満たすものでなければならないとされています。連邦労働法では、労働の対価として支払われる賃金はその労務を履行できるものでなければならず(第26条第1項)、雇用契約書で特定し(第22条第1項)、人的資源・自国民化省(Ministry of Human Resources and Emiratisation)の承認した賃金保護システムを通じて支払うものとされています(連邦労働法の実施に関する2022年内閣決定第1号 第16条1項b号)。
発行 |
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1.日本
(1) 労働紛争解決手段について
日本において、労働紛争が発生した場合、同紛争の解決のためには、主に、裁判外での交渉(行政機関によるあっせん手続きを含む)、労働審判、民事訴訟の手続きを採ることが考えられます。
(2) 各手続きの概要 ア 行政機関によるあっせん手続きについて
紛争調整委員1名により実施され、事業主と労働者の双方が話し合いによる合意を目指します。もっとも、同話し合いはあくまで当事者の任意によるものであり、片方当事者が不参加の場合には、同手続きは終了することになります。
仮に双方で合意がなされた場合、同合意は法的には民事上の和解契約と位置付けられ、同合意のみを理由に強制執行等を行うことはできません。
- 労働審判について
労働審判とは、労働審判委員会(労働審判官(裁判官)1名、労働審判員(労使)2 名)により実施され、事業主と労働者の双方が、主張・立証をしつつも、話合いによる合意を目指して、3 回以内の期日で終結することを想定した手続きです。民事訴訟に比べて、早期かつ柔軟な解決ができるため、労働者や事業者双方にとって重要な手続きであるといえます。 また、合意内容は裁判上の和解と同じ効力を持ち、強制執行を行うことも可能です。
労働審判手続中に調停が成立しない場合には、労働審判が下されることになり、当事者のどちらかから異議が出される場合には訴訟手続きに移行します。
- 民事訴訟について
労働紛争を最終的に解決する手段として、民事訴訟を提起することが考えられます。
行政機関によるあっせん手続きや労働審判と異なり、両当事者の主張・立証を踏まえて、裁判官による最終的な結論が出されることが大きな特徴といえます。
民事訴訟においては、両当事者が期日までに、準備書面や反論の書面を提出し、場合によっては証人尋問を行うこともあるため、紛争解決が長期化するケースも多いです。
なお、民事訴訟に移行した後であっても、必ずしも判決まで行われるわけではなく、裁判の進行中に裁判から和解勧告を受けることもあります。そのため、この段階に至った場合であっても、当事者間で和解を行うことは可能です。
(3) その他の手続きについて
その他、労働紛争においては、仮処分の申し立てが考えられます。具体例として、労働者から従業員として賃金を受けとることができる地位の申し立てを行うこと、事業主からは元従業員が、競業避止義務に違反して競業行為を行っている場合に、同競業行為を止めるよう仮処分の申し立てを行うこと等が考えられます。
また、労働組合による団体交渉手続きも考えられます。労働組合による団体交渉は、労働者の労働条件の向上を目指して行われることが多く、事業主が正当な理由なく団体交渉を拒否、または不誠実な対応をした
場合には、違法とされます。
2.タイ
(1) 労働紛争解決手段について
タイの労働紛争解決手段のうち、労働者が労働問題に関する申立てを行う手段としては、労働監督官への申立て、労働関係委員会への申立て、労働裁判所への提訴の 3 つが考えられます。
(2) 各手続きの概要
- 労働監督官への申立て
使用者が労働者保護法に定める金銭の受領にかかる権利について違反または履行しなかった場合において、労働者は、労働者の就業場所または使用者の居住地の労働監督官に対し、申し立てを行うことができます。同申立てが行われた後、労働監督官による事実調査が行われ、労働者に金銭を受領する権利があると判断した場合には、監督官は使用者に対し、当該金銭を支払うよう命じることになります。 使用者が同命令に不服がある場合には、命令を知った日から 30 日以内に労働裁判所に訴訟を提起することが可能です。
- 労働関係委員会への申立て
使用者が労働者の労働組合員としての活動を不当に妨害した場合において、労働者は当該行為があった日から 60 日以内に労働関係委員会に申し立てを行うことができます。当該申立てを行った後、労働関係委員会は審理を行い、使用者に命令を下すことになります。
同命令に対し、不服がある場合には、同委員会に異議申し立てを行うことができ、同異議に対する委員会の決定に不服がある場合に、労働裁判所への異議申し立てを行うことが可能です。
- 労働裁判所への提訴
タイでは、一般民事を取り扱う裁判所は別に労働裁判所が設置されています。タイの労働裁判は、裁判官
と補助官によって実施されます。補助官とは、裁判官とともに職務を遂行するため特別に選任された者であり、日本の労働審判員と似た制度です。補助官は使用者側、従業員側に区別され、必ず同数とされます。
したがって、タイの労働裁判は、通常、裁判官 1 名、補助官 2 名(使用者側 1 名、従業員側 1 名)合計 3 名という構成で実施されることが一般的です。訴訟提起後、第 1 回期日では、和解の機会が持たれることが通常であり、和解がまとまりそうであれば、その後、第 3 回期日までは、和解期日として設定されることが一般的です。
なお、タイでは、労働裁判所への提起が無料であり、かつ法律の知識が無い者に対しては、裁判所の職員が訴状作成の手助けをしてくれるため、労働者にとっては労働裁判を提起することへのハードルは低く、使用者にとっては訴訟を提起されるリスクは日本に比べて高いといえます。
(3)その他の手段
その他の労働者が取りうる手段として、団体交渉があります。
同手続きは、労働者または使用者が相手方に対し、要求書を提出することから開始します。その後、3 日以内に交渉が合意に達しなかった場合には、労働争議が発生したとみなされ、労働争議調停官への通知を行います。労働争議調停官は 5 日以内に合意のために調停を行い、調停が成立しない場合には、労働争議仲裁
やストライキやロックアウト等の争議行為に移行することになります。
3.マレーシア
マレーシアにおいて、労務紛争を扱う手続としては、主に、1955 年雇用法(Employment Act 1955)に基づく労働裁判所(Labour Court)、1967 年労使関係法(Industrial Relations Act 1967)に基づく人的資源省労使関係局の斡旋及び産業裁判所(Industrial Court)があります。
(1) 労働裁判所
労働裁判所は、雇用法に基づき、労働者に対する賃金の支払い等を取り扱う、人的資源省労働局が所管する準司法機関です(雇用法 69 条)。労働者は、労働裁判所において、職場における差別に関する請求を行うこともできます(同法 69F 条)。労働裁判所では、労働局担当官が裁判官の役割を果たします。労働裁判所は、労働組合による苦情処理制度を持たない労働者の権利を保護する役割を担っています。
(2) 人的資源省労使関係事務局の斡旋
使用者又は労働組合は、労務紛争が存在し、又はそのおそれがある場合において、解決されない場合には労使関係事務局長に報告することができます(労使関係法 18 条(1))。また、労使関係局長は、労務紛争が存在し、又はそのおそれがある場合において、公共の利益のために必要と判断した場合には、紛争解決のための必要な手続きをとることができます(同法 18 条(3))。労働関係局長は、紛争が解決できないと思料する場合は、人的資源省相に通知します(同法 18 条(5))。人的資源省相は、適切であると思料する場合には、案件を産業裁判所に付託します(同法 20 条(3))。
(3) 産業裁判所
産業裁判所は、労使関係法 21 条に基づいて設置された、労使間の紛争、労働組合と使用者間の紛争及び同法に基づく権利義務関係違反に関する紛争等の労働紛争を扱う特別裁判所です。産業裁判所の審理においては、個別の案件ごとに、裁判官と労使委員 2 名で構成されます(同法 22 条(1))。
産業裁判所は、下級裁判所としての機能を有しているため、産業裁判所の判決に不服の場合には、高等裁
判所に上訴することができます(同法 33A 条(1))。
4.ミャンマー
(1) 労働紛争解決法の概要
労働紛争法(The Trade Disputes Act, 1929)を改定する形で、2012 年 3 月 28 日に労働紛争解決法が制定されました。その後、2019 年 6 月 3 日、労働紛争解決法第 2 次改正法(以下、「改正法」という。)が成立しました。同法は労働紛争の解決方法や職場調整委員会などについて規定しています。
(2) 労働紛争解決の流れ
30 人以上の労働者がいる事業所の場合、使用者は職場調整委員会を設置しなければなりません。職場調整委員会の構成は労働組合の有無によって異なります。
労働組合が設置されている場合には、組合から 3 名の代表者及びこれと同数の使用者代表から委員を選出する必要があります。
労働組合が設置されていない場合、労働者が選出した労働者代表 3 名及び使用者代表 3 名を選出する必要があります。
労働者が、30 名未満であるために職場調整委員会が設置されていない場合、使用者が労働者の苦情について対応しなければなりません。労働者が、使用者に対し、苦情を申し立てた場合、使用者は 7 日以内に解決しなければなりません。
職場調整委員会において解決できない場合、紛争解決の流れは以下のとおりです(図1参照)。
労働紛争解決法に基づく団体紛争解決の流れ
職場調整委員会設置者:使用者
設置単位:30 人以上の労働者がいる事業場
↓
調停機関設置者:管区または州政府
設置単位:管区または州内のタウンシップ
↓
紛争解決仲裁機関設置者:労働省
設置単位:管区または州
↓
紛争解決仲裁評議会設置者:労働省設置単位:国
当事者は、本法に基づく機関において審理中であっても、刑事または民事裁判を提起することを妨げられま
せん。
5.メキシコ
(1) 概要
メキシコの労働紛争は、原則、連邦労働調停登録センター(Centro Federal de Conciliación y
Registro Laboral; CFCRL)または州の調停センターによる調停を行い、それでも解決できない場合に、労働裁判所にて審判を図り解決します。ただし、以下に関連する事案は、調停を経ることなく、労働裁判所での裁判による解決を図ることとなります。
‧ 妊娠を理由とした雇用や就業に関する差別、性別、性的指向、人種、宗教、民族的出身等による差別や嫌がらせ
‧ 労働者が死亡した場合の受益者の指名
‧ 労災、出産、病気、障害、育児に関する社会保障の利益
‧ 団結の自由、団体交渉権の保障、労働者の人身売買や強制労働、児童労働に関連する基本的権利と公共の自由の保護
‧ 労働協約の所有権をめぐる紛争
‧ 労働組合規約やその修正への異議申立
なお、調停センターには CFCRL と州調停センターがあり、労働裁判所も連邦労働裁判所と州労働裁判所あります。連邦機関が管轄する産業は次のとおりです。
繊維業、電気産業、映画産業、ゴム産業、製糖産業、鉱業、冶金及び鉄鋼業、炭化水素産業、石油化学産業、セメント産業、石灰産業、電子・機械部品を含む自動車産業、製薬化学・医薬品を含む化学産業、紙パルプ産業、植物油脂産業、食品製造・加工業、飲料水製造業、鉄道、製材・合板・集成材の製造を含む伐採産業、鍛造ガラス版やガラス容器製造に係る焼き付けガラス産業、たばこ産業、銀行業、貸付業
このほか、連邦政府が管理する企業や、連邦政府調達先企業等における紛争、上述以外の産業にかかる事案であって 2 つ以上の州にまたがる事案や労働者に対する教育訓練、安全衛生に関する事案は、連邦機関の管轄となります。
(2) 調停
調停は、CFCRLまたは州調停センターへの書面または電子的方法による申立によって開始されます。調停センターは申立の受理から 15 営業日以内に調停を実施しなければならず、調停期日は使用者に対して 5 営業日前までに通知されます。なお、調停が、両当事者によって調停センターに直接申し立てられた場合、調停は即日行われるか、または申立から 5 営業日以内に調停期日が定められ通知されることとなります。
調停では、調停人によって、和解合意案が提案され、これに両者が合意した場合は、和解合意書が作成され、両当事者には認証謄本が渡されます。また、調停議事録の認証謄本も提供されます。両者が合意に至らない場合、十分な調停が尽くされたとする証明書が発行されます。
調停期日に当事者の一方または両方が正当な理由によって出席しない場合は、期日はその日から 5 営業日以内の間で延期され、新たな期日が通知されます。正当な理由なく被申立人が欠席した場合、十分な調停が尽くされたとする証明書が発行され、正当な理由なく申立人が欠席した場合は、手続が中止されます。いずれの場合も、労働者は再度調停を申し立てる権利を有します。
(3) 労働裁判
労働裁判は、大きく通常手続と特別手続に分けられ、以下に関する紛争は特別手続が、それ以外の紛争は通常手続が取られます。
‧ 非人道的で過度な長時間労働
‧ メキシコ国外での労務の提供においてメキシコ国内で締結された雇用契約書の承認
‧ 使用者が労働者に賃貸する住居、使用者が労働者に提供する教育・訓練、労働者の勤続年数や勤続手当
‧ 船員における予め定めた場所への移送、船舶の押収や毀損等による雇用関係の終了の際の船員の
権利や補償、船舶の残骸や貨物の回収を船員が行う場合の給与等
‧ 航空機乗務員の異動に伴う費用負担や航空機が使用できなくなった場合の移動にかかる賃金や費用
‧ 労働災害による障がいや死亡への補償や産業医の選任に起因する紛争
‧ 給与 3 カ月分を超えない額の給付や福利厚生に関する紛争
‧ 死亡または失踪時の給与等の受取人に関する紛争
‧ 社会保障に関する紛争通常手続は、次の流れで進められます。
- 提起
原告は、原告や被告に関する情報、要求の内容、要求の根拠となる事実等を記した書面を提出します。
なお、一部の例外を除き、当該書面には、調停センターが発行した「十分な調停が尽くされたとする証明書」を添付する必要があります。
- 答弁及び反訴
労働裁判所は、当該書面の受理から 5 営業日以内に被告を召喚し、書面や添付された証拠の写しを提供します。被告は、写しの受領から 15 営業日以内に正確に事実を押さえ原告の主張に全て答える内容の答弁書と十分な証拠を提出しなければなりません。また、被告は、この時、反訴を提起することもでき、労働裁判所は、反訴を認める場合、15 営業日以内に原告を召喚し、反訴原告の反訴状や証拠の写しを提供します。この場合、原告は、15 営業日以内に答弁書と証拠を提出しなければなりません。
- 異議等の申立
提出された答弁書や証拠の写しは、原告に提出され、原告は 8 営業日以内に、これに対する異議やその証拠を書面で提出しなければなりません。提出された異議等は、その写しが被告に提出されます。
被告は、5 営業日以内にこれに対する異議やその証拠を書面で提出します。反訴が提起された場合、その反訴についても同様となります。
- 予備審理
異議や証拠の提出期間を経過すると、10 営業日以内に予備審理の期日が設けられます。予備審理では、手続の正当性の検証や証拠の確定、争いのない事実の確定、審問期日の決定等が行われ、合意書が作成されます。
- 審理
合意書の作成から 20 営業日以内に審理の期日が設けられます。審理では、証拠の開示と確定、当事者の弁論を行い、判決が下されます。
なお、被告が原告の主張を認める場合、その日から 10 営業日以内に審理の期日が設けられ、判決が下されます。
特別手続の流れも、通常手続と同様ですが、答弁書の提出期間は 10 営業日、被告の答弁書に対する原告の異議等の提出は、答弁書等の写しの受領から 3 営業日以内に設定されています。労働裁判所は、異議や証拠の提出期間経過後 15 営業日以内に、証拠や論点を確定するための命令を出します。また、必要がある場合には、10 営業日以内に予備審査を設定することができます。
(4) 経済的性質の集団紛争
労働協約(contrato colectivo や contrato-ley)における新しい労働条件の実施や労働条件の変更(正当化する経済的要因がある場合や、生活費の上昇が収入と労働に不均衡をもたらす場合に認められ)、集団的労働関係の中断や終了(不可抗力や使用者の死亡に起因する場合、使用者に帰責事由のない原材料の不足、資金不足や破産等の事由がある場合に認められる)を目的とする紛争は経済的性質の集団紛争として扱われ、労働協約を締結している労働組合、労働者の過半数または使用者が提起することができます。
この場合の労働裁判は、ⅰ)書面による提起、ⅱ)被告による答弁(15 営業日以内)、ⅲ)原告による応答(答弁から 5 日営業日以内)、ⅳ)審問(25 営業日以内)期日より 10 日前までに専門家による証拠や意見を提出
させることができる。ⅴ)判決(30 営業日以内)と進められます。
6.バングラデシュ
バングラデシュでは、2006 年バングラデシュ労働法(以下「労働法」という)と、EPZ に適用される EPZ 労働法にて、労務紛争解決について定められています。
(1) 2006 年バングラデシュ労働法
労働者・使用者は、労働法に基づく権利について争いがある場合、書面において相手に通知しなければなりません(210条1項)。本通知を受領して15日以内に、使用者と労働者との間で会議を開く必要があります。
(a) 調停・仲裁手続
会議が開かれない場合、又は、最初の会議から1か月経過しても和解に至らない場合は、調停手続きを申し立てることができます(210 条 4 項)。調停に付された場合、10 日以内に調停が開始されます(同条 6 項)。調停による和解が 30 日以内に成立しない場合、調停人は、当事者に対し、仲裁に進むよう説得し、両当事者が仲裁に合意した場合、調停を仲裁に付するよう請求します(同条 9 項,同条 12 項)。
仲裁に付された場合は、30 日以内に、仲裁人が裁定を下さなければなりません(同条 14 項)。裁定は最終的なものとし、上訴はできません(同条 16 項)。
(b) 労働裁判所による手続き
各当事者は、労働裁判所に権利の執行を求めて訴えることができます(213 条)。労働裁判所は、訴訟が提起されてから 10 日以内に、相手方に供述書または反論書を提出するよう指示します(216 条 3 項)。相手方が、定められた又は延長された期間内に供述書または反論書を申し立てなかった場合、当事者の一方だけで審問し、処理されます(同条5項)。相手方が審理に欠席した場合も同様です(同条8項)。労働裁判所は、当事者が書面にて延長に合意しない限り、訴訟が提起されてから 60 日以内に判決、決定または裁定をします(同条 12 項)。
労働裁判所の判決に異議がある場合は、60 日以内に労働上訴審判所に訴訟を提起することができ、労働上訴審判所の決定が最終判決となります(217 条)。審理については、民事訴訟法の規定に従います(218 条 7 項)。労働上訴審判所は、申し立てに基づき、労働裁判所の決定を確定、変更、棄却または再審理のために労働裁判所に差し戻すことができます(同条 10 項)。労働上訴審判所は、訴訟が提起されてから 60 日以内に判決を下します(同条 11 項)。
(2) EPZ 労働法
(a) 調停・仲裁手続き
調停・仲裁手続きまで、労働法と同様ですが(124 条 1 項、2 項)、15 日以内に使用者と労働者で和解に至らなかった場合、調停を依頼することができます(126条)。15日以内に調停人による和解が成立しなかった場合、使用者又は団体交渉人は、30 日の事前通知にて、ストライキ又はロックアウトを実施することができます(127 条 1 項)。同通知は、調停人にも送付されるものとし(128 条 1 項)、調停人は、ストライキまたはロックアウトを実施が、法律が定める要件を満たしていると判断した場合(同条(2))、調停を開始します(129 条 1 項)。ストライキ又はロックアウトに記載した期間内に調停による和解に至らなかった場合、調停人は、当事者に対し、仲裁に進むよう説得し、両当事者が仲裁に合意した場合、調停人と当事者が仲裁を請求します(130 条 1 項、 2 項)。労働法と同様に、仲裁に付された場合は、30 日以内に、仲裁人が裁定を下さなければならず(同条 3 項)、裁定は最終的なものとし、上訴はできません(同条 5 項)。
(b) EPZ 労働裁判所による手続き
労働法にて、政府は、EPZ の労使紛争に対応する EPZ 労働裁判所を設立することが出来ると規定されていますが(133 条 1 項)、現時点で設立されておらず、EPZ での労使紛争も、上記の労働裁判所と同様の手続きになると解されます。なお、EPZ 裁判所では、申立てが提起されてから、25 日以内の決定、異議がある場合は、
30 日以内に EPZ 労働上訴審判所に訴訟を提起することができます(135 条 2 項、3 項)。
実務では、労働者が、調停・仲裁手続きを経ずに、労働裁判所に訴える例は少なく、基本的に労働雇用省の傘下の工場・事業所監督局(Department of Inspection for Factories and Establishments(DIFE))に相談し、同局による調停手続の通知が来ることになります。なお、通知が発行されてから会社による受領まで数日要することが多く、通知が来てから、必要書類の提出や聴聞の期日まで準備の余裕がない場合が多くみられます。 労働訴訟は非常に件数が多いにもかかわらず裁判所が少ないこと、当事者の欠席、労働裁判所への出席者の欠席で期日が遅延することから、労働法で定められた期間では終わらないことが課題となっています。
7.フィリピン
(1) フィリピンにおける労務紛争解決手段の概要
フィリピンにおいて使用者と労働者の間で紛争が生じた場合は、まず、フィリピン労働雇用省(Department
of Labor and Employment 以下「DOLE」といいます。)における解決を試み、DOLE において解決できない場合は、フィリピンの裁判所で労働裁判を実施するという流れで解決するのが一般的です。以下では、DOLE 及び裁判所における労務紛争の解決手続きについて解説いたします。
(2) DOLE における紛争解決手続
DOLE は、フィリピンにおける雇用関係について規制や監督を行う官庁組織に位置づけられます。DOLE の主要な役割のひとつとして、労働者保護が挙げられており、フィリピンの労働者が権利侵害を主張する窓口としても機能しています。
DOLE においては、シングルエントリーアプローチ(the Single Entry Approach 以下「SEnA」といいます。)と呼ばれる手続から開始されます。SEnA は、労働問題が本格的な紛争に発展するのを防ぐことを目的として、効率的、迅速、安価、かつアクセスしやすい方法で労働問題を解決する仕組みです。 労働者は、最初に SEnAプログラムの目的と手順について面接を受け、必要なRFAフォームに記入します。フォームが提出された後、シングルエントリーアシスタンスデスクオフィサーと呼ばれる職員(以下「SEADO」といいます。)が、論点を整理します。SEADO は、和解合意を促進するために、必須の 30 日以内に必要な数の会議を開催することができ、この 30 日間の期間は、当事者の相互の合意により最大 7 日間延長することが可能となっています。 SEnAにおいて紛争が解決できなかった場合は、次の手段として、労働仲裁人選任を申し立て、解決を図りま
す。仲裁人は、すでに提出された証拠や当事者の主張に基づいて、決定を下すことができます。
労働仲裁人の決定は、受領から 10 日以内に、全国労働関係委員会(National Labor Relations Commission 以下「NLRC」といいます。)に不服申立てをすることができます。不服申立てを行わない場合は、労働仲裁人の決定が確定し、執行力をもつ場合があります。
(3) 裁判手続による紛争解決
DOLEでの判断に不服がある当事者は、訴訟へ移行して紛争解決を図ります。フィリピンにおける裁判所に対して訴えを提起し、高等裁判所において審理されます。通常の訴訟手続と同様に、不服がある場合は上級
審への申立てを行います。
8.ベトナム
(1) ベトナムの法規制における「労働紛争」の定義と分類
労働紛争とは、労働関係の成立、履行又は終了の際に生じる各当事者間の権利、義務、利益に関する紛争や、各労働者代表組織間の紛争、そして労働関係に直接関連する事態に関わる紛争をいいます。ベトナムの労働法規において、労働紛争は以下の 3 つの類型に分類されています。
- 個人労働紛争労働者と使用者、契約により海外へ派遣される労働者と派遣団体、派遣労働者と派遣先使用者との間の紛争
- 権利に関する集団的労働紛争
労働者代表組織と使用者、又は労働者代表組織同士の間での、(a)集団労働協約、就業規則、その他使用者と労働者間の合意の解釈や履行に関する意見の相違がある場合、(b)労働法規の解釈や運用に関する意見の相違がある場合、又は(c)使用者の労働者に対する差別、労働者代表組織への干渉や影響、交渉の誠実な遂行に対する違反といった違法行為に起因する場合における紛争
- 利益に関する集団的労働紛争
団体交渉の過程で生じる紛争、又は、一方の当事者が交渉を拒否した場合や法定期限内に交渉を行わなかった場合に生じる紛争
(2) 労働紛争の解決手段
① 省レベル人民委員会主席が任命する労働調停人による調停
労働紛争を法的手続により解決しようとする場合、当事者は、まず、労働調停人による調停手続を申し立てなければなりません。但し、以下に該当する場合は、調停手続を申し立てる必要はありません。
・ 懲戒解雇、雇用契約の一方的解除に関する紛争
・ 雇用契約終了時の損害賠償および手当に関する紛争
・ 家事従事者と使用者との間の紛争
なお、家事従事者とは、1 世帯または複数の世帯のために、定期的に仕事(料理、家事、ベビーシッター、
看護、年長者の介護、運転、園芸、その他の家庭のための仕事であって、商業活動に関連しないもの)を行う人のことをいいます。
・ 社会保険、健康保険、失業保険、労働災害保険、職業性疾病保険に関する規定に関する紛争
・ 契約に基づいて海外に派遣された労働者と派遣団体との損害賠償に関する紛争
・ 派遣労働者と派遣先使用者との間の紛争
- 省レベル人民委員会主席の決定による多数の委員(最少 15 名)からなる労働仲裁評議会への申立て 労働調停人による調停手続を行なっても関係当事者が紛争に関して相互に合意に達することができない場合、又は労働調停人が調停を行うよう要請を受けた日から 5 営業日以内に調停を開始することができない場合には、労働仲裁評議会による決定を求めることができます。
- 人民裁判所を通じた解決
利益に関する集団的労働紛争の場合を除き、当事者は、労働仲裁評議会による解決の代わりとして、又は労働仲裁評議会が定められた期間内に紛争を解決できない場合に、労働紛争について裁判所に訴えを提起することができます。
- ストライキの実施
利益に関する集団的労働紛争が、労働調停人又は労働仲裁評議会によっても解決できない場合、労働者はストライキを行うことができます。合法的なストライキは、労働者代表組織によって組織及び主導され、法定の手続に従う必要があります。
9.インド
(1) 概要
インドにおいて労働紛争手続は、産業紛争法(The Industrial Disputes Act,1947)に規定しています。労働争議(産業紛争)(Industrial dispute)とは、使用者同士、使用者と労働者(ワークマン)、労働者(ワークマン)同士の間での雇用条件等についての争議をいいます(産業紛争法 2 条)。産業紛争法では、解決手段として調停、仲裁、労働審判、労働裁判を規定しています。
なお、経営や監督を行うポジション等のノンワークマンについては、産業紛争法の労働者には該当せず、同法に基づく紛争解決手続は適用されません。
(2) 仲裁手続について
使用者及び労働者は書面での合意により労働争議を仲裁廷に付託することができます(産業紛争法10A条 1 項)。ただし、労働審判又は労働裁判が申立てられた後は、仲裁を行うことができません。一般的に、労働審判や労働裁判は、労働者側に有利な判断がなされやすいといわれており、使用者側としては、これら審判や裁判を避けるために仲裁を選択することも考えられます。
仲裁人は、仲裁において法律上の問題を労働審判所に付託し当該法律上の問題について判断を得ること
ができ、この場合、仲裁廷は当該労働審判所の判断に従う必要があります(産業紛争法 10E 条)。
(3) 労働審判・労働裁判の申立てについて
労働争議の当事者は、共同又は個別に所定の方法で当該紛争を労働裁判所(Labour Court)、労働審判所(Tribunal)又は全国労働審判所(National Tribunal)に申立てることができます(産業紛争法 10 条 2 項)。労働審判の場合、当事者や事業場等が複数の施設にまたがる場合等は、全国労働審判所が利用されます。 労働裁判は、関係当局によって任命される 1 名の裁判官により構成されます(産業紛争法 7 条 2 項)。労働
審判も関係当局により任命される 1 名の審判官により構成されます(産業紛争法 7A 条 2 項)。
(4) 調停について
産業紛争法では、労働争議の解決手段として調停手続における和解を規定しています。調停委員は、委員長 1 名と関係当局が適当と考える員数 2 名又は 4 名で構成されます(産業紛争 5 条 2 項)。
(5) 調停官・労働審判官・労働裁判官の権限について
調停官、労働審判所の審判官、労働裁判所の裁判官は、労働争議に関する調査のために、合理的な通知を行った後に、当該労働争議が関係する事業場に立ち入ることができます(産業紛争法 11 条2 項)。また、調停官、審判官及び裁判官は、民事訴訟法に基づき文書の提出の強制や証人尋問等を行うことができます(産業紛争法 11 条 3 項)。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)では、労働争議に関して、私企業における労働関係に関する規則(2021 年連邦令第 33 号。以下、「連邦労働法」といいます。)第 54 条乃至第 56 条、連邦労働法の施行に関する内閣令(2022 年内閣令第 1 号。以下「内閣令」と言います。)第 31 条及び 32 条、並びに労働争議及び申立の解決手続きに関する人的資源・自国民化省(Ministry of Human Resources and Emiratisation。以下「MoHRE」と言います。)令(2022 年 MoHRE 省令第 47 号。以下「省令」といいます。)によって、個別と集団に分けて、概略以下のような紛争解決枠組みが規定されています。なお、連邦労働法は、アブダビ首長国の Abu Dhabi
Global Market 及びドバイ首長国の Dubai International Financial Center を除き、フリーゾーンを含める全域には適用されます。
(1) 個別争議
労働者または雇用者はいずれも、雇用契約または労働法にかかる違反行為につき、その解決のため MoHRE に申立をすることができます。申立は、違反行為から 30 日以内に行われなければなりません。
MoHRE は、申立から 14 日以内に両者の協議を進めて、和解を促進します。
MoHRE による協議で和解が成立しない場合、MoHRE から事件記録一式が MoHRE の意見とともに管轄の労働裁判所に移送されます。労働者の申立が移送された場合、労働者は、移送から14日以内に裁判所に審理の申立をする必要があります(省令第 47 号 3 条)。申立後 3 日以内に期日が設定され、当事者に通知されます。ただし、違反行為から 1 年経過した問題については審理を受け付けられません。
なお、連邦労働法第 54 条の改正(2023 年連邦令第 20 号)の 2024 年 1 月 1 日の施行に伴い、MoHRE は、請求が 5 万 UAE ディルハム以下、または訴額にかかわらず従前に同省が決定した和解の不履行に関する申立について、最終決定することができることとなります(修正第 54 条第 2 項)。この MoHRE の決定は執行力を有するものとされますが、不服の当事者は、通知を受けてから 15 日以内に控訴裁判所に抗告することができ、抗告によって MoHRE の決定の執行は停止され、控訴裁判所は 3 営業日以内に期日を定め、抗告から
15 日以内に決定を行い、この決定が最終となります(修正第 54 条第 3 項)。
(2) 集団争議
労働者の全部またはその一部の集団(100 人以上(省令第 9 条))との間での争議の場合、労働者及び雇用者は、MoHRE に申立ができます(労働法第 58 条)。申立は争議の発生から 2 週間以内にしなければなりません(内閣令第 32 条)。労働者側は、3 人以上 5 人以下の代表を選出して協議に参加し、MoHRE は申立から 30 日以内に和解を促進します(省令第 10 条)。和解が成立した場合には、労働者代表と雇用者代表が署名した議事録が作成されなければならず、和解内容は、議事録の日から 90 日以内に履行されなければなりません(省令第 10 条)。
MoHRE における協議が不調となった場合、または当事者の一方が MoHRE での和解協議に出頭しない場合、集団労働争議委員会が内閣決定によって組織され、事件を審理します。MoHRE での協議の記録は同省の意見とともに同委員会に移送されます(省令第 11 条)。
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発行 TNY Group |
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【TNY グループ及び TNY グループ各社】 ・TNY Group ・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY 国際法律事務所(東 京及び大阪)、永田国際特許事務所) ・佐賀(TNY 国際法律事務所) ・タイ(TNY Legal Co., Ltd.) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ ・エストニア(TNY Legal Estonia OU) URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://gvalaw.jp/offices/philippines ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://uk.tny-legal.com/ ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associates ジャパンデスク設置) URL: https://dubai.tny-legal.com/ ・インド(TNY Services (India) Private Limited) URL: https://india.tny-legal.com
Newsletter の記載内容は2023 年 10 月 30 日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
1.日本
(1) 名誉毀損の要件について
日本では、名誉毀損(きそん)罪について、刑法230条に規定があります。
同条第1項は「公然と事実を適示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万以下の罰金に処する。」と規定しています。そのため、名誉毀損罪が成立するためには、①公然と、②事実を適示して、③人の名誉を毀損することが必要となります。
ア、①公然と
適示した事実について、不特定多数の者が認識できる状態に置くことをいいます。
もっとも、不特定多数でない場合であっても、適示した事実が転々として多数人が了知するに至るおそれがある場合(伝播可能性がある)には、①公然性の要件が認められます。
イ、②事実を適示して
同条にいう「事実」とは、他人の社会的評価を害するに足りる事実をいいます。
また、ここに言う「事実」とは、具体的な事実内容を示す必要があり、事実が真実であるか否かは問いません。
ウ、③人の名誉を毀損すること
名誉とは、世間の評価や名声といった外部的評価を指し、プライドや自尊心などの名誉感情は含まれません。毀損とは社会的評価を低下させるおそれのある行為を指し、実際に社会的評価が低下することまでは求められていません。
また、同条の対象である「人」には法人も含めると解されています。
なお、ブログやネット掲示板などにおける書き込み、X(旧Twitter)やFacebook、Instagram、その他のSNSでの投稿など、不特定または多数が知り得る環境下への発信は、閲覧数が少なくとも、伝播可能性があることを理由に、①の要件を満たすと考えられています。
(2) 名誉毀損の例外について
仮に①~③の要件を満たしたとしても、名誉毀損行為が「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」と規定しており、この場合には例外的に名誉毀損罪として罰せられることはありません。
また、最高裁判決によれば、「たとえ真実性の証明がない場合であっても、行為者がその事実を真実であると誤信し、その誤信したことについて確実な資料・根拠に照らし相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しない。」とされています。
(3) 名誉毀損の刑事告訴について
名誉毀損罪は、親告罪であり(刑法232条1項)、「告訴がなければ公訴を提起することができない。」と規定されています。
また、「親告罪の告訴は、犯人を知った日から六箇月を経過したときは、これをすることができない。」(刑事訴訟法235条)と規定されていることから、名誉毀損罪の告訴期限も六箇月となります。
なお、最高裁判決によれば、「犯人を知った」とは、犯人が誰かを知ることをいい、犯人の氏名や住所等の詳細を知る必要はありません。また、「犯人を知った日」とは、犯罪行為終了後の日を指し、告訴権者が犯罪の継続中に犯人を知ったとしても、その日を親告罪の告訴期間の起算日とすることはできません。
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2.タイ
(1) 名誉毀損の規定について
タイの刑法典では、名誉毀損罪は326条から333条に規定されています。
326条では、「第三者に対して他人に関する事実の適示をして、人の名誉を傷つけ、憎悪や侮蔑の対象となる可能性を生じさせた者には、名誉毀損罪が成立し、1年以下の懲役若しくは20,000バーツ以下の罰金、又はその両方に処する。」と規定されており、327条では死者への名誉毀損行為についても処罰の対象となりうる旨が規定されています。
(2) SNSでの名誉毀損行為
刑法328条では、「可視化された文書、図面、絵画、映画、画像若しくは文字、音声記録、映像記録又は文字記録を出版することによって、名誉を毀損する行為を行った場合、2年以下の懲役及び20万バーツの罰金に処する」としています。すなわち、タイではメディアを通じて行った名誉毀損行為については、通常の名誉毀損行為よりも厳しく罰せられることになります。
この「可視化された文書、図面、絵画、映画、画像若しくは文字、音声記録、映像記録又は文字記録」にはSNSも含むと考えられており、SNSへの誹謗中傷の投稿も同条により処罰の対象となります。
(3) 名誉毀損の刑事告訴について
タイでは、名誉毀損罪は親告罪であるとされており(刑法333条)、同罪の告訴時効は、被害者が犯行を知り、加害者を知ることができた日から3ヶ月以内とされています(96条)。
また、警察への告訴を行う場合、タイ警察が理解できるように、重要な証拠等についてはタイ語への翻訳を行う必要があるため、注意が必要です。
3.マレーシア
(1) 刑法上の規定等
マレーシアでは、名誉棄損(Defamation)は、刑法(Penal Code)21章、499条~502条に規定されています。刑法499条は、話し言葉若しくは読まれることを意図した言葉、又は標識や目視できる表現によって、その誹謗中傷が人の名誉を傷つけることを意図して、又はその誹謗中傷が人の名誉を傷つけることを知りながら、若しくはそう信じる理由がある者が、誹謗中傷を行い、若しくは公表した者は、原則として、名誉棄損をした者として罰せられる旨規定しています。
また、同条は、故人に対する名誉棄損については、その故人が存命中であったならばその名誉を傷つけ、その家族又は近親者の感情を傷つけることを意図する場合、会社、団体又は個人の集合に対する誹謗中傷、代替案又は皮肉を込めた表現での誹謗中傷は名誉棄損に該当しうる等と規定しています。
名誉棄損を行った者は、2年以下の懲役若しくは罰金、又はその両方が科せられます(刑法500条)。
また、人の名誉を毀損する内容であると知りながら、またはそう信じるに足りる十分な理由がありながら、印刷又は刻印した者は、2年以下の懲役若しくは罰金、又はその両方が科せられます(刑法501条)。
さらに、人の名誉を毀損する内容であると知りながら、その内容が印刷又は刻印された物を販売又は販売のために提供した者は、2年以下の懲役若しくは罰金、又はその両方が科せられます(刑法502条)。
オンライン上のコメントに関する犯罪としては、通信・マルチメディア法(Communications and Multimedia Act 1998)233条が卑猥、虚偽、脅迫的又は攻撃的なコメント等をオンライン上で行った場合には、5万リンギット以下の罰金若しくは1年以下の懲役又はその両方及び判決確定後違反が1日継続するごとに1000リンギットの罰金が科されると規定しています。
(2)刑事訴訟法上の規定
警察署に対する情報提供については、刑事訴訟法(Criminal Procedure Code)107条に規定されています。同条(1)は、犯罪の実行に関するすべての情報は、警察署の担当官に対して口頭で提供された場合、その担当官またはその指示により書面に起こし、情報提供者に読み上げるとされています。作成された報告書には、情報提供者の氏名、住所及び情報を受け取った日時が記録され、情報提供者がこれに署名します。
また、同法107条に基づき、情報を提供した者は、情報を提供した警察署の担当官に対し、捜査状況の報告を求めることができます(同法107A条(1))。
警察官は、不必要な遅滞なく捜査を完了する義務があり、捜査を行った警察官は、検察官が報告する必要がないと指示した犯罪ではない限り、同法107条に基づいて情報が提供された日から3か月が満了した日から1週間以内に、当該捜査に関する捜査書類とともに捜査報告書を提出する義務があります(同法120条(1))。
刑事訴訟手続を開始する条件として、名誉棄損は、被害者又は検察官による申立て(Complaint)が必要であるとされています(同法131条)。申立てを受けた裁判官は、申立人を尋問し、尋問の結果、訴訟手続を行う十分な根拠がないと判断する場合には、その申立てを却下することができるとされています(同法135条(1))。
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4.ミャンマー
(1) 刑法上の規定
ミャンマーでは、名誉棄損について刑法21章において規定されており、以下の条文が存在します。
「499. Whoever, by words either spoken or intended to be read, or by signs or by visible representations, makes or publishes any imputation concerning any person, intending to harm, or knowing or having reason to believe that such imputation will harm, the reputation of such person, is said, except in the cases hereinafter excepted, to defame that person.
500. Whoever defames another shall be punished with simple imprisonment for a term which may extend to two years, or with fine, or with both.
501. Whoever prints or engraves any matter, knowing or having good reason to believe that such matter is defamatory of any person, shall be punished with simple imprisonment for a term which may extend to two years, or with fine, or with both. –
502. Whoever sells or offers for sale any printed or engraved substance containing defamatory matter, knowing that it contains such matter, shall be punished with simple imprisonment for a term which may extend to two years, or with fine, or with both. 」
(2) 刑事告訴
刑事告訴について法令上は手続きなどの詳細は規定されていません。警察署に行って犯罪事実を記載した報告書を警察に作成してもらうことになります。しかし、通常は名誉棄損についてミャンマーの警察が積極的に捜査を行うことはないため、告訴する側において十分な証拠を集めた上で警察に行く必要があります。
警察は、証拠が十分にあり、罪を犯したと合理的に認められる場合、この事案を裁判所に起訴します。
裁判所に起訴された後の手続きについて、名誉棄損は法定刑が6か月を超えるため、Warrant Trialとなります。
Warrant TrialにはFraming Chargeがあり、裁判官は、Framing Chargeの前に、被害者の証言を求めたり、原告側からの証拠を採用します。
5.メキシコ
連邦法を前提とすると、かつては、連邦刑法(Código Penal Federal)において、侮辱(Injurias)、名誉棄損(difamación)、中傷(Calumnia)といった規定が設けられていましたが、2007年4月13日に官報公示された連邦刑法改正において、これらが削除されました。従って、連邦法に基づいた刑事告訴は出来ません。
一方、同連邦刑法改正時に、連邦民法(Código Civil Federal)1969条、1969条Bisが改正されました。これにより、i) 真偽、確実・不確実に関わらず、他者の不名誉となる、信用を傷つけ、損害を与え、軽蔑にさらす可能性のある、情報について、1人以上の人々に伝達すること、ii) 虚偽により、他者を犯罪者と訴え、または、そのような告発をされた人が無罪であった場合、iii) 特定の人物に対して、無罪であるか犯罪が行われていないことを知りながら、犯罪者であると理解される中傷的な通報を行う場合、iv) 他者の名誉を傷つけ、また、その私生活やイメージを攻撃する場合、を違反行為とし、道徳的損害(daño moral)の対象と規定されました。
従って、名誉棄損等の行為については、民事措置において解決を図ることとなります。
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6.バングラデシュ
バングラデシュでは、2023年8月、デジタルセキュリティ法(DSA法)を廃止し、サイバーセキュリティ法(CSA法)を議決し、同法は、特にインターネット、SNSにおける名誉毀損について定めています。
(1)要件・量刑
CSA法の2(1)(s) によると、「名誉毀損」とは、刑法第499条(1860年法律第XLV) に定義されている名誉毀損を意味します。
刑法第499条において、名誉毀損は、口頭による又は読まれることを意図した言葉、サイン、視覚的な表現により、他人の評価を害する又は害することを知りながら又は害することになると信じる理由がありながら、事実の適示又は公開することと定義されます。公益のための真実の公表、公務員の批判、司法手続きの公表などの、いくつかの除外規定があります。
CSA法に規定される名誉棄損は、250万タカ以下の罰金が科せられます。刑法では、第500条に基づき、2年以下の禁固、罰金、またはその両方で罰せられます。
(2) 手続
刑事告訴について、一般的な手続きは次のとおりです。刑法に基づく名誉棄損は、被害者の告訴が必要な親告罪です。
① 犯罪の特定
表現が、CSA法などのバングラデシュの法律に基づく名誉毀損に該当するかどうかを判断します。名誉毀損には、他人の評判を傷つける虚偽の表現が含まれます。
② 証拠の収集
スクリーンショットやソーシャルメディアの投稿へのリンクなど、名誉棄損の証拠を収集し、名誉毀損によって引き起こされた損害を文書化します。
③ 弁護士への相談
名誉毀損事件を専門とするバングラデシュの弁護士に法的助言を求めます。
④ 告訴状の準備
名誉毀損の疑いに対する正式な刑事告訴状を作成します。名誉棄損に該当する行為が行われた日付、時刻、場所、被疑者の身元、および名誉棄損にあたる虚偽の情報などの詳細を記載します。名誉毀損によって引き起こされた損害の性質と程度も行います。
⑤ 告訴状の提出
バングラデシュの警察署に告訴状を提出します。名誉毀損事件は通常、犯罪が発生した場所または被疑者が住んでいる警察署で提起されます。刑法に基づき、裁判所に申し立てることも可能です。
⑥ First Information Report(FIR) の作成
警察が十分な証拠を見つけた場合、被疑者に対してFIRを登録します。FIRは、申し立てられた犯罪の詳細を記録する正式な文書です。
⑦ 警察の捜査
⑧ 裁判・審議・判決・控訴
7.フィリピン
- フィリピンにおけるインターネット上での名誉毀損
フィリピンにおける刑法において、名誉毀損行為は刑罰の対象として規定されています。刑法上は、印刷物や書面を用いた名誉毀損行為が対象とされていますが、フィリピンでは2012年に可決されたサイバー犯罪に関する法律によって、オンラインの手段を通じて行われる名誉毀損行為も罰則の対象となると明記されました。したがって、インターネットを通じて他人の名誉を毀損するようなコンテンツやコメント等を投稿する行為についても、刑事責任に問われる可能性があります。インターネットを通じた名誉毀損行為を構成する要素は以下のとおりです。
① 犯罪、悪徳または瑕疵に関する発信行為であること
② 公然となされた行為であること
③ 悪意のある行為であること
④ 自然人、法人または死亡した人に向けられた行為であること
⑤ 対象者の名誉を毀損し、信用を失墜させる行為であること
⑥ コンピュータシステムやこれに類する手段で行われたこと
- フィリピンにおける名誉毀損の刑事告訴
フィリピンにおいて名誉毀損の被害に遭った場合、被害者はフィリピンの刑事機関に対して、刑事告訴を行うことが可能とされています。フィリピンにおいては、現行犯逮捕等の場合を除き、被害が報告されてから捜査が開始されることが一般的です。告訴のために必要な証拠を確保することが重要視されています。
また、フィリピンの刑法においては、名誉毀損罪について、懲役、罰金またはその両方が科せられるとされています。さらに、サイバー犯罪に関する法律は、より重い刑罰を定めており、懲役に関しては上限が拡張されています。
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8.ベトナム
(1) 名誉毀損罪の概要
ベトナム刑法156条では、名誉毀損に関連する犯罪として、以下の行為を処罰対象としています。
- 情報を捏造したり虚偽の情報を流布して他人の名誉を傷つけたり他人の法的な権利や利益を侵害する行為
- 犯罪を捏造して当局に告訴・告発する行為
このような犯罪に課される刑は、次のとおりです。
i) 通常の場合:1,000万ドン以上5,000万ドン以下の罰金、2年以下の社会内刑罰(刑務所に収容せず社会内で労働等の活動を行わせ、収入の一部を国に納付させる刑罰)または3か月以上1年以下の懲役(刑法156条1項)
ii) 組織化されたグループによる犯罪、2人以上に対する犯罪、コンピュータネットワークや通信ネットワークを利用した場合など:1年以上3年以下の懲役(刑法156条2項)
iii) 卑劣な動機による場合、または被害者が自殺した場合など:3年以上7年以下の懲役(刑法156条3項)
なお、これらの犯罪は、特定の個人に対して行なった場合に成立し、法人や集団を対象とする場合には成立しません。
(2) 被害者による刑事告訴
上記ii)及びiii)に該当しない名誉毀損の場合、被害者による刑事告訴(立件の要請)があった場合のみ刑事事件の立件が行われると規定されています(刑事訴訟法155条1項)。
9.インド
(1) インド刑法における名誉棄損罪
インド刑法(The Indian Penal Code, 1860)第21章499条に名誉棄損罪(Defamation)が規定されています。
同条では、「話し言葉若しくは読まれることを意図した言葉によって、又は標識や目に見える表示によって、人の名誉を傷つけることを意図して、若しくはそのような評判がその人の名誉を傷つけることを知りながら、又はそう信じる理由があるにもかかわらず、そのような評判を作ったり、公表したりした者は、例外とされる場合を除き、その者の名誉を傷つけるものとされる。」と規定しています。また、同条は、会社や組織に対する非難であっても名誉棄損に該当し得ると規定しております。したがって、個人に対してではなく会社等の団体に対する行為であっても名誉棄損が成立する場合があります。例外的に、公表されることが公共の利益のためになる真実の適示であれば、その人物の名誉・評判を傷つけるものであっても名誉棄損とはなりません。
名誉棄損罪が成立する場合、2年以下の禁固若しくは罰金、又はこれら両方が科されます(インド刑法500条)。
また、名誉棄損であると知りながら若しくは名誉棄損と信ずるに足りる相当な理由がありながらそのような事実が記載された文書を印刷等複製した者や当該印刷物を販売した者も同様に2年以下の禁固若しくは罰金、又はこれら両方が科されます(インド刑法501条、同502条)。
(2) 名誉棄損罪の告訴手続
インド刑事訴訟法(The Code of Criminal Procedure, 1973)第14章199条に名誉棄損に対する訴追に関する規定があります。
同条では、インド刑法21章の名誉棄損に関する犯罪については、被害を被った者の告訴によらなければ裁判所は認知してはいけないと規定しています。そのため、基本的には名誉棄損の被害者から告訴することが必要となります。例外的に、被害者が18歳未満の場合、精神病等で告訴できない場合、又は地域の慣習やマナーにより公の場所に出頭することを強制すべきでない女性の場合には、他の者が当該被害者に代わり裁判所に許可を得て告訴することができます(インド刑事訴訟法199条1項)。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)では、名誉棄損については刑法(2021年連邦法第31号)により処罰の対象とされ、コンピューターネットワークやITを用いた場合には、風説及び電子犯罪に対する法(サイバー犯罪法。2021年連邦令第34号)によって、法人も処罰対象となり得ます。それぞれの刑罰規程は以下の通りです。
名誉棄損は親告罪であり、その事実と犯人を知ったときから3か月以内に告訴しなければ、刑罰を問うことはできません。告訴の方法は、以下の通りです。
(1) 刑法(2021年連邦法第31号)
公の手段を用いて他人が処罰または侮蔑の対象となりうる事実を適示した場合(以下「名誉棄損」といいます。)、公の手段を用いて特定の事実を適示することなく他人の名誉または評判を毀損した場合(以下「侮辱」といいます。)に2年または1年以下の拘禁刑または2万UAEディルハム以下の罰金の刑に処すると規定します(第425条、第426条)。公の手段を用いない場合でも、電話、第三者の面前で名誉棄損または侮辱をした場合には、6月以下の拘禁刑または5000UAEディルハムの罰金に、第三者が不在または手紙による場合でも5000UAEディルハム以下の罰金が処せられます(第427条)。
公務員または公務にかかわる者に対するその公務に関する事項、家族の名誉に影響を与える事項、または不法な目的をもつ場合には、名誉棄損については拘禁刑(1月以上3年未満)及び罰金(10万UAEディルハム以下)の両方またはその一方で(第425条後段)、侮辱については、2年以下の拘禁刑及び2万UAEディルハム以上5万UAEディルハム以下の罰金の両方またはその一方となり(第426条後段)、刑が重く定められています。しかし、公務員または公務にかかわる者に対する名誉棄損の場合、事実の真実性を証明し、その事実が公務に関連することであれば、処罰されません。ただし、その事実の発生から5年以上が経過している場合、その事実である犯罪につき消滅事由が生じまたは下された判決が時効により免除されている場合には、その限りではありません(第428条)。
裁判または捜査当局での争訟において、口頭または文書により、防御の範囲で行われた名誉棄損および侮辱は、処罰されません(第429条)。著作者の責任を問う、司法または行政当局に対する善意の通報は、処罰されません(第430条)。
(2) サイバー犯罪法(2021年連邦令第34号)
情報通信網、IT、情報システムを用いて、他人を侮辱し、または他人を処罰若しくは侮蔑の対象とする事実を開示した者は、拘禁刑(1月以上3年未満)及び25万UAEディルハム以上50万UAEディルハム以下の罰金またはその一方に処せられます(第43条)。公務員または公務にかかわる者の公務に関する場合には、より悪い犯行態様とみなされます。
違法なコンテンツを保管、利用可能にし、もしくは公開し、本法律に規定され、発出された命令の期間中にそれを削除またはアクセス不能にする行為を取らなかった者、または、正当な理由なく、本法律に規定され、発出された命令の全部または一部を遵守しなかった者は、30万UAEディルハム以上1000万UAEディルハム以下の罰金に処せられます(第53条)。
法人の実際の管理責任者である自然人は、違法行為を認識し、その任務違反が犯罪行為に寄与したと証明された場合、同じ規定で処罰され、法人は、その従業員が違法行為をし、または法人の名称を用いて法人の利益のために違法行為が行われた場合、罰金または賠償金の支払につき連帯責任を負うものとされます(第58条)。
(3) 刑事告訴(刑事訴訟法(2022年連邦令第38号))
名誉棄損は親告罪です(第11条第4号)。特別の規定がない限り、告訴は、被害者が犯罪の事実及び犯人を知った日から3ヵ月を経過した後では受理されません(11条後段)。
現行犯は現場に存在する公務員に対して告訴できますが、その場合を除き、告訴は検察または司法執行員(管轄の検察官、司法警察員、国境警備隊員、市民防衛隊員等(第35条))にします(第12条)。
被害者が複数いる場合には、そのうちの1人が告訴することで足り、被疑者が複数いる場合でその1人に対して告訴されたときには残りの全員にその告訴の効力が及びます(13条)。
告訴は、被害者本人、その代理人若しくは特別代理人によって行う必要があります(第11条柱書)。15歳未満の未成年や事理弁識を欠く者については、その後見人によって告訴することができ(第14条第1項)、被害者と代理人との間に利害対立がある場合または代理人が不在の場合には、検察が代理します(第15条)。被害者の死亡とともに告訴の権利は消滅しますが、死亡前に行った告訴については、司法手続きが進行します(第16条)。告訴者が死亡した場合には、告訴の取り下げ権はその相続人全員に承継されます(第17条第4項)。
告訴は、それに関する裁判の最終判決が下されるまでは取り下げることができ、取り下げによって刑事事件は終結します(第17条第1項)。被害者が複数いる場合には、告訴した全員が取り下げしなければその効果は生じません(第17条第2項)が、被疑者(被告人)が複数いる場合には、その一人に対する取り下げは全員に及びます(第17条第3項)。判決確定後に告訴が取り下げられた場合には、検察は刑の執行を停止して、受刑者を釈放しなければなりません(第17条第5号)。
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発行 TNY Group |
・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY国際法律事務所(東京及び大阪)、永田国際特許事務所) ・佐賀(TNY国際法律事務所) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://gvalaw.jp/offices/philippines ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://uk.tny-legal.com/ ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associatesジャパンデスク設置) URL: https://dubai.tny-legal.com/ ・インド(TNY Services (India) Private Limited) URL: https://india.tny-legal.com Newsletterの記載内容は2023年10月30日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
1.日本
(1) 日本における合併の概要
日本の会社法上、合併には、吸収合併と新設合併の二種類があります。同法2条によれば、吸収合併とは『会社が他の会社とする合併であって、合併により消滅する会社の権利義務の全部を合併後承継する会社に承継させるものをいう。』(同条27号)と定義されており、新設合併とは『二以上の会社がする合併であって、合併により設立する会社に承継させるもの』(同条28号)とそれぞれ定義されています。
日本においては、新設合併は、吸収合併に比べ手続やコストがかかるため、実務上は吸収合併を選択することが多いと言われています。
(2) 合併の手続き
ア 吸収合併の場合
吸収合併において、会社を吸収して存続する会社を吸収合併存続会社(存続会社)、消滅する会社を吸収合併消滅会社(消滅会社)といいます。吸収合併の基本的な手続きは以下の通りです。
① 吸収合併契約の締結
存続会社と消滅会社の商号及び住所、吸収合併に関連する事項、吸収合併の効力発生日等を明記する必要があります(同法749条1項各号)。
② 株主総会における承認決議
存続会社と消滅会社はともに上記契約で定めた効力発生日までに合併契約を株主総会にて承認を受ける必要があります。同決議は株主総会の特別決議事項となるため、出席株主の3分の2以上の賛成が必要となります。
③ 反対株主の買取請求権と通知・公告
株主総会の承認決議に先立って反対する旨を通知し、かつ、株主総会においても反対した株主は、消滅会社等に対し、自己の有する株式を公正な価格で買い取ることを請求することができます。これに対応するため、消滅会社等は、合併契約の効力が発生する20日前までに、株主に吸収合併をする旨並びに存続会社の商号及び住所を通知しなければなりません。
④ 債権者に対する公告または催告
消滅会社等は債権者に対し、吸収合併を行う旨や存続会社等の商号及び住所、吸収合併に対し、異議を申し立てることができる旨とその期間(同期間は1ヶ月以上必要とされています)について、官報に公告し、かつ、知れている債権者には格別に催告する必要があるとしています。
債権者に異議を述べられた場合、異議を述べられた会社は同債権者に対し、弁済し、若しくは相当の担保を提供する必要があります。
⑤ 効力発生日と登記
①にて定めた効力発生日に吸収合併の効力が発生し、同日の2週間以内に消滅会社の解散および存続会社の変更登記を行う必要があります。これにより、当該吸収合併に第三者対抗力を持たせることが可能となります。
イ 新設合併の場合
大まかな流れは吸収合併と同様ですが、①および⑤の部分が異なります。
新設合併の場合、新会社の商号及び住所はもちろんのこと、通常の新会社設立と同様に、発行可能株式総数や設立時取締役の氏名等も合併契約に定める必要があります。
また、新設合併においては、新設会社が登記された日に効力が生じる(同法49条)ため、効力発生日は合併契約の必要記載事項ではありません。
(3) 合併に伴う権利関係の承継について
新設合併では、新設会社が消滅会社の権利義務を包括的に引き継ぎます。もっとも、承継会社から免許や許認可等を引き継ぐことは基本的にはできません。他方、吸収合併の場合、権利義務については新設合併と同じく、包括的に承継することができ、かつ、免許や許認可等についても引き継ぐことが可能です。
なお、合併と契約上の地位の承継に関し注意すべき点として、既存の取引先との契約書内に経営権の移動等があった場合について言及した条項(チェンジオブコントロール条項)の有無が挙げられます。これは、合併等の組織変更があった場合には契約の解除事由となるまたは通知する義務を負うといった内容であり、このような条項の有無については充分注意する必要があります。
従業員との関係では、勤務内容は同一であるにも関わらず、存続会社と消滅会社のどちらの出身かによって雇用条件の不公正が生じることがあり、このような事態を防ぐためには、合併後の雇用条件を統一することが望ましいとされています。
また、オフィスや工場の所在地における不動産の契約などにも合併などに言及または関連した条項が存在する可能性があるため、この点にも注意する必要があります。
したがって、合併を行う際には事前の調査や会社間での交渉はもちろんのこと、合併後にどのようなリスクが生じるかについての調査も重要であると言えます。
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2.タイ
(1) タイにおける合併の種類
タイでは、以前まで吸収合併は認められておらず、新設合併のみ認められていました。もっとも、近年のタイ民商法改正により、法律上、吸収合併も認められることになりました。
以下ではタイにおける吸収合併の手続及びライセンス関係の承継の可否について、解説いたします。
(2) 吸収合併の手続
タイにおいては、二社間での合併の合意後、以下の2つのステップを経ることで、吸収合併の効力を発生させることができます。
(ア) ステップ1
① 存続会社と消滅会社の双方において、合併を承認する株主総会を開催し、承認を得る。
② 反対株主に対して、株式の買取りを行う。
③ 承認決議後、14日以内に以下を行う。
- DBD(商務省)での承認決議の登記
- 決議日に会社記録に名前が記載されているすべての債権者に、異議申し立て期間を1ヶ月以内とする本件承認決議の通知を送付する。
- 地元紙にて承認決議を行った旨の公告を行う。
④合併に反対する債権者がいる場合には、同債権者に対し、弁済または担保の提供を行う。
その後、ステップ1の完了により、ステップ2に進むことが可能となります。
(イ) ステップ2
① 合併会社の名称や目的、覚書、定款等を決定し、承認の決議を行う。
② 決議後、7日以内に、消滅会社および存続会社の取締役が合併会社の取締役に、事業、財産、会計に関する書類等の引継ぎをする。
③ 同株主総会の日から14日以内に合併を登記し、合併会社の覚書と定款をDBDに提出する。
(3) 許認可や従業員の承継
タイでは、吸収合併が近年まで認められなかったという事情から、吸収合併とライセンスの承継については不透明な部分も多く、同じライセンスであっても、品目等によって承継の可否が異なる場合があります。そのため、自身のライセンスの承継の可否についてはライセンスの所轄官庁に確認する必要があります。
また、従業員については、消滅会社から存続会社へ異動する場合、法律上、各従業員から個別の合意を得る必要があり、得られない場合には、当該従業員に対しては、解雇補償金の支払を行い雇用契約が終了することになります。
3.マレーシア
マレーシアでは、ラブアンに設立された会社に適用されるラブアン会社法(Labuan Companies Act 1990)においては吸収合併に関する規定は存在しますが、一般的な会社に適用される会社法(Companies Act 2016)においては合併に関する規定は存在しません。マレーシアにおける会社の組織再編の方法としては、一般的に以下の方法が挙げられます。
– 対象会社の株式取得
– 対象会社の事業譲渡
– 会社法366条に基づくスキーム・オブ・アレンジメント
(1) 株式取得
株式取得の方法としては、公開買付を行う場合及び既存株主から直接株式を取得する株式譲渡を行う場合があります。
株式取得を規制する法令としては、以下の法令等が挙げられます。
– Malaysian Code on Take-Over and Mergers 2016
– Rules on Take-Over and Mergers and Compulsory Acquisition 2016
– Capital Markets and Services Act 2007(CMSA)
また、マレーシア証券取引所(Bursa Malaysia Berhad)、マレーシア中央銀行(Bank Negara Malaysia)、マレーシア証券委員会(Securities Commission Malaysia)、マレーシア会社委員会(Companies Commission of Malaysia)等の機関によって規制されます。
公開買付は、強制的公開買付及び任意的公開買付に分けられます。強制的公開買付は、一定の要件を満たした場合に実施する義務が生じるものをいい、任意的公開買付は強制的公開買付以外の公開買付をいいます。
強制的公開買付の義務が生じる要件としては、会社の支配権を獲得した場合(会社の議決権付株式の33%超を取得した場合)、Creeping Thresholdとなった場合(議決権付株式の33%超50%以下を保有しており、かつ6か月間に議決権付株式の2%超を取得した場合)等があります。
任意的公開買付は、強制的公開買付の要件を満たさない場合において、対象会社の発行済株式を100%取得する際に用いられ、任意的公開買付のうち、対象会社の発行済株式の100%未満を取得する場合には部分的公開買付と呼ばれます。
既存株主から直接株式を取得する株式譲渡を行う場合においても、一般法である会社法及び契約法を遵守する必要があります。
(2) 事業譲渡
事業譲渡とは、会社の事業の全部又は一部の譲渡を行うことをいい、事業譲渡を行うには、譲渡会社において株主総会の普通決議が必要となります。
(3) スキーム・オブ・アレンジメント
スキーム・オブ・アレンジメントとは、一般的に会社再建において用いられる制度で、会社法366条に基づいて対象会社が裁判所の許可を得て行う、会社、株主及び債権者間の合意による手続をいいます。
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4.ミャンマー
ミャンマーでは、日本の会社法のような合併に関する規定はありません。したがって、当事者間で締結する契約書において詳細を規定する必要があります。
一般的には株式譲渡か事業譲渡の方法によることとなります。株式譲渡の場合には潜在的リスクも含めて全て承継することとなり、ミャンマーではデューデリジェンスによっても全てのリスク(特に財務)を洗い出すことは難しいため、慎重に対する必要があります。
5.メキシコ
(1) 定義
メキシコにおいて合併は「Fusión」として認識されていますが、その定義は明確に規定されていません。メキシコにおける会社法となるLey General de Sociedades Mercantilesにおいては、222条から226条において合併に関する規定が置かれており、これらから合併には次の2つの種類があると考えられています。
- Fusión por incorporación o absorción(吸収合併)
既存の一つ以上の会社を別の既存の会社に統合し、そこに権利義務を承継させることで構成される。統合された会社は消滅する。
- Fusión por integración o pura(新設合併)
2つ以上の会社が新会社を設立し、各々の権利義務のすべてを当該新設会社に承継させ、各会社は消滅することで構成される。
(2) 合併の流れ
合併は、会社の形態に応じた条件で、それぞれの会社において決定されなければならないとされており、株式会社においては、特別株主総会決議を要することとなります。
合併の合意は、商業登記簿(Registro Público de Comercio)に登記し、経済省(Secretaría de Economía)の電子システムにおいて公表しなければならず、また、合併の対象となる各会社は当該電子システムにおいて最新の貸借対照表を公表し、消滅会社は、債務を消滅するための方法も公表しなければならなりません。
合併の効力は、登記後3か月が経過した後でなければ生じないとされており、この期間中、合併する会社の債権者は、当該合併に対して異議を申し立てる司法手続きをとることができます。異議が申し立てられた場合、当該異議を却下する判決が確定するまで、合併は一時中断されることとなり、異議の申立てがないままにこの期間が経過したときは、合併が成立し、存続会社または合併により生じた会社が消滅会社の権利義務を承継することとなります。
なお、経済競争法(Ley Federal de Competencia Económica)の定めにより、企業再編等グループ企業間で行われる場合といった一部の例外を除き、次の基準に当てはまる合併は、連邦経済競争委員会(Comisión Federal de Competencia Económica: COFECE)に届出を行い事前に承認を得る必要があります。
- UMA*1日額の1,800万倍に相当する額以上の金額をメキシコに投資することを意味する行為又はその原因となる一連の行為
- メキシコでの年間売上高又はメキシコにおける資産が、UMA日額の1,800万倍に相当する額以上である経済主体の資産又は株式の35%以上を併合することを意味する行為又はその原因となる一連の行為
- UMA日額の840万倍を超える資産又は資本のメキシコでの併合で、メキシコで生じる年間売上又はメキシコ国内の資産が、共同又は個別にUMA日額の4,800万倍に相当する額以上で2つ以上の経済主体が関与する企業結合を意味する行為又はその原因となる一連の行為
*1 UMA日額は、2023年度(2023年2月から2024年1月)は103.74ペソ
(3) その他の手続
その他、合併後には、消滅会社の納税者登録(RFC)の抹消や、消滅会社が外資登録(RNIE)のある会社だった場合には、その登録の抹消など、各会社の事情に応じた手続きが必要となります。
また、労働者に係る手続としては、連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)において、Sustitución Patronal(雇用主の交代)と呼ばれるものが規定されています。会社の資産等の譲渡と併せて、これまでの使用者に提供されていた労働が譲渡後も継続する場合に活用することができます。従って、消滅会社での経済活動が、存続会社や新設会社において継続される場合であって、同じ労働力が用いられる場合、この手続をとり、雇用関係を継続させることができます。
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6.バングラデシュ
バングラデシュには、合併について包括的に定める法律はなく、会社法、証券取引委員会法及びその関連法令、外国為替規定法、競争法などに部分的に規定されるほか、保険業や通信業など特定の業種の合併について、個別の法律で定められています。
会社法は、一般的にすべての会社のM&Aに適用される規定を定めていますが、その内容は限定的です。同法228条は、会社の解散について債権者および株主との妥結に対する裁判所の権限、229 条は、合併による解散を含む解散の取り決めと妥結を促進する裁判所の権限についてそれぞれ定めています。同法230条は、過半数によって承認されたスキームまたは契約に反対する株主から株式を取得する権限(通知や予告期間など)について規定しています。
合併を進める場合は、関連する複数の法令を確認したうえで、当事者間の契約にて詳細を定める必要があります。
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7.フィリピン
- フィリピンにおける合併の概要
フィリピンにおける合併は、フィリピンの会社法に準拠して手続が履践されます。大きく分けると2つの合併形態が存在します。一つ目は、吸収合併です。存続会社が対象会社を吸収し、合併します。対象会社の資産や負債を原則として全て引き受けることになります。二つ目は、新設合併です。これは、2社以上の会社が統合され、新たな会社(新設会社)を設立するタイプの合併形態です。新設会社は、原則として対象会社の資産や負債を全て引き受けることになります。
また、フィリピンでは、合併の方法として、対象会社の株式を取得する方法や事業や資産を譲受する方法があります。
選択すべき合併の種類は、各会社の状況によって異なりますので、合併を検討されている会社は、対象企業の規模、対象企業の資産負債状況、規制要件などの要素を考慮して適切な合併形態を選択する必要があります。
- フィリピンにおける合併に必要な手続
フィリピンにおける合併手続において、必要とされる主な手続としては、まず、取締役会決議及び株主総会特別決議(議決権の3分の2の賛成票が必要な決議)を経たうえで、合併計画の承認を得る手続が必要となります。また、この時点で合併に反対である株主については、正当な価格での買取を請求する権利が与えられているため、請求があった場合は買取対応をする必要があります。
さらに、合併に際しては、合併契約を締結する必要があります。その際に、フィリピンにおける証券取引委員会の承認が必要となる場合があるため、適法に締結された合併契約書を同委員会へ提出する手続が発生します。同委員会における承認には、審問が実施される場合もあります。
承認を取得し、必要な手続が全て履践された後、合併はクロージングとなります。これにより、対象会社から存続会社又は新設会社へ資産と負債が継承されます。
- 合併後の取引関係について
最後に、合併後の取引関係について、法的観点から述べます。合併成立後の従業員やサプライヤーとの契約当事者は、存続会社又は新設会社となります。これは、契約関係を含め、対象企業の資産及び負債の全てを存続会社又は新設会社が継承するためです。したがって、事業に必要な取引契約のみならず、従業員との雇用契約や不動産に関する契約についても、存続会社又は新設会社が契約当事者としての地位を承継します。
ただし、合併当事者間において、契約上、合併が生じた場合に契約関係を終了できる条項が存在する可能性に留意する必要があります。これには、合併前にデューデリジェンスを実施し、リスクとして抽出されることが多いため、合併を検討される場合は、対象会社のデューデリジェンスをしっかりと実施することが望ましいといえます。
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8.ベトナム
- ベトナムの法規制における「合併」の定義
会社の合併とは、1つまたは複数の会社(以下、「被合併会社」といいます)が、財産、権利、義務およびその他の合法的な利益をすべて別の企業(以下、「合併会社」といいいます)に移転させる行為であり、現行の企業法および競争法に定義されています(企業法第201条第1項及び競争法第29条第2項)。
被合併会社は、合併会社の登録手続が完了した後、その存続を終了します(企業法第201条第2項c)。なお、被合併会社の支店、駐在員事務所や事業拠点は、被合併会社が消滅する前に閉鎖手続をしなければなりません (政令01/2021/ND-CP第73.3条)。
- 被合併会社の権利義務の移転と継承
合併の手続が完了した後、合併会社は、被合併会社と合併会社の合意に基づき、債務、労働契約、その他の資産負債など、被合併会社が合法的に有するすべての権利と義務を承継します(企業法第201条第2項c)。
- 合併手続きの一般的なプロセス
ベトナムでは、多くの場合、以下の手順に従って合併が行われます(企業法第201条第2項)。
① 合併に関する必要書類(合併会社の定款および当事者間の合併契約書)の作成
② 被合併会社および合併会社の所有者や株主の承認
③ 上記②の承認を得た日から15日以内に、全債権者に当事者間の合併契約書を送付し、全従業員に合併について通知
④ 合併に関する登録手続の申請
- 合併手続について特例が適用される場合
以下のいずれかに該当する場合は、合併を行うために特別の手続が必要となります。
① 外国資本が含まれる場合:投資プロジェクトの統合、特定の事業分野に対する投資条件や要件の設定、合併会社の外国人所有比率の変更が伴う場合、投資法に規定する手続を遵守する必要があります。
② 専門業種に関する場合:銀行業、保険業、証券業における合併を行う場合、事前に、特別法による規制(信用機関法、保険業法、証券法など)が適用され、事前にそれぞれの専門当局(ベトナム国家銀行、ベトナム財務省、ベトナム国家証券委員会など)の承認を得る必要があります。
③ 経済集中度の届出基準に達した場合:競争法に基づき、国家競争委員会に経済集中度の届出書類を提出する必要がありますz(競争法第33条および政令35/2020/ND-CP第13条)。経済集中度の届出基準は、以下のいずれかをもとに決定されます。
(a) 合併を行う会社のベトナム市場における総資産
(b) 合併を行う会社のベトナム市場における総売上高
(c) 合併の取引金額
(d) 合併を行う会社の関連市場における合計市場シェア
ベトナム政府は、各時期の社会経済状況に合わせて、経済集中度の届出に関し、正確な基準を設定します。
9.インド
(1) インドにおける合併の概要
インドでは、合併については吸収合併と新設合併があります。吸収合併では、合併によって消滅する対象会社の権利義務を存続会社が包括的に承継することになります。新設合併では、合併によって消滅する会社の権利義務を合併によって新たに設立する会社に承継させるものとなります。
(2) 合併の手続について
合併については、会社法審判所(National Company Law Tribunal)による承認を得なければなりません。会社法審判所は、合併承認の申請に対して、株主総会や債権者集会の招集を命ずる場合があります。
会社法審判所に対して上記申請を行うものは会社の財務状況等を宣誓供述書により開示する必要があります。
上記手続により招集された株主総会及び債権者集会により4分の3以上の賛成(株主総会の場合議決権の4分の3以上、債権者集会の場合総債権額の4分の3以上)により会社法審判所が命令により合併を承認します。
会社は合併の命令を受領してから30日以内に登記官に当該命令を提出しなければなりません。
(3) その他
合併は会社登記所の命令を必要とし完了までに半年から一年程かかるため、当事者同士の合意で行われる事業譲渡の方が多く利用されていると思われます。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)では、様々な形態の会社が存在します。UAEの商事会社法は、フリーゾーンで設立された会社には、フリーゾーン外の内国(メインランド)での事業が認められているときを除き、適用されず、各フリーゾーンに関する法律および規則が適用されます。合併に関しては、合併しようとする会社の設立場所、根拠法規に基づき、適用される法令を確認することが必要です。
なお、外資規制が緩和された2021年6月以降、メインランドでも13セクター122業種については外資100%の会社が認められるようになりましたが、従前どおり51%以上の現地資本を求められる業種については、事業存続のためには合併後の資本比率に留意する必要があります。
また、UAEに設立された支店については、UAE外の本店が合併した場合に、合併の形態に応じて、支店の登録を抹消・変更する必要があります。
(1) メインランド設立の会社の合併
商事会社法(2021年連邦法第32号)で設立できる5つの会社形態(①合名会社(Joint Liability Company)、②合資会社(Simple Commandite Company)、③有限責任会社(Limited Liability Company)、④公開株式会社(Public Joint Stock Company)、⑤非公開株式会社(Private Joint Stock Company))のいずれも、総会またはそれに準じる機関の特別決議により合併を行うことができます。合併によって、新設される会社または合併後存続する会社に、合併する会社のあらゆる権利義務が承継されて、合併される会社が消滅します(第293条)。
合併の手続としては、まず、合併する会社間で合併契約を締結します。合併契約書には、合併後の会社の定款、取締役、支配人、株式の交換方法を規定します(第286条)。ただし、中央銀行により免許を受ける会社は、公開株式会社(Public Joint Stock Company)である場合を除き、中央銀行の規則に基づき経済相が合併の方法、手続、条件について決定を行い、公開株式会社ではこれらを取締役会で決定します(第285条第2項)。合併契約書案は、株主総会(またはそれに準じる機関)に提案し、定款変更に必要な多数決(特別決議)での決定を得なければなりません(第287条)。ただし、持株会社がその完全子会社を吸収合併する、または同一の持株会社の完全子会社間で合併する場合には、株主総会決議は必要とされません(第288条)。会社を所管する経済省または証券・商品庁が合併の総会決議を承認することにより、登記が変更されます(292条)。
合併に反対する株主等の保護としては、会社資本の20%以上を有する株主は、決議に反対した場合、決議後30日以内に裁判所に提訴することができます。株式会社(Joint Stock Company)以外の会社については、合併決議に反対した社員(partner)は、15営業日以内に書面で退社と持分の返還を求めることができます。持分の価値や退社の条件については、まず協議が行われ、協議がまとまらない場合には所管の当局が結成する委員会に付託され、最終的には裁判所へ提訴することができます(第289条)。
合併する会社の債権者の保護としては、合併を承認する総会決議後10日以内に知れたる債権者に対して文書で通知されるとともに、地元の日刊紙2紙(少なくとも1紙はアラビア語)に広告されます。合併に反対する債権者は通知から30日以内に、合併する会社の本社及び所管する経済省または証券・商品庁(Security and Commodities Authority)に異議を送付しなければなりません(第290条)。この異議を申し出た債権者が通知後30日以内に会社から弁済を受けなかった場合には、合併中断命令を求めて裁判所に提訴できます。申立債権者の利益を不法に害すると判断した場合は、裁判所は合併中断を命じ、申立債権者が取り下げするか、会社が債務を支払うか十分な担保を提供するまで、中断が継続します(第291条)。
(2) フリーゾーン設立の会社の合併
フリーゾーン(「FZ」)では、①フリーゾーン・エスタブリッシュメント(Free Zone Establishment)、②フリーゾーン会社(Free Zone Company「FZCo」)の他、有限責任会社(Limited Liability Company)、オフショア会社(Offshore Company)等を設立することができます。
FZで設立された会社については、各FZの規則で規律されますが、日本企業が進出している主要なジュベル・アリー・フリーゾーンの規定には合併の規定はなく、ドバイ・エアポート・フリーゾーン(DAFZA)には規定があります。
因みに、DAFZA規定による合併は、少なくとも1社のFZ内で設立された公開株式会社(Public Limited Company)もしくは定款または特別決議で合併可能とされるFZCoが関与する場合を対象としています。合併の種類は、新設合併と吸収合併があり、手続はほぼ商事会社法に準じます。ただし、反対株主の裁判所への提訴期限が株主総会決議後28日以内とされていること、債権者への通知は2万UAEディルハム以上の債権を有する債権者に対して合併承認決議後28日以内で行うことで足りること、合併に外国会社が関与する場合には、DAFZA登録者による同意が必要とされること等、差異がありますので注意が必要です。
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発行 TNY Group |
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・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY国際法律事務所(東京及び大阪)、永田国際特許事務所) URL: https://tny-lawfirm.com/index.html ・佐賀(TNY国際法律事務所) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://www.tnygroup.biz/pg550.html ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://www.tnygroup.biz/uk.html ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associatesジャパンデスク設置) ・インド(TNY Services (India) Private Limited) URL: https://india.tny-legal.com/index.html Newsletterの記載内容は2023年8月29日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
1.日本
日本の営業秘密については、不正競争防止法に規定があります。
同法2条6項は、営業秘密について、「この法律において「営業秘密」とは、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の秘密であって、公然と知られていないものをいう。」と定義しています。
(1) 営業秘密の3要件
「営業秘密」に該当するためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。
① 秘密管理性
② 有用性
③ 非公知性
まず、①要件を満たすためには、企業が当該情報を秘密裏に管理しようとする意思が、何らかの措置によって従業員や取引先に対して明確に示されており、かつ、当該意思について従業員等が認識できるような状態にしていなければなりません。
経済産業省の営業秘密指針によれば、具体的に必要な秘密管理措置の内容や程度については、企業の規模、業態、従業員の職務、情報の性質その他の事情の如何によって異なり、営業秘密の管理単位(営業秘密の共有をしている企業単位のこと。支店レベルであるか、関連会社も含むのかが異なる。)における従業員がそれを一般的に、かつ容易に認識できる程度のものである必要があるとしています。
秘密管理措置の具体例としては、表紙に「マル秘」や「社外秘」といった文字を明記しておくこと、金庫や施錠可能な容器に保管すること、扉に「関係者以外立ち入り禁止」といった張り紙をしておくことなどが考えられます。
次に、②要件を満たすためには、当該情報が客観的にみて、事業活動に有用であることが必要となります。この点、同要件の趣旨は公序良俗に反する内容の情報(脱税や不正の情報等)を除き、商業的価値が認められる情報を広く保護することに目的があります。同目的からは、①③要件を満たす情報については、有用性が認められることが通常であり、過去に事業活動に使用していた情報や、実験失敗のデータや製品の欠陥情報など間接的な価値が認められる情報についても有用性が認められることになります。
最後に③要件を満たすためには、当該情報が、一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないことが必要となります。
非公知性が認められる状態とは、当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない、公開情報や一般に入手可能な商品等から容易に推測・分析されない等、保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態にあることをいいます。仮に当該情報が海外の刊行物に掲載されていたとしても、その刊行物の取得に多大な時間やコストを要する場合には、合理的な努力の範囲を超えるものとして公知性が認められることになります。また、当該営業秘密が様々な知見を組み合わせて一つの情報を構成している場合、構成する各情報が様々な刊行物に掲載されており、それらを集めた結果、当該営業秘密に近い情報が得られたとしても、どの情報をどのように組み合わせるか自体に価値が認められる場合には、公知性は否定されません。
(2) 営業秘密が侵害された場合の措置
営業秘密に該当した場合、当該秘密を不正に取得、使用、開示する行為については「不正競争」行為に該当し、民事上、刑事上の措置の対象となりえます。また、当該営業秘密を取得者から得た者についての取得、使用、開示する行為についても一定の要件のもと民事上、刑事上の責任を負うこととなります。
具体的には、営業秘密の漏洩が発覚した場合、会社は、営業秘密の不正開示や利用の停止・予防、侵害に関する物品の破棄等を求めることができます。また、営業秘密の漏洩によって会社に損害が発生した場合には、侵害者に対して損害賠償を請求することができます。なお、損害賠償額については同法に損害額推定規定が設けられています。加えて、同漏洩によって、会社の信用が損なわれた場合には、信用を害した者に対して信用回復措置を取るように請求することも可能です。
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2.タイ
タイの営業秘密については、営業秘密法に規定があります。
同法3条は営業秘密について、「営業秘密とは、まだ一般に公表されていない営業情報、またはその情報に通常触れられる者にまだ届いていない営業情報をいう。また、当該情報が秘密であることにより商業的価値をもたらし、営業秘密管理者が機密を保持するために適当な手段を採用していなければならない。」と定義しています。
(1) 営業秘密の要件
タイの営業秘密に該当するためには、以下の3つの要件に該当する必要があります。
① 秘匿性
② 有用性
③ 秘密管理性
まず、①要件を満たすためには、当該情報が一般に知られていないまたは情報を入手できる状況になっていないことが必要であり、日本の営業秘密の要件の一つである「非公知性」に似た概念であるといえます。
次に、②要件を満たすためには、当該情報を秘密に保つことで商業的価値をもたらしていることが必要であり、こちらも日本の有用性要件に似た概念であるといえます。
もっとも、日本においては秘密管理性および非公知性が認められれば、公序良俗に違反する情報等でない限り、有用性要件が認められる一方、タイの裁判においては、当該情報を秘密にしておくことで商業的価値が生じるかどうかを実質的に考慮するなどして、その判断基準に違いがあります。Googleマップの店舗情報について、有用性が認められるかという最高裁判例においては、店舗情報とはむしろ公開されることにより、商業的価値が生じるものであるとして、有用性要件について否定しています。
最後に、③要件を満たすためには、当該営業秘密を保護するために、充分な秘密保護措置が取られている必要があります。タイで裁判の争点になることが多いのは同要件であり、保護したい情報については、社内規定や就業規則などによって事前にルールを作成しておく必要があります。また、ルールを作成しておくだけではなく、従業員への研修や監査を通じてそのルールの運用が正確になされている必要があります。この点については、就業規則に一般的な守秘義務を規定していたとしても、同要件を満たすことにはならないとした最高裁判決も存在しています。
なお、充分な秘密保護措置が取られているか否かについて、絶対的な基準はなく、会社の規模や職種等を総合的に考慮し、相対的に決定されます。
以上のように、営業秘密該当性については、日本とタイは非常に類似した構成をとっています。もっとも、各要件の判断基準については、異なる点も多いため、その取扱いについては注意する必要があります。
(2) 営業秘密侵害行為
営業秘密侵害行為について同法6条は「営業秘密の侵害行為とは、営業秘密を保有する者の許可なく、秘密を開示し、使用する行為であって、不当な商業手法であるものをいう。ただし、侵害者において不当な商業手法であるとの認識または認識することが相当であると認められる事情がなければならない。」と定義しています。
また、同法6条では、契約違反、秘密保持の違反またはその教唆、贈収賄、脅迫、詐欺、窃盗、盗品の譲受、電子その他の手法を使った諜報活動を「不当な商業手法」として、例示列挙しています。
(3) 侵害行為に対する措置
上記のような営業秘密の侵害行為があった場合または現に行われようとしており、かつ明確な証拠がある場合には、差し止め請求や損害賠償請求をすることができます。同請求の中では、侵害組成品の破棄または所有権の移転を求めることができます。
また、侵害者に対しては両罰規定も含む刑事罰も存在しています。
3.マレーシア
マレーシアでは、営業秘密の保護に関する一般的な法は存在せず、営業秘密はコモンロー及びエクイティによって保護されます。営業秘密が不法に開示された場合には、守秘義務違反として民事救済を図ることができます。営業秘密の漏洩に関する直接的な刑事責任を定めた法令等は特段存在せず、救済手段としては基本的には民事救済によることになります。営業秘密には、製法、方法、技術、製造費用、顧客リスト、事業計画等が含まれるとされています。保護の対象となる営業秘密は、原則として秘密となっている情報のみであり、公共財となっている一般的な情報については保護されないものとされています。
(1)守秘義務違反が認められる要件
マレーシアでは、判例上、従業員には使用者に対する忠実及び誠実の義務があるとされており、この義務には、使用者の同意なしに、雇用の過程で得た機密情報を使用または開示しない義務(守秘義務)が含まれています。
次の3つの要件が満たされている場合に、守秘義務違反が認められることがイギリスの判例(Coco 対 AN Clark (Engineers) Ltd事件等)で明示されており、これはマレーシアでも適用されています。
- 機密性のある情報であること
- 守秘義務を負う状況下で情報が伝達されたこと(情報の機密性が従業員に明確に示されている必要があります。)
- 情報の無断使用があったか、それが予期されること
守秘義務は、通常、雇用関係において発生し、この義務は暗示であっても、明示であってもよいとされ、その雇用終了後にまで及ぶとされています。
しかし、使用者は従業員に対し、当該従業員の技術及び知識の一部となったものの使用を禁止できないとされています。
マレーシアの判例により、当該情報が企業秘密であるか又は一般知識及び技術であるかは、以下の要素により判断されます。
- 雇用の性質
- 情報の性質
- 使用者がその情報の機密性を強調したか
- 当該企業秘密が一般知識及び技術と区別できるものであるのか
(2)守秘義務違反が認められる場合の救済方法
守秘義務違反が認められる場合には、損害賠償請求(Damages)(懲罰的損害賠償請求を含む)、差止命令(Injunction)、清算による償還(Account of profit)等が考えられます。
なお、差止命令が認められるためには、回復不能な損害があること、及び損害賠償請求のみでは救済として不十分であることを立証しなければなりません。
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4.ミャンマー
ミャンマーでは、営業秘密の保護に関する一般的な法は存在しません。そのため、守秘義務契約等の営業秘密を守る義務を含む契約を締結している場合には、営業秘密が不法に開示された場合には、守秘義務違反として民事救済を図ることができます。営業秘密の漏洩に関する直接的な刑事責任を定めた法令等は特段存在せず、救済手段としては基本的には民事救済によることになります。
したがって、営業秘密を共有する相手方との間でその秘密を保護するための契約を締結することが重要となります。
5.メキシコ
(1) 概要
日本でいう「営業秘密」に近い概念として、メキシコでは連邦産業財産権保護法(Ley Federal de Protección a la Propiedad Industrial、以下、「産業財産権保護法」という。)に規定される「Secreto Industrial」が挙げられます。その定義や違反行為、罰則等の規定はあるものの、特許や商標といった産業財産権のように、登録制度等はありません。
(2) 定義
産業財産権保護法において、Secreto Industrial(以下、「営業秘密」という。)は、「その法的管理を行使する人が秘密に保つ産業又は商業用途の全ての情報であって、経済活動の遂行において第三者に対して競争的又は経済的優位性をもち、機密性を維持し、アクセスを制限するのに十分な手段又はシステムを採用されている情報」と定義されています。
なお、公知の情報や法令等により開示しなければならない情報は営業秘密に該当しません。また、営業秘密の保有管理者より、ライセンス、許可、承認、登録、又はその他の権限を付与する目的で当該情報が提供された場合には、公知になったとはみなされません。
(3) 営業秘密の保護
先述の定義より、情報が営業秘密とみなされるには、①商業的価値があること、②機密性の維持、③情報に対し機密に保つための合理的措置が施されていることが条件となります。
従って、例えば、競合他社に対して経済的優位性を持つ技術情報がある場合、限られた数の人々だけがその情報を知っていること、そしてそれを知っている人々がその情報が機密情報であることを認識していることが重要となります。更に、そのような情報へのアクセスを制限する措置が取られなければなりません。
また、情報の保有管理者は営業秘密の使用を第三者に許可することができ、この場合は、使用を許可された第三者は、この営業機密を開示してはならない義務を負います。技術提供等の契約書において守秘義務条項を設けることも可能であり、当事者が当該情報を機密であると確認する条項を含める必要があります。更に、雇用や業務委託等の関係において、又は職務に関連し、企業の情報を知り得る者は、秘密である旨を通知された情報については、その保有管理者等の同意を得ずに開示してはならない義務を負います。
従って、営業秘密を機密として保護するためには、機密であることの明示や各種契約書内への秘密保持条項の設定や秘密保持契約書の締結、職場においては、これらに加え就業規則の整備や教育の実施といった措置が必要となります。
(4) 情報漏洩時の措置
営業秘密に関し漏洩が生じた場合、民事的、行政的、刑事的措置をとることができます。
行政的措置については、経済的優位性を獲得するため、又は商慣習に反する行為として、営業秘密を不正に取得することなどについて、利害関係者はメキシコ産業財産庁(Instituto Mexicano de la Propiedad Industrial: IMPI)に対し調査を要請でき、違反と判断された場合は、最大25,935,000ペソの制裁金(2023年の場合)、最大90営業日の施設の一時閉鎖や恒久的閉鎖といった制裁が科される恐れがあります。
刑事的措置については、自身又は第三者のために経済的利益を得る目的又は営業秘密の保有者に対し損害を与える目的で、不当に営業秘密を開示し、無権限に秘密情報を取得、使用、流用等行った場合、犯罪となり得え、利害関係者がIMPIに対し申し立てることにより起訴されます。犯罪が確定した場合は、2年から6年の懲役、103,740ペソから31,122,000ペソの罰金(2023年の場合)が科される恐れがあります。
このほか、刑法211条に依れば、専門的・技術的サービスを提供する者や公務員によって営業秘密が開示された場合、1年から5年の懲役や罰金、該当する場合は、2カ月から1年の職務停止処分が科される恐れがあります。
民事的措置として損害賠償請求を行うことも可能です。先述の各事項のほか産業財産権保護法167条は、企業秘密を取得する目的で、その秘密を保有する他者の従業員又は元従業員、当該他者にサービスを提供する、又は過去に提供したことのあるコンサルタント等を雇用し又は業務を委託する者は、法的責任を負うと規定することから、情報漏洩を行った本人のほか、企業秘密を取得する目的で雇用等を行った者に対しても損害の賠償を請求できる可能性があります。
更に、雇用関係において、労働者による情報漏洩が生じた場合、連邦労働法(Ley Federal del Trabajo)に基づき、処遇を検討できます。労働者は、技術的秘密や営業上の秘密、製造に直接的又は間接的に関与する場合のその製品の秘密情報、その他業務の遂行上知り得る情報について、その開示が会社に損害を与える可能性がある場合、その情報を機密に保持する義務を負うため、労働者が企業秘密や守秘義務を負う情報について漏洩した場合には、使用者は責任を負うことなく、当該労働者を解雇することが可能となります。
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6.バングラデシュ
バングラデシュでは、営業秘密の保護を直接規定する法律や政策は制定されておらず、営業秘密侵害に対する苦情を管轄する政府機関も設立されていません。
しかし、営業秘密の法的保護は、いくつかの法律において、例えば、特許意匠法、契約法、競争法、刑法において規定されています。例えば、特許意匠法第49条によれば、意匠に関する情報の悪意の開示を防ぐことができます。ただし、当該規定はすべての営業秘密の場合に適用されるわけではなく対象は限定的です。また、契約法第73条では、機密保持契約を締結した場合、当事者は、契約上の義務違反に対する救済を求めることができます。
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7.フィリピン
- フィリピンにおける「営業秘密」の定義
まず、フィリピンにおいて、「営業秘密」を直接定義する法令は見当たらず、非公開情報の一部が、知的財産権に関する法令において、部分的な保護を受けるに留まっています。
他方で、法令において直接定義はされていないものの、フィリピンの最高裁判例には、「営業秘密」に対して保護を与える旨判示したと読めるものが存在します。同判決によれば、「営業秘密」とは、“plan or process, tool, mechanism or compound known only to its owner and those of his employees to whom it is necessary to confide it”であるとされています。これを日本語に訳すると「計画、工程、道具、メカニズム、又は化合物に関する情報であって、所有者又はその従業員のうち、当該情報を開示する必要のある者のみが知っているもの」となります(*筆者訳)が、日本法と比較すれば、やや抽象的な概念に留まっていると考えられます。
もっとも、「所有者又はその従業員のうち、当該情報を開示する必要のある者のみが知っているもの」という部分が示すとおり、当該情報が社内において秘密として扱われている、いわゆる「秘密管理性」の要件については、フィリピン法においても求められていると考えられます。
- 「営業秘密」が侵害された場合の救済措置と対応
次に、「営業秘密」が侵害された場合、どのような救済措置や対応方法が考えられるかについて言及します。
まず、契約上で「営業秘密」について言及がある場合は、同契約の文言に基づき、侵害行為を行なっている相手方に損害賠償請求を行うことが考えられます。加えて、⑴で述べた「営業秘密」の定義に該当するような場合は、知的財産に関する法令に基づき権利侵害を主張したうえで、差止請求の手続をとることも検討できます。
また、従業員が「営業秘密」を漏洩したケースに限定されますが、雇用契約関係がある場合は、従業員に対して情報漏洩行為を指摘し、懲戒処分や懲戒解雇を行うことも考えられます。
- 「営業秘密」の侵害に備えた予防的法務
最後に、「営業秘密」の侵害に備えて企業がとりうる予防的法務対応について述べます。
フィリピンにおいて「営業秘密」を適切に守るためには、情報のやり取り前にNDAを締結すること、取引に関する契約書に営業秘密侵害の場面を想定した条項が入っているか確認すること、従業員との雇用契約に営業秘密についての条項が入っているか確認すること等の対応が挙げられます。また、牽制的な位置付けにはなりますが、従業員の営業秘密漏洩行為は犯罪行為として規定されていますので、この旨を企業内で周知することも予防法務の観点から一定程度効果があるものと考えられます。
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8.ベトナム
- 概要
ベトナムの営業秘密については、2005 年に制定され、2009 年、2019 年、2022 年に改正された知的財産法に規定されています。知的財産法によれば、営業秘密とは、金融活動または知的投資活動から得られた情報のうち、未公表で、かつビジネスで利用可能なものをいうとされています(知的財産法第4条第23項) 。
営業秘密とみなされるためには、以下の3つの条件を満たす必要があります。
- 財政的、知的、研究的、創造的な投資活動の結果であること。
- 同業他社、公衆、一般消費者に開示されていないこと。
- ビジネスで使用することができ、所有者に経済的利益をもたらすこと。
- 営業秘密の所有者
営業秘密を合法的に取得し、その機密性を保持する組織または個人が営業秘密の所有者になることができます。企業の従業員が業務の一環として営業秘密を取得した場合には、企業と従業員との間で別段の合意がない限り、営業秘密は企業が所有することになります(知的財産法第121条第3項)。
- 営業秘密が保護されるための要件
営業秘密が法的に保護されるための要件は、次のとおりです(知的財産法第84条)。特許などと異なり登録制度はなく、要件を満たせば自動的に保護されることになります。
- 一般的な知識ではなく、容易に入手できないもの。
- 事業活動で使用される場合、その所有または使用しない者よりも、所有者に対して有利性をもたらす者であること。
- 所有者により秘密が保持され、開示されず、容易に入手できないよう必要な措置が講じられているもの。
なお、上記要件を満たすものであっても、以下に挙げるものは営業秘密として保護されません(知的財産法第85条)。
- 個人を識別するための秘密
- 国家管理の秘密
- 国防および安全保障上の秘密
- 業務に関係のないその他の機密情報
- 営業秘密の所有者の権利制限
営業秘密の所有者の権利は無制限ではありません。以下の場合には、営業秘密の所有者は権利行使することができません(知的財産法第125条3項)。
- 第三者が、不正に取得されたことを知らず、または知る理由がなく、取得した営業秘密を開示または使用する場合。
- 公衆を保護するために営業秘密を開示する場合。
- 非営利目的での秘密データを使用する場合。
- 独自に作成した営業秘密を開示または使用する場合。
- 合法的に販売された製品の分析または評価によって生じた営業秘密を開示または使用する場合。ただし、分析者または評価者と営業秘密の所有者または製品の販売者との間で別段の合意がある場合を除く。
9.インド
インドには、営業秘密の保護に関する法律はありません。したがって、営業秘密の漏洩について、刑事責任を定める特別の法令も存在しません。
営業秘密を保護するための手段として、秘密保持契約、雇用契約、研究開発契約等のそれぞれの契約において秘密保持条項を定めることが重要です。契約に規定された秘密保持条項に反して第三者に営業秘密を開示した場合は、契約法(Contract Act of 1872)に基づいて損害賠償請求をすることが可能です。裁判例では、営業秘密に該当するかどうかの判断において、当該情報が秘密であること(既に公知となっている等の事情がないこと)、情報の開示により損害が生じる又は競争相手が利益を得ること等の事情を考慮しています。
また、裁判例では、営業秘密の漏洩の差止めについても認められています。裁判所は、侵害の事実の有無、回復不能な損害、原告被告間の利益の比較衡量等の事情を考慮して差止を命じるかどうかを判断します。
なお、インド契約法においては、「ある者が合法的な職業、取引、又はあらゆる種類の事業を行うことを拘束されるあらゆる合意は、その限りにおいて無効である。」と規定しており、同法に基づき、原則、雇用契約期間中の競業避止義務は有効であるが雇用契約期間終了後の競業避止義務は原則として無効であると解釈されています。一方、雇用契約期間終了後に元従業員に顧客への連絡を禁ずる条項について適法であると判断した裁判例があることから、雇用契約期間終了後の秘密保持条項については合理的な範囲で認められると考えられます。
10.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)では、営業秘密を規定する法律がありませんでしたが、産業財産権の規制と保護に関する法(2021年法律第11号)の第6章において保護の対象となる秘密や不公正な事業行為が定義されることにより保護が図られることとなりました。同法は、2021年12月に施行したばかりであり、これまでと同様、営業秘密の保護のためには、秘密管理規定や秘密保持契約の整備が重要となります。
(1) 産業財産権の規制と保護に関する法(「産業財産法」)
(a) 秘密の定義と保持者の義務
産業財産法及びその規則で保護される対象とするUndisclosed Information(非開示情報)とは、①その情報が、全体として、その詳細な構成によって、またはその構成要素の組み立て方によって、その属する産業技術界において一般的に知られまたは共有されてはいないという秘匿性を有し、②その秘匿性ゆえに商業的価値がある情報で、かつ③その情報の法的保管者が講じる有効な保管手続にその秘匿性が依存しているもの、と定義されます(産業財産法第61条)。この要件を充足する非開示情報である限り、その秘匿性及びそれに関連する第三者からの侵害防止にかかる権利は存続します(第63条第4条)。
非開示情報の法的保管者には、①情報の安全確保および専門家以外に共有されない防止措置をとる義務があり、②自社内での情報の共有方法を統制し、情報共有を関連専門家に制限して、第三者への不法な漏洩を防止しなければならず、③十分かつ合理的な情報保護に努めたことの立証責任が課せられています(第63条第1~3項)。
(b) 不公正な事業行為(Action conflicting with fair business practices)
更に、産業財産法第64条は、次の行為を公正な事業に反する不正競争を含有する行為として挙げ、これらの行為の結果は、法的保管者から権限を付与されていない第三者による情報の漏洩、所持、使用を含め、非開示情報への侵害とみなします。
- 情報を得るための他社従業員への贈賄
- 任務上、情報を知る従業員に開示を働きかけること
- 秘密保持契約の当事者による対象秘密の開示
- 盗み、スパイ行為等の違法な手段を用いた保管場所からの情報の入手
- 詐欺的手法を用いた情報の取得
- 情報の秘匿性と前号までの行為により情報が取得されたことを知る第三者による情報の使用
ただし、㋐公的に利用可能な情報源からの情報の取得、㋑非開示情報を含有する市場で取引される製品の分析、試験等の独立した努力の結果としての情報の取得、㋒非開示情報の保有者に関する独立した調査による独立した調査、発案、発見、発展、改良または変更による情報の取得、㋓その情報の属する産業技術界で共有され、周知、取得可能な情報の所有または使用は、不公正な営業行為ではないと規定します(第65条)。
(c) 罰則
上記の法的保有者の権利を故意に侵害した者に対しては、禁固または10万UAEディルハム以上100万UAEディルハム以下の罰金若しくはこれらが併科されます(第69条)。
(2) その他の救済手段
上記の産業財産法第69条の罰則は、より厳しい他の法律の規定がある場合には、それを妨げないと規定しています。因みに、産業財産法で非開示情報の保護が規定されるまでに営業秘密の保護のために活用されていた規定には、主に以下のUAE連邦法の規定があります。
(a) 会社法(2015年法律第2号)
会社の秘密を利用または漏洩若しくは会社の事業に故意に損害を与えようとした会社の会長、取締役または従業員に対して、6月以下の禁固または5万UAEディルハム以上50万UAEディルハム以下の罰金若しくはその併科を課す罰則規定(第369条第2項)。
(b) 刑法(1987年法律第3号)
その職業や地位に基づいて託された秘密を、寄託者から開示または使用の権限を得ることなく、法律上の理由に基づかずに漏洩し、または自己または第三者のために使用した者につき、1年以上の禁固または2万UAEディルハム以上の罰金を課す規定(第379条)。
(c) 民法(1985年法律第5号)
民法の雇用関係の規定では、従業員の義務として、仕事の産業的商業的秘密を、雇用契約終了後も、合意または慣習により求められる限り、保護しなければならない(第905条第5項)としています。この義務違反に対して、雇用者は損害賠償請求を行うことが可能です。
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発行 TNY Group |
・東京・大阪(弁護士法人プログレ・TNY国際法律事務所(東京及び大阪)、永田国際特許事務所) URL: https://tny-lawfirm.com/index.html ・佐賀(TNY国際法律事務所) URL: http://www.tny-legal.com/ ・マレーシア(TNY Consulting (Malaysia) SDN.BHD.) URL: http://www.tny-malaysia.com/ ・ミャンマー(TNY Legal (Myanmar) Co., Ltd.) ・メキシコ(TNY LEGAL MEXICO S.A. DE C.V.) ・イスラエル(TNY Consulting (Israel) Co.,Ltd.) URL: http://www.tny-israel.com/ URL: http://estonia.tny-legal.com/ ・バングラデシュ(TNY Legal Bangladesh) URL: https://www.tny-bangladesh.com/ ・フィリピン(GVA TNY Consulting Philippines, Inc.) URL: https://www.tnygroup.biz/pg550.html ・ベトナム(KAGAYAKI TNY LEGAL (VIETNAM) CO., Ltd.) URL: https://www.kt-vietnam.com/ ・イギリス(TNY CONSULTING (UK) Ltd.) URL: https://www.tnygroup.biz/uk.html ・UAE(ドバイ)(Hussain Lootah & Associatesジャパンデスク設置) ・インド(TNY Services (India) Private Limited) URL: https://india.tny-legal.com/index.html Newsletterの記載内容は2023年7月26日現在のものです。情報の正確性については細心の注意を払っておりますが、詳細については各オフィスにお問合せください。 |
日本
日本の就労ビザには、様々な種類があります。就労ビザ取得に関しては、申請者の国籍や就労目的、滞在期間等によって手続きや要件が異なります。そのため、以下では日本の就労ビザのうち、代表的なものを取り上げ、その取得条件について述べます。
(1) ビザの種類
日本の就労ビザは大まかに分けると16種類あります。
a . 教授(大学教授など)
b . 芸術(音楽家や画家など)
c . 宗教(僧侶や宣教師など)
d . 報道(記者やカメラマンなど)
e . 経営・管理(会社社長や役員など)
f . 法律・会計業務(日本の資格を有する弁護士、公認会計士など)
g . 医療(医師、看護師など)
h . 研究(研究所の研究員など)
I . 教育(小・中・高の教員など)
j . 技術・人文知識・国際業務(技術者、外国語教師、通訳、デザイナーなど)
k . 企業内転勤(同一企業の日本支店に転勤する者など)
l . 介護(介護士など)
m . 興行(演奏家、俳優、歌手、ダンサー、スポーツ選手など)
n . 技能(調理師、パイロット、スポーツトレーナー、ソムリエなど)
o . 特定技能(特定産業分野に属する相当程度の知識または経験を必要とする技能/熟練した技能を要する産業に従事するもの)
p . 技能実習(海外の子会社等から受け入れる技能実習生、監理団体を通じて受け入れる技能実習生)
(外務省ホームページより引用:https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/chouki/index.html)
その他、就労目的での滞在については、高度専門職ビザがあり、学術、技術、経営分野において、高度かつ専門的な活動を行う者に対し、付与されます。同ビザは、申請者の経歴や仕事の内容、年収などをポイント制にして評価し、一定のポイントに達した場合にのみ付与されます。
上記a~pのうち、もっとも代表的なものは、技術・人文知識・国際業務ビザであり、日本で就労する多くの外国人が同ビザを取得しています。
(2) 技術・人文知識・国際業務ビザの取得方法
同ビザの取得要件については、実際に従事する業務によって、学歴・職歴要件が異なります。主に以下の要件が必要となってきます。
① 学歴・職歴要件
a. 技術職 : 従事する予定の業務に関連する専門分野を専攻して大学等を卒業していること、10年以上の実務経験があること、情報処理技術に関する試験の合格または資格を有していることのうち、いずれかの要件を満たしていること。
b. 人文知識 : 従事する予定の業務に関連する専門分野を専攻して大学等を卒業していること、10年以上の実務経験があることのうち、いずれかの要件を満たしていること。
c. 国際業務 : 大学等を卒業していること(選考や専門は問わない)、3年以上の実務経験があることのうち、いずれかの要件を満たしていること。
② 同業界で働く日本人と同等以上の報酬があること
③ 勤務先の経営が安定していること
④ その他要件(仕事内容や職場の環境、申請者の素行などが適当なものであるか)
日本の就労ビザについては様々な種類があり、その手続きや条件は様々です。日本の出入国管理局や日本の外交使節機関(大使館や領事館)に問い合わせすることが確実かと思われます。
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2.タイ
(1) タイのビザの概要
タイにおいては、労働者であるかどうかを問わず、外国人が職業的行為を行うためには、就労ビザが必要となります。
そのため、たとえ1日の滞在であっても、ビジネス、教師、スポーツ指導、芸術関連のパフォーマンスまたは興行、インターンシップ(教育機関のプログラム以外(有償))などの目的で入国するためには就労ビザが必要となります。就労ビザは入国日から90日間滞在が可能なシングルビザと、ビザ発行から1年間複数回の出入国が可能なマルチブルビザの2種類があります。通常マルチブルビザの方が取得要件は厳しいとされています。
(2) 就労ビザの取得要件(更新の要件)
タイでは学歴・職歴要件などは特にありませんが、最低給与については申請者の国籍ごとに定められています。申請者が日本人の場合、最低月額5万バーツ以上の給与が当該日本人に支払われている必要があります。
また、タイで就労ビザを取得後、入国管理局で更新するためには、使用者は原則として外国人1人に対してタイ人4人以上を雇用している必要があります(1:4ルール)。この点、2017年3月の日タイ経済連携協定において、日本人である企業内研修生やインターン生については1:4ルールの適用はなく、タイ人の雇用義務を負わないとして、ルールの緩和がなされました。ただし、この場合のビザ延長手続に関して、在タイ日本大使館等が発行したレターをビザ延長申請者が入国管理局に提出することなど所定の手続が必要です。
(3) 就労ビザが不要な場合
2015年にタイ労働省が発表した通達によれば、討論会や講演会、学術講義等への出席、企業視察や商談への出席、会社取締役会への出席等の行為などについては、「就労」行為に該当せず、就労ビザは不要であるとされています。
もっとも、行為者の立場やこれらの行為への関わり方によっては、「就労」行為に該当し就労ビザが要求される可能性があるため、注意が必要です。
3.マレーシア
就労を目的としてマレーシアに来る場合、たとえ短期間でも就労ビザの取得が必要です。就労ビザは、雇用パス、プロフェッショナル・パス、外国人労働者(ワーカー)に対するワークパーミットなどが主なものとして存在します。雇用パス取得後、帯同する家族は、滞在ビザ(ディペンデントパス)を申請し発給を受け、マレーシア滞在が可能になります。当該パスの有効期間は、駐在員の雇用パスの有効期間と一致します。
(1) 雇用パスを取得するための要件
マレーシアで就労する場合に一般的に取得するビザは雇用パス(Employment Pass)です。雇用パスは、通常マレーシアの使用者に雇用される管理職・専門職の外国人に発給されます。
外国人の雇用パスの発給に要する最低月額給与は以下のとおり定められています。
雇用パスを取得するための最低資本金は以下のとおりです。
(2) 雇用パスの申請手続き
オンラインでの申請が導入されており、雇用パス申請は新規、更新のいずれの場合においてもオンラインでの申請が必須です。まず、入国管理局の外国人サービス部門(ESD:Expatriate Service Division)にオンラインで会社を登録し、登録完了後、申請者の雇用パス申請をオンラインで行うことになります。
また、2023年1月より改正雇用法が施行されたことにより、駐在員を含む外国人労働者を雇用する場合には、労働局の事前の承認を得る必要があります。
(3) 雇用パス申請のための必要書類
一般的には以下の書類が必要になります。
- パスポート写真(ライトブルーの背景、サイズは3.5×5.0cmまたは99×142 pixel)
- パスポートのコピー(全ページ、少なくとも6ページの空白のページが必要、有効期限12か月以上)
- 最終学歴の英文卒業証明書
- 履歴書
- 雇用契約書(給与額及び雇用年数の記載が必要であり、申請するカテゴリーの所定の要件を満たす必要があります。)
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4.ミャンマー
(1) ビザの概要
日本人がミャンマーに入国する場合、たとえ観光目的であっても観光ビザが必要となります。
ミャンマーで就労する場合には、ビジネスビザが必要となります。通常のビジネスビザは70日間有効であり、当該ビザで入国後、ビジネスビザの延長やstay permitの申請手続きを行います。2022年9月に投資企業管理局(DICA)よりビジネスビザの延長要件が発表されており、内容は以下のとおりです。
(2) ビジネスビザの取得要件
a.外国人ビザの延長のための推薦状を申請する企業は登記期間が1年経過していなければならない。
b.会社法を順守していないことにより、「Suspended」及び「Struck-Off」となっている会社は、是正日から1年経過後でなければビザの延長のための推薦状申請が受理されない。
c.外国人ビザの延長のための推薦状の取得を希望する企業は、満期の90日から120日前に申請しなければならない。外国人のパスポートは少なくとも6か月間有効期間が残っていなければならない。
d.外国人ビザの延長のための推薦状の申請に当たり、会社は以下の書類を提出しなければならない。
e. 最新のCompany Extract
d. 現在の会社運営の証拠(ライセンス/許可/政府機関からの証拠、他の関連機関とのビジネス契約書(もしあれば))
e. 外国人に関する取締役会の宣言書
f. 会社のtax returnまたは監査報告書等
g. 関連する外国人の履歴書(2”×1.5”サイズの6か月以内に撮影された写真、学歴、職歴、外国の居住住所、国内の住所を含む)
h. 外国人労働者の職位及び義務に関する委任事項並びに職務概要
i. 雇用契約書及び学歴または資格証明書
j. 勤務期間中の所得税の支払いの証拠
k. 従業員数(外国人/ミャンマー人)
l. 家族構成の証拠
5.メキシコ
(1) 概要
就労(メキシコにおいて報酬を得ること)を目的としてメキシコに滞在する場合、たとえ短期間でも就労許可を伴う査証(ビザ)の取得が必要となります。180日以内のメキシコ滞在の場合は、報酬を得る場合の訪問者用査証、180日から4年の場合は、報酬を得る場合の一時居住者用査証となります。
(2) 報酬を得る場合の一時居住者用査証
メキシコでの就労を目的とする場合、180日超の滞在となることが多く、報酬を得る場合の一時居住者用査証を取得する場合が一般的です。その査証取得までの流れは次のとおりです。
- メキシコにおいて外国人を雇用する企業等の登録(Constancia de Inscripción de Empleador)
外国人を雇用する(外国人に対して報酬を支払う場合を含む)法人又は自然人は、税務上の住所を管轄する移民庁(Instituto Nacional de Migración:INM)に外国人を雇用する者として登録します。
- INMに対する就労許可を伴う査証の承認申請(Autorización de Visa por Oferta de Empleo)
外国人を雇用しようとするメキシコ人(法人・自然人)は、INMより当該外国人の雇用に際し、就労許可付査証申請の承認を受けなければなりません。
なお、INMは、この申請を受領した場合、当該雇用の信憑性や雇用主の存在、その他提出された情報を確認する目的で、当該雇用主に対して立入調査を実施することがあります。
- 承認の取得(NUTの発行)
ii)の申請が承認されるとNUTと呼ばれる手続管理番号が発行されます。
- 在外メキシコ大使館・領事館での面接・査証の発給
査証を申請する本人は、iii)のNUTを用いて、最寄りのメキシコ大使館又は領事館に予約を入れ、面接を受けなければなりません。面接時には、ii)において提出された査証申請者の情報が確認され、領事の判断により査証が発給されます。
なお、面接において、査証申請者の渡航理由に異常がみられる場合、提出資料が不正に入手されたもの、又は改ざんされたものである場合、査証申請者がメキシコに入国することに支障がある場合には、領事はINMに対し、ii)の承認を再検討するように要求し、INMは7営業日以内に承認の是非を判断することになります。
(3) 査証取得後の手続
報酬を得る場合の一時居住者用査証を取得した外国人は、メキシコ入国後30日以内に、INMに対し一時居住者カード(Tarjeta de Residente Temporal)を申請しなければなりません。
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6.バングラデシュ
バングラデシュでの就労ビザ(Eビザ)及び労働許可証(ワークパーミット)の概要について紹介します。なお、政府プロジェクトに従事する駐在員(Aビザ)は個別の規定に従います。経済特区又は輸出加工区の入居企業にて就労する駐在員は、一般的な手続きと同様ですが、担当省庁がそれぞれBEZA、BEPZAとなります。
(1) ビザの概要
バングラデシュでビジネスに従事する場合は、ビジネスビザ(Bビザ)、就労ビザ(Eビザ)、投資家ビザ(PIビザ)のいずれかを取得する必要があります。このうち、ビジネスビザは、現地での情報収集や会議への出席などの目的で、対価があるなしにかかわらず、就労は認められておりません。
(2) 労働許可証発行の要件
BIDAが労働許可証を発行する要件は以下の通りです。
- 就労先が適切な当局によって認可/登録されている産業/事業所であること
- 現地の専門家や技術者が不足している職種は優先される(バングラデシュ国内で人材募集を行ったが、適切な人材が確保できなかったことの証明が必要)
- 18歳以上であること
- 新規採用・雇用延長について当該企業の取締役会の決議があること
- 就労先の支店・駐在員事務所・現地法人が存在すること
- 外国人従業員数が従業員の総数に対して、次の割合を超えないこと(製造業の場合は5%、非製造業の場合は20%)
- 支店・駐在員事務所の場合、初期設立費用として5万ドルの振込及び現金化証明があること
- 労働許可証を付与する外国人の最低給与額が規定額を満たしていること
- 内務省からのセキュリティクリアランスが完了していること
(3) 就労ビザ及び労働許可証の申請手続き
一般的な手続きは、以下の通りです。
- バングラデシュに支店・ 駐在員事務所、現地法人を設立し、BIDAにEビザの推薦状発行を依頼する
- 日本のバングラデシュ大使館にて、Eビザを申請する
- バングラデシュにEビザで入国後、15日以内に労働許可証を申請する
- セキュリティクリアランスが開始される(セキュリティクリアランスには数ヶ月かかるため、完了前に労働許可証は発行されます)
- バングラデシュ国内にてEビザを更新する(セキュリティクリアランスの進捗状況で、当局により、更新されるEビザの有効期限が決められます)
(4) 注意事項
最近、Bビザでの滞在に関し、トラブルとなるケースが増えていますので、ビザの手続きを依頼しているエージェントに確認が必要です。また、必要書類、要件などは随時変わることがあり、在日バングラデシュ大使館や各行政庁の情報に留意する必要があります。一般的にビザ発行に時間がかかることが多く、特に、ラマダン中やイード前は更に時間を要しますので、余裕をもって手続きを行う必要があります。
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7.フィリピン
- フィリピンにおける就労ビザの概要
フィリピンで就労を希望する外国人は、「9(G)VISA」や「Pre-arranged Employment VISA」と呼ばれるビザ(以下「フィリピン就労ビザ」といいます。)を取得する必要があります。フィリピン就労ビザを取得すると、ビザ取得の際に申請した企業で働く間は、原則としていつでも出入国する権利が与えられます。 フィリピン就労ビザの最初の有効期間は、1年、2年または3年間となります。その後は雇用契約の期間に応じて、一度の更新で3年まで延長することができます。
- フィリピン就労ビザ取得の流れ
フィリピン就労ビザ取得のためには、大まかに分けて以下の3つのステップを経ることが必要です。
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- フィリピンで適法に設立している現地企業または現地に拠点をもつ企業において仕事を確保する。
- フィリピン労働雇用省(以下「DOLE」といいます。)から、フィリピン外国人雇用許可証(以下「AEP」といいます。)を取得する。
- 雇用する会社が、フィリピン就労ビザ取得のための必要書類を提出する
②で述べたAEPは、フィリピンで有給の雇用に従事しようとする外国人に必要な最も一般的な就労関係の証明になります。6ヶ月以内の短期就労を希望する場合は、入国管理局に特別就労許可を申請することができる場合があります。
- フィリピン就労ビザ取得に必要な提出書類
フィリピン就労ビザの取得に必要な提出書類は、以下のとおりです。
-
- 申請書提出
- AEP
- コミッショナー宛のジョイントレター
- 入国管理局からの証明書
- 委任状
- 従業員数についての証明書
- 保証書
- 申請者のパスポート
- 外国人の登録証明書
- 雇用契約書のコピー
- フィリピン就労ビザ取得にかかる時間
フィリピン就労ビザの取得には、2~3ヶ月かかると言われています。フィリピン就労ビザの承認を待っている間にフィリピンに入国を希望する外国人は、観光ビザを申請し承認前に入国することも可能です。また、一定の条件のもとではフィリピン就労ビザの申請中に暫定的な就労許可を申請することにより、直ちに就労を開始することができる場合があります。
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8.インド
外国人がインドで就労するためには雇用ビザ(Employment Visa)を取得する必要があります。その他の在留資格としては、インド到着時に空港で取得することも可能な観光ビザ(Tourist Visa)や拠点設立の準備等の目的で取得するビジネスビザ(Business Visa)等があります。以下では、雇用ビザの取得手続等について説明します。
(1) 雇用ビザ取得の要件
以下が雇用ビザ取得のための要件となります。
- 高度な技能や資格を有する専門家でありインド国内の会社等に雇用されている者であること
- ルーティーンワーク、一般的業務、秘書業務等の適任のインド人がいる業務ではないこと
- インド国内の会社で雇用される又はインド国内で実施されるプロジェクトに従事する外国企業に雇用されることを目的とした入国であること
- 一部の業種を除き、年間の給与が25,000米ドルを超えていること
- 納税義務等の全ての法律上の義務を遵守していること
- 出身国のインド大使館(領事館)又は2年以上居住する国のインド大使館(領事館)から雇用ビザが発給されること
- 会社の登記等の就労に関する書類は、徹底的に確認されビザの種類を判断される
- 使用者の名称はビザのシールに印字される
(2) 雇用ビザを申請できるその他の資格
上記(1)の要件を充足した上で、以下に該当する外国人も雇用ビザを申請することができます。
- 月給ではない固定の報酬をインド企業から得る契約に基づきコンサルタントとして入国する者
- ホテルやクラブ等で定期的にパフォーマンスを行うことを目的とした外国人アーティスト
- 国/州レベルのチーム又は著名なスポーツクラブでコーチとして雇用されることを目的として入国する者
- インドのクラブ/組織と特定の期間の契約がある外国人スポーツ選手
- 独立したコンサルタントとしてエンジニアリング、医療、会計、法律のサービスを提供するために入国する自営業の外国人
- 外国語講師/通訳
- 外国の専門シェフ
- 設備や機械等の設置のための契約で設備や機械の設置等のために入国した外国のエンジニアや技師
- 外国企業に手数料やロイヤルティを支払うインド企業にテクニカルサービス、ノウハウの移転等の提供を行うために委任された外国人
(3) 雇用ビザ申請のための必要書類
以下が雇用ビザ申請のための必要書類となります。
- 履歴書
- 日本の会社からの推薦状(無職の場合は自己推薦状)
- インドの雇用会社からのアポイントメントレター
- インドの雇用会社のプロフィール
- 雇用契約書
- インドでは得ることのできない技能を有することの証明書
- インドの雇用会社の登記証明書
- 申請者の住居(ホテル可)が確保されていることを示す書類
(4) 雇用ビザの申請手続
申請者は、オンラインシステム(Indianvisaonline.gov.in)を通じて申請書を作成し提出します。また、申請者は印刷した申請書と必要書類をインド大使館に提出する必要があります。申請が承認された後、申請者は大使館でビザを受領するか、大使館が申請者に郵送で送付します。就労ビザを得てインドに入国した後、14日以内に外国人地域登録局(FRRO)、外国人登録事務所(FRO)に登録する必要があります。
9.アラブ首長国連邦(ドバイ)
アラブ首長国連邦(UAE)では、労務を提供する場合、人的資源・自国民化省(Ministry of Human Resources and Emiratisation(「MoHRE」))から労働許可を取得しなければならず、入国後、各首長国の保健当局で健康診断を受け、連邦アイデンティティ・市民権庁(Federal Authority for Identity and Citizenship)から身分証明書(Emirates ID)を取得した後に、各首長国の居住外事総局(General Directorate of Residency and Foreigners Affairs(「GDRFA」))から居住ビザを取得する必要があります。
(1) 入国
UAEでの就労先が決まっている場合は、MoHREから発行された就業先のオファーレターに署名後、雇用者(UAE国民、有効な居住許可を有する外国人滞在者、民間又はフリーゾーンの企業等)を通じて就労入国許可(employment visa/entry permit)を取得し、入国から60日以内に、居住ビザと就労許可を取得しなければなりません。訪問ビザや観光ビザで入国した場合、就労は認められません。
就労先が未定の場合、身元保証人(sponsor)なしで求職者訪問ビザ(jobseeker visit visa)を取得することもできます。申請要件は、職歴(MoHREの規定する第1(議員、経営者、会社役員)、第2(科学、技術または人的分野の専門家)または第3(科学、技術または人的分野の技術者))もしくは学歴(教育省が承認した世界優良500大学を卒業後2年以内で、学士またはそれと同等以上)および経済的保証を有していることです。
(2) 就労許可
就労許可は、有効な営業許可を有する雇用者が、従業員の有効な旅券、写真、Emirate ID及び健康診断の結果、雇用契約書等を添えて、申請して取得することとなります。
(3) 居住ビザ
UAEで就労する者に対する居住ビザには、通常就労ビザ(standard work visa)、グリーンビザ(green visa for skilled worker)及び家事使用人ビザ(domestic worker visa)の3種類があります。
通常就労ビザは、通常2年有効で、雇用者を通じて、民間業者で雇用される者については民間企業就労者用居住ビザを、政府またはフリーゾーンで雇用される者についてはフリーゾーン内個人居住ビザを該当首長国のGDRFAに申請することで取得できます。
グリーンビザは、自営業者または技能労働者が申請でき、雇用者または身元保証人なしで、5年間の居住が認められます。自営業者・フリーランサーについては、MoHREからの自営許可、学歴証明(学士または専門的免状)、収入証明(過去2年間の自営収入が36万UAEディルハム以上またはUAE滞在期間中の経済的自立)を有すること、技能就労者については、MoHREの規定する第1、第2または第3の職種に属し、学歴証明(学士またはそれと同等以上)、有効な雇用契約と給与証明(月15,000UAEディルハム以上)を有することが要件とされています。
この他、投資家、起業家、専門家等の一定の基準を満たす外国人は、身元保証人なしで5年または10年有効なゴールデンビザ(golden visa)を取得することができます。申請には、投資家の場合は200万UAEディルハム以上の資本証明等、専門家の場合は医師、AI等特定分野の科学者、発明家等で管轄官庁からの承認等が要件とされています。
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