マレーシア法務関連情報

【マレーシア 労働法】
雇用関連の法規制①

1.主要な雇用関連法
 マレーシアにおいて雇用関連の法律は多数存在しておりますが、その中で重要な法律としては、雇用法(Employment Act 1955)及び労使関係法(Industrial Relationship Act 1967)が挙げられます。
 
 雇用法は、雇用契約の条件、および使用者と労働者の法律関係を規律する法律であり、残業や休暇、懲戒についての規制が含まれています。雇用法の規定を下回る労働条件は無効となり、雇用法で規定する条件が適用されることになります。
 雇用法の特徴としては、日本の労働基準法と異なり一部の労働者にのみ適用されるということが挙げられます。すなわち、雇用法は、賃金が一定額以下の労働者(月額RM2,000以下の労働者)及び肉体労働者に対してのみ適用されます。雇用法が適用されない労働者に関しては、原則として雇用契約で定めた労働条件が適用されることとなります。
 また、東マレーシアでは、雇用法の代わりに、サバ州労働条例(Sabah Labour Ordinance 1950)、サラワク州労働条例(Sarawak Labour Ordinance 1952)が適用されます。 
 
労使関係法は、労使協調の促進及維持を図るための法律であり、使用者、労働者及び労働組合の関係を規律しています。
 解雇に関しては、労使関係法において、正当な理由のない解雇に対しては労使関係局に申立を行うことができる旨の規定が存在するため、雇用法の適用対象者のみならず、全ての雇用関係において解雇には正当理由が必要となります。
 
2.自国民の雇用保護
 マレーシアでは、自国民の雇用義務を規定する明文の法律はありませんが、以下のような自国民の雇用保護に関する規制が存在します。
 まず、雇用法において、外国人の雇用のためにマレーシア人を解雇してはならないと規定されている他、整理解雇を行う際には、マレーシア人の前に先に外国人を解雇しなければならないとされています。
 また、外国人の非熟練労働者を採用するにあたり、人的資源省労働局及びジョブズマレーシアに求人登録を行い、マレーシア人労働者が得られなかった場合に外国人労働者の雇用許可を取得することができます。
 
3.雇用契約
 雇用法は、1月を超える期間を特定した雇用契約及び特定の作業に従事する雇用契約で1月を超える(可能性のあるものも含む)ものについては、雇用契約書の作成を義務付けておりますが、上記以外の雇用契約に関しては契約書の作成は義務ではありません。また、雇用契約書の官公庁への提出義務等も課されておりません。
但し、雇用規則(Employment Regulations 1957)により、使用者は労働者に対し一定の事項(労働者の名前及び身分証明書番号、業務内容及び役職、賃金、手当の内容及び額等)を通知した上で、情報を保管しなければならないとされています。
 
もっとも、法律上雇用契約書の作成義務を負わない場合においても、後日の紛争を避けるために、実務上雇用契約書を作成しておくのが望ましいと考えられます。
 
4.就業規則
 マレーシアでは、法律上の就業規則作成義務はなく、作成は任意となっております。もっとも、工場など多数の労働者を雇用する会社等、多くの会社において、労使関係の安定を目指すため就業規則が作成されています。
 作成された就業規則は、法的には雇用契約の一部として扱われます。したがって、就業規則の内容について労働者が合意していると言えることが必要となりますので、雇用条件に就業規則が適用される旨記載すること、就業規則を周知させることが必要となります。
 
5.試用期間
 マレーシアでは、試用期間に関する法律上の定めは存在しませんが、雇用開始日から3か月間又は6か月間を試用期間と規定するのが実務上一般的な扱いとなっております。
 但し、試用期間中の労働者も正社員と同様の権利を有するとされており、試用期間終了後に本採用をしない場合には解雇として扱われ、正当な理由が必要となります。
 
6.まとめ
 マレーシアにおいて労使間のトラブルは比較的多く、また法的紛争となると長期化する恐れもあるため、就業規則の整備や雇用契約書の作成等、労働条件の整備は必要不可欠と言えます。
 

雇用関連の法規制②

1.賃金
 雇用法(Employment Act 1955)(月額賃金RM2,000以下の労働者や肉体労働者等に適用される)は、賃⾦期間(賃金の支払いの対象となる期間)は1カ⽉を超えてはならないと規定し、また、賃金は賃金期間の最終日から7日以内に支払わなければならないとしているため(時間外手当・休日手当・祝日手当については翌賃金期間の最終日まで。)、毎月最低1回は賃金が支払われることになります。
 他方、家の購入費用に充てる場合等の一定の場合を除き、1カ月分の賃金額を超える額の前払いを行なってはならないとされており、賃金を先に支払う場合にも注意が必要となります。
 
2.最低賃金
 2018年11月に最低賃⾦命令(Minimum Wages Order)が改定され、2019年1月1日より最低賃金が全国一律で月額RM1,100 (時間あたりRM5.29)に引き上げられました。
 最低賃金制度に違反した使用者に対しては、初犯の場合は労働者1人あたりRM10,000以下の罰金が科され、再犯の場合にはRM20,000以下の罰金または5年以下の懲役刑が科されることとなります。
 
3.労働時間
(1)雇用法は、原則として、1日の労働時間の上限を8時間まで、1週間の労働時間の上限を48時間までと定めています。8時間未満の労働時間の日が生じる場合には雇用契約において同じ週の他の日について8時間以上の労働時間を設定することができるとされていますが、この場合でも1日9時間を超える労働時間を設定することはできません。なお、シフト制の場合には例外規定が設けられています。
 また、雇用法は、上記労働時間数に関する規定に加え、休憩時間に関し、30分以上の休憩時間を挟むことなく5時間以上の勤務をさせてはならないと規定する他、全体の拘束時間に関し、休憩時間を含めた1日の拘束時間が10時間を超えてはらないと規定しています。
(2)労働局長の許可を得ている場合や機械・設備のために緊急に行わなければならない業務がある等の場合には、使用者は上記(1)記載の労働時間の制限を超えて時間外労働を命じることができますが、その場合であっても1カ月あたりの時間外労働の上限は104時間となります。
(3)同法が適用される労働者が「所定労働時間」(雇用契約で定めた労働時間又は8時間のうち短い時間)を超えて労働をした場合、時間外労働手当(時間給にその50%以上を上乗せした額)を支給しなければなりません。
時間外労働手当の計算にあたっては、拘束時間が10時間を超えた場合にはその後の拘束時間が休憩時間を含めすべて時間外労働時間とみなされてしまうことに注意が必要です。
 
4.休日・祝日
(1)雇用法によれば、使用者は労働者に週に1日の休日を与えなければなりません。
 使用者は原則として休日における勤務を労働者に強いることはできないとされていますが、一定の場合には例外が認められます。
 もっとも、使用者が労働者を休日に労働させた場合には、休日割増手当を支払わなければなりません。具体的には、月給制により雇用されている労働者の場合、休日における労働時間が「所定労働時間」の半分以下であれば賃金の半日分、労働時間が「所定労働時間」の半分を超えて1日以下の場合、通常の賃金の1日分、労働時間が「所定労働時間」を上回る場合には通常の時間給の2倍以上の時給額で計算された金額を支払う必要があります。
(2)労働者は、雇用法に基づき、①公示された祝日のうち11日、及び②祝日法(Holidays Act 1951)に基づいて指定される祝日について、有給休暇を取得する権利を有します。①については、国家記念日・国王誕生日・州首長の誕生日(または連邦直轄市デー)・労働者の日・マレーシアデーの5日間が必ず含まれます。残りの6日については一次的には雇用者が指定しますが、雇用者と労働者の合意により他の日に置き換えることができます。また、②についても、使用者は指定された祝日に代えて、別の日を休みとすることができます。
 使用者は労働者に対して祝日における勤務を求めることができますが、その場合には、有給休暇としての1日分の賃金の支払いに加え(実際の就業時間が「所定労働時間」下回る場合も含む)通常の賃金額の2日分を支払わなければなりません。また、その日の勤務時間が「所定労働時間」を超える場合、使用者は通常の時給額の3倍以上の時給額で計算した金額を支払わなければなりません。
 
5.年次有給休暇
 雇用法は年次有給休暇についても定めており、勤続年数が2年未満の場合は年8日、2年以上5年未満の場合は年12日、5年以上は年16日が与えられます。また、労働者は有給取得権を与えられた年もしくはそれに続く1年の間に有給休暇を取得しなければならず、当該期間内に有給休暇を取得しなかったときはその権利を喪失します。もっとも、労働者が会社の要請により有給休暇の取得権の全部または一部を行使しない旨を書面により同意した場合は、有給休暇に代わる手当の支払いを受けることができます。
 不正行為を理由とする解雇による場合を除き、雇用契約がいずれかの当事者からの申入れによって終了されたときは、使用者には労働者に対し未取得の有給休暇の日数に対応する賃金相当額を支払う義務が生じます。
 
6.病気休暇
 雇用法は、病気休暇についても定めています。病気休暇は医師による診断を条件に付与されるもので、その日数は勤続年数が2 年未満の場合には年14日、2 年以上5 年未満の場合は年18日、5 年以上の場合は年22日まで取得が認められます。入院が必要な場合には、年60日まで取得が認められます。
 病気休暇は医師による診断を受けていることを条件とするものであるため、そもそも医師による診断を受けていない場合には無断欠勤とみなされます。診断を受けていたとしても休暇の開始から48時間以内に使用者に連絡をせずかつ連絡をしようとしなかった場合も同様に扱われます。
 

雇用関連の法規制③

第1 女性労働者
1.就労の制限
(1)深夜労働の禁止
雇用法(Employment Act 1955)(原則として、月額賃金RM2,000以下の労働者や肉体労働者等に適用される)は、雇用主は産業及び農業に従事する女性労働者を午後10時から午前5時までの間に勤務させてはならないとしています。また、連続する11時間以上の自由時間をあけずに勤務をさせてはならないと規定しています。
もっとも、雇用法は、労働局長は個別のケースにおいて、個々の女性労働者又は一定の類型の女性労働者を規制から除外することができるとしており、人的資源省のHPでは以下の条件を全て満たす場合には除外が認められうるとされています。
・勤務の間に11時間以上の間隔があること
・毎週30時間以上の休憩があること
・勤務シフトが固定されていないこと
・夜勤手当が支払われていること
・無料の交通手段が提供されていること
(2)禁止される労働
雇用法は、女性労働者は地下労働(天然洞窟・縦坑・横坑での地下物質の採掘作業) に従事できないとしています。
(3)人的資源大臣の許可
雇用法は、(1)(2)のいずれの規制についても、人的資源大臣は命令により例外的な禁止又は許可を定めることができるとしています。
例外の1つ目として、公共交通機関の乗務員があり、一定の条件を満たせば午後10時から午前1時までの間に女性労働者を勤務させることができます。もう1つの例外はシフト制勤務で、12回以上の交代がある人的資源大臣の許可を得た産業において勤務させる場合、女性労働者を午後10時から午前5時までの間にかかるシフトで勤務させることができます。もっとも、これらの場合でも連続する11時間以上の自由時間をあけずに勤務をさせてはならないという点は変わりません。
 
2.妊産婦の保護
(1)出産休暇
雇用法は、女性労働者に対して、60日間の連続した出産休暇を取得する権利を付与しています。この出産休暇は原則として出産の30日よりも前から取り始めることはできず、出産後から取り始めることもできません。
(2)出産手当
また雇用法は、
  ①出産の直前9カ月の間に合計90日以上その雇用主に雇用されており、かつ、
  ②出産の直前4カ月のいずれかの時点でその雇用主に雇用されていたこと
を条件として、女性労働者はその雇用主から出産手当を受給する権利を付与されるとものとしています。出産手当の額は、1日の通常の賃金額又は人的資源大臣が定める計算方法で計算した額のうち有利な方の金額とされています。
  ただし、その出産の時点で既に5人以上の生存する子どもを有する女性労働者は、出産手当を受給する権利を有しません。
  また、女性労働者は出産予定日の直前60日の間にその雇用主に出産予定日及び出産休暇を開始しようとする日を通知しなければならず、通知を行わないままそのような休暇を開始したときは、雇用主は通知がなされるまで女性労働者に対する出産手当の支払いを留保することができます。
また、退職を控えた女性労働者であって、その退職の日から4カ月以内に出産することを知っているか、そう信じる理由がある者は、退職の前にその雇用主に対して妊娠を通知しなければならず、これを行なわなかったときは、女性労働者はその雇用主から出産手当を受給する権利を与えられないものとされています。もっとも、通知を行わなかったことに合理的な理由がある場合等にはこの限りではありません。
(3)解雇規制
  雇用主は、女性労働者が出産休暇を取得する権利を有する期間中にその女性労働者の雇用契約を終了することはできません(廃業を理由とする終了の場合を除く。)。また、女性労働者が妊娠・出産に起因する疾病により業務に適さない旨の登録医療従事者の診断を得て期間満了後も引き続き欠勤をするときは、期間満了後の欠勤が90日間を超えるまでは、その雇用主は当該女性労働者を解雇し、又は解雇の予告を行なうことができないとされています。
(4)適用範囲
上記(1)乃至(3)で述べた妊産婦に関する規制は、所得に関係なく雇用契約に基づいて勤務する全ての女性労働者に適用されます。
 
第2 セクシャル・ハラスメント
1.定義
 雇用法は、「セクシャル・ハラスメント」を、「言葉的か否か、視覚的か否か、身振り又は物理的接触のいずれかを問わず、勤務の過程にある 人物に向けられた、攻撃的又は屈辱的若しくはその人物の幸福を脅かす、その人物の望まない性的なふるまいをいう。」と定義しています。
 
2.雇用主の義務等
セクシャル・ハラスメントの申立てがあった場合、雇用主又はこれに準ずる者は、大臣が定める方法によって当該申し立てについて調査しなければなりません。
調査の結果、セクシャル・ハラスメントの存在が証明されたと考えるときは、雇用主は①セクシャル・ハラスメントを行なった者が労働者であるときはⅰ予告期間を設けない解雇、ⅱ降格又はⅲⅰⅱよりも軽い処分(無給の自宅待機処分の場合にはその期間は2週間を超えてはなりません。)のいずれかの懲戒処分を、②セクシャル・ハラスメントを行なった者が労働者以外の者である場合にはその人物が所属する適切な懲戒主体に処分を委ねるものとされています。
 
3.被害者への救済
雇用主が調査を拒否した場合、申立を行なった者は労働局長に対して申立をすることができます。労働局長に対して申立がなされた場合、労働局長は雇用主に対し調査を命じることができます。また、セクシャル・ハラスメントを行なった者が個人事業主たる雇用主であった場合、労働局長は人的資源大臣が定める方法により自ら調査を行います。
  また、連邦裁判所は2016年にセクシャル・ハラスメントを理由とする損害賠償請求を肯定しているため、被害を受けた労働者は加害者に対し直接損害賠償を求める訴訟を起こすことにより救済を受けられる可能性があります。
 
4.適用範囲
 上記2及び3で述べたセクシャル・ハラスメントに関する雇用法上の規制は、所得に関係なく雇用契約に基づいて勤務する全ての労働者に適用されます。
 

雇用関連の法規制④

1 はじめに
解雇には、大きく分けて①普通解雇、②懲戒解雇、③整理解雇の3つの類型があります。雇用法(Employment Act 1955)(原則として、月額賃金RM2,000以下の労働者や肉体労働者等に適用される)が適用されるかどうかに関わりなく、いずれの類型においても、解雇が有効となるためには正当事由が必要となります。
また、正当事由の証明責任は使用者側にあるとされているため、解雇にあたっては解雇の根拠となる事実及び解雇に至るまでの手続について記録を残しておくことが大切です。
 
2 解雇の類型について
1 普通解雇
(1) 性質
労働者が雇用契約に基づく労務の提供をしない(又は、できない)場合に雇用契約を解消するものです。懲戒解雇・整理解雇以外の解雇と表現することもあります。
(2) 手続
雇用契約で定める予告期間に従って、事前通知の形で解雇を通知します。雇用法が適用される労働者については、契約において予告期間の定めがない場合や、事業の廃止等の一定の事由がある場合、雇用法が定める予告期間を下回ることができません(勤続2年未満の場合4週間、勤続2年以上5年未満の場合6週間、勤続5年以上の場合8週間)。ただし、対応する期間の賃金の支払いをすることで、予告期間を短縮することはできます。
また、雇用法が適用される労働者については、法定の解雇手当を支払う必要があります(勤続1年以上2年未満の場合1年につき10日分、勤続2年以上5年未満の場合1年につき15日分、勤続5年以上の場合1年につき20日分)。
(3) 解雇理由の例
ア 能力不足
能力不足を解雇の正当事由とするためには、通常、使用者が労働者に対し改善の機会を与えたことが必要になります。
  具体的には、①警告書(労働者の業務の不良、改善が認められない場合には解雇されること、改善のための必要期間等)の発行、②改善のための期間の付与(場合により指導)を経た上で、③それでもなお業務が改善されないといった過程が必要となります。①②を何回程度繰り返さなければならないかは、事案により異なります。
イ 長期間の就労不能
労働者が私生活上の怪我や病気により長期間就労できなくなった場合、使用者は解雇により雇用契約を終了させることが考えられます。
  もっとも、労働者の怪我の状態を十分把握せずに就労不能と判断し解雇を通告した結果、解雇に正当事由がないと判断されてしまった裁判例もあるため、本当に就労ができないかどうかは慎重に検討をする必要があります。
 
2 懲戒解雇
(1) 性質
懲戒解雇は、懲戒処分(多義的な言葉ですが、通常は企業秩序を乱した労働者への制裁としての不利益処分を意味します)1つとして行われる解雇です。
(2) 手続
雇用法14条は、不正行為があった場合には適正な調査を行ったうえで労働者を予告なく解雇することができるとしています(解雇予告手当の支払いも不要としています)。実務上は、雇用法の適用の有無に拘らず不正行為があった(と使用者が考える)場合には、不正行為の有無を調査のうえ、当該労働者に問題となっている不正行為を通知するとともに理由呈示命令書による弁明の機会を付与し、社内審問手続(Domestic Inquiry)を経た上で解雇をするという流れが一般的です。
雇用法は、懲戒処分の決定まで2週間を限度として停職処分を行うことも可能であるとしていますが、当該期間について賃金の半額以上を支払わなければならないとしています。雇用法の適用がない労働者については、雇用契約において特段の定めを置いていない限り、停職期間中も賃金の全額につき支払義務が存続するものと考えらます。
(3) 解雇理由の例
不正行為には、窃盗・詐欺等の犯罪行為のほか、職務命令違反、常習的な遅刻・欠席、セクシャルハラスメント等が含まれます。軽度の不正行為の場合には、解雇に至るまでに使用者が反復・継続的に対応をしたにも拘らず改善がなされなかったことが必要となります。
懲戒解雇を正当化できるだけの重さの不正行為があったとしても、適切な時期に警告等を行わなかったこと等を理由として不正行為に対する使用者からの宥恕があったと認定し、その不正行為を解雇の正当事由と認めなかった裁判例や社内調査手続が適切に行われなかったことを理由として解雇を無効とした裁判例もあるため、不正行為に対する対応は適切な時期に適切な手続に沿って行われなければなりません。
 
3 整理解雇
(1) 性質
人員が余剰であることを理由として行われる解雇です。
(2) 手続
整理解雇については、労使協調行為規則(The Code of Conduct for Industrial Harmony 1975)というガイドラインが用意されており、実務上はこの規則に沿って手続を進める必要があります。
同規則は、労働者の余剰が生じた場合、使用者は労働者の代表者及び政府と協議のうえ、解雇を回避するための措置(新規雇用の停止、残業・休日出勤の制限、配置転換等)をとる必要があるとしています。また、そのような解雇回避措置をとったにもかかわらず解雇が必要になった場合には、解雇の30日以上前に労働局に届出をしなければならないものとされています。
同規則は整理解雇の対象となる従業員を選択する際には合理的な基準に基づかなければならないと規定し、事業運営上の必要性及び個々の労働者の能力のほか、労働者の身分(マレーシア人か否かや雇用形態)、年齢、家族構成等を考慮要素として掲げています。
この合理的な基準には、外国人から解雇の対象にすべきという「Foreign Workers First Outの原則」のほか、直近に雇用された者から順に解雇の対象とすべきという「Last In First Out 原則」等が含まれるものと考えられています 。
 
3 みなし解雇(Constructive Dismissal
みなし解雇とは、使用者が雇用契約に反して行った労働条件の変更等を受けて労働者がやむを得ず自ら退職することになった場合に、その労働条件の変更から退職までの流れが実質的には解雇にほかならないとして、解雇の問題として裁判所に申立をするという制度です。これはイギリスの判例法上認められていた制度で、マレーシアの最高裁判所もこの制度を承認しています。
具体的には、①使用者による雇用契約違反があること、②その違反が労働者の退職を正当化するだけの重要性を有すること、③労働者がその違反を理由として退職をしていること、④労働者の退職が時機に遅れたものではないことが必要とされています。
 
4 解雇の有効性を争う手続
1 手続の概略
雇用法が適用されるかどうかに関わりなく、労働者は解雇に正当な事由がないことを理由として、解雇から60日以内に労使関係局長に復職を求める旨の申立てをすることができます。
申立後、労使関係局の下であっせん手続が実施され話し合いを中心とした解決が試みられますが、あっせんによる解決の見込みがないと判断された場合には、労使関係局長は人的資源省大臣に報告をし、報告を受けた人的資源省大臣はその事件を労使関係裁判所(「Industrial Court」)に付託します。
 
2 解雇の無効が認められた場合
労使関係裁判所での審理を経て解雇が無効と判断された場合、判決により、①解雇から判決までの賃金(24か月分が上限とされています)及び②ⅰ復職又は復職に代わる補償金の支払いが命じられます(かは裁判所が事案に応じて選択します。)。
復職に代わる補償金は「勤続年数×1か月分の賃金額」が相場とされていますが、従業員側の帰責性等を考慮して減額される場合もあります。
 
 

雇用関連の法規制⑤

1 労働者からの雇用契約終了の通知
 使用者から雇用契約を終了させる場合(解雇)と異なり、労働者は特段の理由なく雇用契約を終了させることができます。
もっとも、労働者側から雇用契約を終了させる場合であっても、事前通知期間を遵守する必要はあります。この事前通知期間は契約において定められます。但し、雇用法(Employment Act 1955)の適用対象となる労働者(原則として、月額賃金RM2,000以下の労働者や肉体労働者等に適用されます)との雇用契約においては、使用者側からの事前通知期間と労働者側からの事前通知期間は同じでなければならず、また、雇用契約において事前通知期間の定めがない場合には事前通知期間は雇用法が定める期間を下回ることができません(勤続2年未満の場合4週間、勤続2年以上5年未満の場合6週間、勤続5年以上の場合8週間)。
 
第2 フラストレーションによる雇用契約の終了Frustration of Contract
 特殊な場合ですが、フラストレーションと呼ばれる事由により雇用契約が終了することがあります。これは、労働者がコントロールできない事情により労働者による労務の提供ができなくなった場合(具体的には労働者が病気や障害により労務を提供できなくなった場合や、業務に必要なライセンスが取り消された場合)に契約を終了させるものです。
労務の提供ができなくなったか否かは、生じた事由の性質のほか、欠勤の期間、労働者が置かれている環境、その労働者が担当していた業務の規模・性質・緊急性等を考慮して実質的に判断されます。
 もっとも、通常、使用者から労働者に対する通知により労働契約が終了すること、雇用契約を終了させることができるだけの正当な理由がないと労働者が考えた場合には、労使関係裁判所に申立をすることができることから、その実質は解雇の一類型といえます。
 
第3 契約期間の満了(有期雇用契約)

  1. 1. マレーシアにおける有期雇用契約の有効性

マレーシアにおいても、雇用契約に期間の定めを設けることができます。有期雇用労働者も、無期雇用の場合と同様、雇用法の適用対象となる場合には、同法の保護を受けることになります。
 

  1. 2. 雇用期間に関する規制

雇用法は雇用期間の上限・下限についての定めを置いておらず、業務の必要性に応じて雇用期間を設定することができます。
もっとも、雇用期間の満了を理由とする雇用契約の終了を主張するためには、その契約が実質的にみても有期雇用契約であること(”genuine fixed term contract”)が必要とされています。
有期雇用契約としての実質を欠く場合、その契約は無期雇用契約と同視され、雇用期間満了(更新拒絶)の通知は解雇として扱われることになります。裁判例を見ると、有期雇用契約としての実質を有するか否かの判断に際しては、雇用期間の定めが明確に定められていたか、契約の更新が専ら使用者の裁量に委ねられていることが明確にされていたかといった点が考慮されていますが、雇用期間を定める実質的な必要性(担当する業務が季節的なものであること、特定のプロジェクトを担当させることを目的としていること、労働者の年齢等)を重視する裁判例もあります。
有期雇用契約が無期雇用化するリスクについては、下記「第4 定年退職」「3.有期雇用契約と定年の関係」もご参照ください。
 
第4 定年退職
. 最低退職年齢法
最低退職年齢法(Minumum Retirement Act 2012)は、労働者の最低退職年齢を60歳と定めています。
同法は、最低退職年齢よりも前に労働者を退職させることはできないとしています。また、雇用契約又は労働協約において最低退職年齢を下回る年齢が定められていた場合、その定めは無効となり同法が定める最低退職年齢に置き換えられることになります。
 
. 適用除外
同法は、以下の労働者には適用されないものとされています。
・連邦政府、州政府、法定機関、地方機関によって雇用され給与を支払われている者
・試用期間中の者
・見習契約に基づき雇用される者
・マレーシアの国籍を有しない者
・家事労働者
・パートタイム労働者(その雇用契約においてフルタイム労働者の通常の労働時間の70%以下の労働時間が定められている者)
・臨時雇用契約に基づき雇用される学生(就学休暇中の者及び定時制で就学する者を除く)
・(更新を含め)24か月以下の期間の有期雇用契約に基づき雇用される者
・(更新を含め)24か月を超え60か月以下の期間の有期雇用契約に基づき雇用され、月給がRM2万以上の者
・最低退職年齢法の施行日(201371日)よりも前に55歳以上の年齢で退職し、その後引き続き再雇用された者
 
また、最低退職年齢法は、任意退職制度による退職や年齢以外の理由による雇用契約の終了は同法にいう「退職」に含まれないとしています。
 

  1. 有期雇用契約と定年の関係

「2.適用除外」(2)で述べたとおり、最低退職年齢法は、年齢以外の理由による雇用契約の終了は同法の規制対象となる「退職」に含まれないとしています。
しかし、裁判例の中には、適用除外の対象とならない有期雇用労働者には同法が適用されることを根拠に、そのような有期雇用労働者は契約上の雇用期間を超えて60歳まで就労をする権利があると判示したともとれるものがあります。この裁判例の考え方が及ぶ範囲やこの考え方が他の裁判でも採用されるかは定かではありませんが、このような裁判例があることには注意を払う必要があります。

社会保障制度①

第1 EPFの目的
EPFは労働者の老後の生活資金の確保等を目的とした強制貯蓄制度です。同制度は、従業員積立基金法(Employees Provident Fund Act 1991)に基づき運用されています。
 
第2 加入対象者
従業員積立基金法は、全ての「使用者」及び「労働者」は、労働者の月々の賃金額に応じた拠出金を納付しなければならない旨を定めています。
 
「使用者」とは、労働者と雇用契約又は徒弟契約(Contract of Apprenticeship)を結んだ者をいい、以下の者を含むものとされています。

  • ① 労働者への賃金の支払につき責任を負う者、代行業者、マネージャ-
  • ② 団体(設立の有無、法律上の根拠の有無を問わない)
  • ③ 政府、政府の部署、法定機関、地方政府等又はそれらの場所において労働者たる部下を有する役員

 
一方、「労働者」とは、雇用主の下で就労するために雇用契約又は徒弟契約に基づき雇用された者をいいます。期間の定めの有無や勤務時間は問われませんが、以下の類型に該当する者は労働者から除外されています(除外要件の詳細については従業員積立基金法別表3をご確認ください)。

  • ① 遊牧民の原住民
  • ② 家事労働者(加入を選択した場合を除く)
  • ③ 労働者補償法(Workmen’s Compensation Act 1952)3条に定義されるOutworker
  • ④ 刑務所、拘禁所、精神病院、リハビリテーションセンター又はらい病施設に拘禁されている者
  • ⑤ 外国人労働者(加入を選択した場合を除く)
  • ⑥ 75歳以上の者

 
上記のとおり、外国人労働者及び家事労働者は、EPFへの加入対象者から除外されていますが、任意でEPFへ加入することが可能です。
 
第3 拠出金の納付
使用者は、労働者の賃金から労働者の拠出金の負担分を徴収し、自らの負担分と併せ、毎月15日までに納付しなければなりません。使用者は、拠出金の使用者負担部分を労働者の賃金から徴収することはできません。
拠出金の労働者負担分は、賃金の支払時にのみ賃金からの徴収をすることができます。過去の負担分については、本来徴収が行われる日から6か月以内であれば賃金から徴収をすることができます(徴収がされていなかったことが使用者の過失に起因する場合を除きます)。
拠出金の納付の懈怠は罰金や懲役刑の対象となるだけでなく、マレーシアからの出国制限の理由ともなりえます。
外国人労働者の場合、ワークパーミットの有効期限(延長後の有効期限を含みます)の2か月前から保険料の支払いを止めることができます。
 
第4 拠出金の算定
1 賃金
拠出金の額は、労働者の賃金額に基づいて決定されます。ここにいう賃金には、基本給だけでなく、雇用契約ないし徒弟契約に基づき支払われるものである限り、賞与、報酬又は手当等も含まれます。しかしながら、以下のものは賃金に含まれません。

  • ① チップ
  • ② 時間外割増賃金
  • ③ 退職時に使用者が自主的に支払う恩賞
  • ④ 雇用契約に基づき支払われる退職金
  • ⑤ 解雇手当(retrenchment, lay offの場合を含みます)
  • ⑥ 出張手当及び交通実費
  • ⑦ 大臣によって除外された支払い

 
2 拠出金率
拠出金率は、労働者の国籍、永住権の有無、年齢、任意加入の加入時期等によって異なります。詳細については、従業員積立基金法別表3をご参照下さい。
なお、使用者及び労働者は、従業員積立基金法所定の拠出金の額を上回る額を拠出することを選択することもできます。
 
第5 引出し・給付等
1 口座の種類について
拠出金が振り込まれる口座は2つに分けられます。1つ目の口座(「口座1」とします。)は、専ら退職後の生活資金の確保を目的とし、拠出金の70%が振り込まれます。
これに対し2つ目の口座(「口座2」とします。)は、退職後の生活資金の確保のみならず、住宅の購入費や教育費、医療費への充当も目的として、拠出金の30%が振り込まれます。
 
労働者が55歳になった時点で、口座1及び口座2にある積立金の残高は、口座55と呼ばれる口座に移されます。
労働者が55歳以降に支払った社会保険料は、Emas口座と呼ばれる口座で管理されます。
 
2 引出し及び給付等
(1)年齢に応じた引出し
55歳になり口座55への積立金の移動が生じて以降、労働者は一定の手続に従って口座55から積立金の引出しをすることができます。
労働者が60歳になると、口座55Emas口座が1つに統合され、積立金の全額につき引出しが可能となります。
 
(2)全額の引出し
 以下の場合には、労働者は55歳又は60歳になる前であっても、一定の手続に従って積立金の全額を口座から引出すことが可能となります。
① 労働者が死亡した場合
② 労働者が身体的・精神的に就労ができなくなった場合
③ 外国人労働者がマレーシアを離れる場合
④ 公務部門の労働者が年金受給者としての地位を得た場合
 
(3)一部の引出し
また、以下の場合には積立金の一部の引出しが認められます。
ア 退職準備
 50歳以上55歳未満の労働者は、一定の要件・手続に従って、退職の準備費用に充てる目的で口座2の積立金を引き出すことができます。
イ 教育
労働者又はその子どもが、認定を受けた国内の大学又は海外の大学でより高いレベルの教育を受けるための費用に充てる目的で、一定の要件・手続に従って口座2の積立金を引き出すことができます。
ウ 住宅購入費用等
 住宅の購入又は建築費用に充てる目的で、一定の要件・手続に従って口座2の積立金を引き出すことができます。
 また、同様に、住宅ローンの返済・減額のために、一定の要件・手続に従って口座2の積立金を引き出すことができます。
エ ハッジ
ハッジ(巡礼)の資金に充てる目的で、一定の要件・手続に従って口座2から積立金を引き出すことが認められています。
オ 医療費
 労働者又はその家族の重篤な病気の治療に必要な医療費の支払い又は医療器機の購入費に充てる目的で、一定の要件・手続に従って口座2の積立金を引き出すことができます。
カ RM1,000,000以上の積立金がある場合の引出し
 積立金がRM1,000,000を超過している労働者は、資金運用の柔軟性という観点から、RM1,000,000を超過する部分について積立金の引出しが認められています。
 
(4)配当
労働者は、100歳に達するまで、積立金の残高に応じて配当を受け取ることができます。
 
(5)一時金
以下の場合には、積立金の残額の引出しのみならず、EPF理事会の裁量によりEPFから各金額の給付を受けることができます。
 ・ 死亡の場合:RM2,500
 ・ 精神・身体的就労不能:RM5,000
 
(6)投資用口座への移動
口座1に十分な額の積立金を有する労働者(マレーシア人、永住者、199881日より前から任意加入をしていた外国人労働者に限る)は、財務省から認定を受けた基金管理機関を通じて投資をするために、積立金の一部を移転することができます。
 
第6 記録の作成・保管義務
使用者は、所定の情報を含む登録簿を作成し、保管しなければなりません。
 

社会保障制度②

第1 概要
労働者社会保障法(Employees’ Social Security Act 1969)は、怪我等の理由で就労ができなくなった場合の収入の填補等について規定しています。同法に基づく労働者社会保障制度はSOCSOSocial Security Organisation)によって運用されています。
 同法が提供するのは、以下の2つの制度です。
  ①雇用傷害(Employment Injury)保険制度:業務上の負傷・疾病に対する給付
  ②障害年金(Invalidity Pension)制度:業務と関係のない負傷・疾病に対する給付
 
第2 加入義務者
使用者は労働者社会保障法に基づき自身とその労働者(雇用契約又は見習契約に基づき就労する全ての者)の登録を行わなければならなりません。
本制度の対象者は、以下の2つのカテゴリに分けられます。
  ①第一カテゴリ:雇用傷害保険制度及び障害年金の被保険者たる労働者
  ②第二カテゴリ:雇用傷害保険制度の被保険者たる労働者
 
第3 社会保険料
1 社会保険料は労働者社会保障法別表3が定めるところに従い、労働者の賃金に応じて定まります。賃金には、基本給のほか、時間外手当、報酬、食事手当、住宅手当、シフト手当、妊娠手当、病気休暇中の賃金、年次有給休暇中の賃金、休日手当を含みます。
もっとも、以下のものは含みません。
①使用者が年金積立金等のため又はこの法律に基づき支払う保険料
②及び交通実費
③業務上の費用の支払
④退職金
⑤賞与
⑥規則で定められるその他の給付
 
労働者の給与が月額RM4,000を超えている場合には、RM4,000を基準として社会保険料及び給付額が算出されます。
 
2 第一カテゴリについては使用者・労働者双方に負担分があり、第二カテゴリについては使用者にのみ負担分があります。
使用者は、第一カテゴリの労働者については労働者の負担分を賃金から徴収し、使用者自身の負担分と併せて納付し、第二カテゴリの労働者については使用者自身の負担分のみを納付する必要があります。納付の期限は、毎月15日までとなっています
使用者は自己の負担分を労働者の賃金から徴収したり、労働者に対し使用者負担分の求償を求めたりすることはできません。
労働者の負担分の未納分を納付した使用者は、納付の直近6か月間に納付期限が到来していた部分に限り、労働者の負担分を労働者の賃金から徴収をすることができます。
 
第4 給付
1 障害年金(Invalidity Pension)
医療委員会から(永続的な)就労不能との認定を受けた被保険者に対する定期給付です。
 
2 障害手当(Disablement Benefit)
業務上の負傷・疾病に起因する障害(Disable)を受けた被保険者に対する定期給付である。この手当には、以下の種類があります。
・一時障害手当
・永続的部分障害手当
・永続的全部障害手当
 
3 遺族手当
 業務上の負傷・疾病の結果死亡した被保険者の遺族に対する定期給付です。
 
4 リハビリテーション給付
身体的・職業的リハビリテーションのための施設が提供されます。
 
5 葬儀手当
業務上の負傷・疾病により被保険者が死亡した場合、次の受給権を有する近親者に総額RM2,000が支払われます。
次の受給権者がいない場合、葬儀費用を支出した者に対して給付がされます。この場合、実際の支出額又はRM2,000のうちいずれか低い額が給付されます。
 
6 継続看護手当
障害年金又は永続的全部障害手当の受給権を有する労働者は、その不能の程度が著しく他者の継続的な看護を必要とする場合、それぞれの給付の40%に相当する継続看護手当を受給することができます。
 
7 医療手当
 業務上の負傷・疾病を受けた労働者への治療費等の給付です。
 
8 遺族年金
 障害年金の受給中に亡くなった労働者等の遺族に対して支払われる定期給付です。
 
第5 解雇の制限等
 使用者は、労働者が一時障害手当を受給している期間中は、労働者を解雇又は罰することができません。また、同期間中になされた解雇、減給に関する通知は無効であり効力を有しません。
 
第6 外国人労働者
 外国人労働者も、201911日より加入義務の対象となりました。しかしながら、家事労働者たる外国人労働者は未だ同法による保護の対象外とされています。外国人労働者は障害年金制度の対象にはならないため、第二カテゴリに分類され、使用者のみが社会保険料を負担することとなります(ただし、12か月以上の期間マレーシアに居住することが認められている等の一定の条件を満たす場合には外国人労働者も障害年金制度の対象となりえます。)。
 外国人労働者は、以下の給付につき受給権を有します。
  ①医療給付
  ②一時障害手当
  ③永続的部分障害手当・永続的全部障害手当
  ④遺族手当
  ⑤葬儀費用(給付額に関する制約があります)
  ⑥継続看護費用
  ⑦リハビリテーション(一定のリハビリテーション施設の利用、教育給付に関する適用除外があります) 
 
なお、従業員補償令(外国人従業員補償制度)(WORKMEN'S COMPENSATION(FOREIGN WORKERS' COMPENSATION SCHEME)(INSURANCE)ORDER 2005)に基づいて既に労働者補償制度に加入している労働者については、同保険証券の有効期間の満了日または20191231日かいずれか早い日まで本法律の適用が除外されます。
 
第7 通勤災害について
1 以下の場合には、移動中に起きた事故も業務上発生した(arise out of, and in the course of his employment)ものとみなされ、労働者社会保険制度に基づく給付の対象となりえます。
①居住地又は滞在地と職場との間の経路上で生じた場合
  ②業務と直接関連する理由での移動中に生じた場合
  ③職場と正式な休憩時間中に食事をとる場所との間の移動中に生じた場合
 
2 ①のうち「居住地又は滞在地」という要件については、社宅から毎日出勤をしていた従業員が旧正月を祝うために長期休暇をとり実家に帰省し休暇明けに実家から職場へ向かう途中に交通事故に遭ったという事例において、「居住地又は滞在地」は、毎日の出勤をその場所から行っている等職場と関連性を持った場所でなければならないという理由から、同事例における実家は「居住地又は滞在地」にあたらないと判断した裁判例があります。
 

社会保障制度③

第1 雇用保険EIS
1 概要
2017年に雇用保険法(Employment Insurance System Act 2017)が制定され、雇用保険制度が導入されました。同制度は、失業中の労働者の収入の填補及び再就職プログラムの提供を目的としています。
 
2 適用対象
この法律は1人以上の労働者を雇用している全ての事業について適用されます。もっとも概要以下の類型の該当する者は労働者から除外されています(除外要件の詳細については雇用保険法別表1をご確認ください。)。
 

  • 日雇労働者(Casual Worker
  • 家事労働者
  • 土地から鉱物又は農作物を採取し、その対価を支払う者
  • 刑務所、精神病院等に拘禁されている者
  • 連邦政府など公的部門で就労する者
  • 18歳未満又は60歳以上の労働者
  • 57歳以上の者で57歳に達するよりも前に雇用保険料の支払いを課されていなかった者
  • 外国人(ただし12か月以上の期間マレーシアに居住することが認められている等の一定の条件を満たす場合には外国人労働者も障害年金制度の対象となりえます)

 
 雇用保険料
使用者及び労働者の双方が、労働者の月給額に応じた標準月額の0.2%を拠出します。基準となる月給額はRM4,000が上限とされており、実際の月給額がRM4,000を上回っていたとしても保険料はRM4,000を基準に算出され、同制度に基づく給付も月給RM4,000を基準に算出されます。賃金の定義は、労働者社会保障法に準じます。
使用者は、労働者の負担分を賃金から徴収し、自身の負担分と併せて毎月15日までにSOCSOに納付をしなければなりません。
 
4 受給
(1)受給事由
労働者が雇用契約終了時に実際に給付を受けられるかどうかは、雇用契約の終了事由によります。
ア 労働者は、以下の場合は給付を受けることができません。
 
    自主的に退職をした場合
    期間の満了により契約が終了した場合
    特定の仕事又はプロジェクトの完成を目的とする雇用契約が目的の達成により終了した場合
    雇用契約を終了させる旨の双方の合意が成立し、かつ、労働者に何らの義務も課されていない場合
    定年退職の場合
    不正行為を理由に解雇をされた場合
 
 イ もっとも、以下の場合は、上記①の「自主的に退職をした場合」に含まれません。
   ⅰ 早期退職制度(Voluntary Separation Scheme(VSS))に基づき離職した場合
   ⅱ みなし解雇(Constructive Dismissal)を理由として離職した場合
   ⅲ 労働者又はその家族に対する脅迫、若しくはセクシャル・ハラスメントを理由として離職した場合
   ⅳ 通常の仕事の範囲外にある危険性の高い仕事を命じられたことを理由として離職した場合
   ⅴ 自然災害、暴動により事業所を閉鎖すること、若しくは火災、ガス漏れ又はこれに類似する危険な状態により安全性を確保できないことを理由に退職を求められた場合
 
(2)受給手続
給付の申請は、離職から60日以内に行わなければなりません。
 
(3)給付内容
  同法に基づく給付の概要は以下のとおりです。給付の詳細は失業期間等に応じて多岐にわたるため、詳細については雇用保険法別表3及び4を参照ご参照ください。
 
① 求職手当:以下の基準に基づき、最大で6か月間給付を受けることができます。給付を受けられる月数は、雇用保険料を支払った月数等よって異なります(同法別表4参照)
    1か月目:標準月額の80%
    2か月目:標準月額の50
    3か月目:標準月額の40
    4か月目:標準月額の40
    5か月目:標準月額の30
    6か月目:標準月額の30
② 早期再雇用手当:新しい仕事を見つけるまでの期間に応じて異なります
③ 賃金減少手当:最大で6か月間給付を受けることができます。給付を受けられる月数は、雇用保険料を支払った月数等よって異なります(同法別表4参照)
④ 訓練手当及び訓練費用の支払:認証された訓練につき、その費用が支給されます
 
第2 人材資源開発基金制度(HRDF
1 概要
人的資源開発基金は、従業員、見習い、訓練生の能力の開発・訓練の促進を目的とする制度で、適用対象となる使用者から人的資源開発税を徴収する一方で、その従業員等の訓練のための経済的補助その他利益の給付を行ないます。
当初人的資源開発法(Human Resources Development Act 1992)に基づき設立・運営されていましたが、現在は人材開発会社法(PSMBAPembangunan Sumber Manusia Berhad Act 2001)に基づき運営されています。
人的資源開発会社(Pembangunan Sumber Manusia Berhad)は人材開発会社法に基づいて設立された会社法法(Companies Act 2016)上の法人で、①産業界の人的資源の需要に沿った従業員の訓練・再訓練の種類・範囲の評価・決定、②労働力の促進・活性化、③経済的補助その他の利益の給付基準の作成をその役割として有しています。
 
2 適用対象
同制度への加入が義務付けられるのは人材開発会社法別表Ⅰ第1章記載の産業(一定規模以上の製造業、ホテル業等)における一定数以上の従業員を雇用する使用者に限られており、同別表Ⅰ第2章記載の産業における使用者の同制度への加入は任意とされています。
 同制度の対象となるのは、従業員、見習い、訓練生とされています。従業員は雇用主との雇用契約(Contract of Service)に基づいて賃金のために雇用されているマレーシア人と定義されており、外国人労働者は除外されています(家事労働者も同制度の適用対象から除外されています)。見習いとは見習契約を通じて特定の分野で技術訓練を受け、雇用主の事業で働くことが予定されている者を意味し、訓練生とは雇用主の施設で実践的な訓練プログラムを受けている者を意味するものとされています。
 
3 人的資源開発税の納付義務等
 使用者が支払うべき人的資源開発税は、基本的には従業員の給与月額の1%とされています。使用者は人的資源開発税が課された月の翌月15日までに納付をしなければならず、納付が遅れた場合には遅滞の日から起算して年10%(最低額RM5)の遅延損害金を支払わなければなりません。また、人的資源開発税及び遅延損害金の不払いは、受給資格の取消事由となります。
 また、同法における使用者は従業員及びその賃金に関する資料を6年間は利用可能な状態で保管しておかなければならなりません。
 
4 給付内容
登録を受け人的資源開発税を納付している使用者は、その従業員の訓練の促進を目的とした経済的補助その他の利益を受けることができます。受給できる経済的補助その他の利益の一例として、以下のようなものがあります。
 
 ・訓練コースへの参加費用
 ・自社プログラムのための講師に支払う費用
 ・自社プログラムのための会場のレンタル費用
 ・訓練のための消費素材
 ・訓練生に対して支払う日々の手当
 ・宿泊費
 ・航空運賃

職場における安全性の確保

第1 労働安全健康法(OCCUPATIONAL SAFETY&HEALTH ACT 1994
1 概要
 労働安全健康法(OCCUPATIONAL SAFETY&HEALTH ACT 1994)は、職場における人の安全、健康、福祉の確保を目的とする法律です。同法は、同法別表1が定める以下の事業に対して適用されます。

  • ①製造業
  • ②採掘・採石業
  • ③建設業
  • ④農業、林業、漁業
  • ⑤公益事業
    • a. 電気
    • b. ガス
    • c. 水
    • d.衛生サービス
  • ⑥運送業、倉庫業、通信事業
  • ⑦卸売・小売
  • ⑧ホテル・レストラン
  • ⑨金融、保険、不動産、事業サービス
  • ⑩公的サービス・法定機関

 
2 適用対象
 使用者が直接雇用している労働者のほか、その使用者が監督する職場で働く下請業者の被用者等も労働者に含まれます。 
 
3 雇用主の義務
全ての使用者は雇用する全ての労働者に対し、職場の安全、健康及び福祉を確実なものとしなければならないものとされています。この使用者の義務には、以下のような内容が含まれます。

  • ①安全であるように職場における設備又はシステムを提供・維持する
  • ②設備及び物資の使用、運用、取扱い、貯蔵及び輸送の安全性を確保する
  • ③安全性を確保するために必要な情報、指示、訓練及び監督を提供する
  • ④職場及び職場への出退勤の方法を安全なものとする
  • ⑤労働者の福祉のために適切な設備を確保する

 
 5人以上の労働者を有する使用者は、労働者の職場における安全及び健康に関する一般指針を作成し、労働者に対し周知しなければなりません。
 
 また、いかなる雇用主も、以下の理由によってその労働者に対する解雇や役職の不利益変更等の行為をとることはできません。

  • ①安全性を欠く又は健康を害すると考える問題について苦情を申し立てた
  • ②安全・健康委員会の構成員である
  • ③安全・健康委員会としての役割を果たした

 
雇用主は、職場で発生した又は発生する可能性のある事故、危険な出来事、職務上の中毒又は職務上の疾病を最寄りの労働安全健康局に通知しなければなりません。
 
 また、危険物質を扱う事業については、労働安全健康規則(重大な産業事故の危険性の統制)(「Occupational Safety and Health (Control of Industrial Major Accident Hazards) Regulation 1996」)がより厳格な規制を定めています。 
 
4 安全・健康担当官及び安全・健康委員会
(1)安全・健康担当官
 労働安全健康命令(安全・健康担当官)(Occupational Safety and Healyh (Safety and Health Officer) Order 1997)により、以下の事業を行う使用者は安全・健康担当官を雇用しなければならないとされています(④から⑨については、100名以上の労働者を雇用する場合)。

  • ①プロジェクトの契約価格の合計がRM20,000,000を超えるビルの運営事業
  • ②プロジェクトの総契約価格がRM20,000,000を超える作業またはエンジニアリング建設事業
  • ③最も多いときで100名以上の労働者を雇用する造船事業
  • ④ガスの処理又は石油化学事業
  • ⑤化学及び関連事業
  • ⑥ボイラー及び圧力容器の製造業
  • ⑦金属産業(缶詰作業、刻印作業、打抜作業、裁断作業、混合作業)
  • ⑧木工事業(切断作業、設計、成形作業、やすりがけ作業、皮むき作業若しくはこれらの組み合わせ)
  • ⑨セメント製造業
  • ⑩上記以外の事業であって500名以上の労働者を雇用するもの

 
(2)安全・健康委員会
 40名以上の労働者を雇用する使用者又は労働安全健康局長の指示を受けた使用者は、安全・健康委員会を設置することが義務付けられます。安全・健康委員会は、以下のような役割を有します。

  • ①労働者の安全・健康を確実なものとするためにとられている措置の見直し
  • ②安全・健康に対するリスクとして注意を引く事項の調査
  • ③解決できない事項に関する労働安全健康局長による職場の調査の要請
  • ④その他規則で定められた役割

 
 
第2 工場機械法(Factories and Machinery Act 1967
 工場機械法は、工場で働く者の安全、健康及び福祉に関する問題を統制するとともに、機械の登録・検査について規定しています。この法律は、製造業部だけでなく、建設業等も含め、重量のある機械を用いる事業であれば適用対象となる可能性があります。
 同法は、一定の機械については、労働安全健康局が発行したライセンスを有する労働者でなければ操作することができない旨を定めています。また、ボイラーや火なし圧力容器、昇降機等の一定の機械については、使用前に適合証明書の発行を受ける必要があるものとされています。
 また、同法は労働者の安全性に関わる事項として、工場については以下の規定が適用されるものとしています。

  • ①工場の基礎及び床はそれらが予定する荷重を支えるのに十分な強度を有すること。また、基礎及び床に過負荷をかけてはならない。
  • ②屋根は、必要な場合には、吊り荷を支えるのに十分な強度を有すること。
  • ③全ての床、作業階、台、デッキ、階段、通路、通路、はしご及び階段は、人が落下する危険性を防ぐための安全な構造を有しており、倒壊の危険性を防ぐ構造上の強度を有しており、適切に維持され、合理的に実行可能な範囲において緩んだ個所を有さず滑りにくくない状態であること
  • ④就労時間中誰でも仕事をする場所に安全にアクセスできることを確実にするため、合理的に実行可能な範囲でそのような手段を提供及び維持し、利用させること
  • ⑤床又は作業階の全ての開口部、汚水溜め、ピット又は固定容器は、人が落下する危険性を防ぐために、フェンス等でしっかりと覆われていなければならない
  • ⑥床又は作業階に保管又は積まれている全ての商品、物品及び物質が、以下のような方法で配置又は積まれていること
    • ・最も安定性を確保でき、商品、物品、物質及びそれらを支えているものが 崩れ落ちる危険性を防ぐ方法
    • ・十分な光の供給、適切な換気、適切な機械の操作、支障のない通路の使用、防火設備の効果的な使用・稼働を阻害しない方法
  •  

第3 職場での事故を巡る民事訴訟
 使用者が職場における安全性を確保に関する義務を怠り、その結果労働者が負傷し損害を負った場合、労働者は使用者に対して損害の賠償を求めることができます。
もっとも、労働者社会保障法(Employees’ Social Security Act 1969)31条本文は、労働者は同法に基づき補償される雇用契約上の受傷について使用者から損害の賠償を受ける権利を有しない旨を定めています。そのため、労働者社会保障制度への加入義務が外国人労働者にまで拡大された今日においては、職場における事故を理由に労働者が使用者に対して損害の賠償を求める事例はそう多くはないように思われます。
ただし、労働者社会保障法31条但書は、同条本文の例外として、道路輸送法(Road Transport Act 1987)により使用者に第三者賠償保険加入が義務付けられている自動車の事故に起因する請求については同条本文を適用しない旨を定めています。そのため、この場合には、労働者は使用者に対して損害の賠償を求めることができます。
 

労働組合

第1 根拠法令等
労働組合は労働組合法(Trade Unions Act 1959)及び労使関係法(Industrial Relations Act 1967)によって規律されています。
 
第2 本法における労働組合
労働組合法上の労働組合は、以下のうちいずれか又は複数の目的を有していなければならないものとされています。
 ・労働者と使用者間の良好で調和のとれた労使関係の促進、労働者の労働条件の改善、経済的社会的地位の向上又は生産性の向上を目的とした労働者と使用者の関係の規律
 ・労働者と労働者の間、又は使用者と使用者の間の関係の規制
 ・労働紛争における労働者又は使用者の代理
 ・労働紛争及びそれに関連する事項の実施又は処理
 ・特定の職業又は業界におけるストライキ又はロックアウトの促進、組織化又は資金調達、あるいはストライキ又はロックアウト中の組合員に対する給与その他の手当の提供
なお、労働組合には労働者の組合だけでなく使用者の組合も含まれます。
 
第3 労働組合の設立
労働組合は、一時的か恒久的かを問わず、労働者や使用者が特定の産業、職業又は組織の中に組合を設立することを合意することにより設立されます。
全ての労働組合は設立日から1か月以内に、同法に基づき労使関係局長に対し登録の申請をしなければなりません。申請には最低でも構成員7名の署名、労働組合規則の添付及び手数料の支払いが必要となります。
登録を受けた労働組合は組合自身の名義で訴え又は訴えられることができます。
 
第4 使用者の義務
 使用者は、以下の行為を行うことができません。
 ①雇用契約において労働組合への加入を禁止すること
 ②労働組合の構成員であることを理由に採用を断ること
 ③以下の理由により労働者を解雇すること
  ・当該労働者が他の労働者に対し労働組合に加入するよう説得したこと
  ・労働組合の活動に参加したこと
 ④労働組合に所属しているか否かにより昇進又は労働条件に差をつけること
 ⑤一定の利益を示して労働組合の構成員を誘導すること
 
第5 ストライキ及びロックアウト
以下の状況下においては、労働者の労働組合はストライキを召集することができず、労働組合の構成員はストライキに参加することができず、使用者の労働組合はロックアウトを宣言することができないものとされています。
  ①労働者の労働組合においては、ストライキへの参加資格を有する組合員の23以上の同意を秘密投票において得ていない場合
  ②使用者の労働組合においては投票権を有する組合員の23以上の同意を秘密投票において得ていない場合
  ③労使関係局長に秘密投票の結果を提出してから7日間が経過していない場合
  ④秘密投票の要件を満たしていなかったことによりストライキ又はロックアウトについての秘密投票が無効になった場合
  ⑤労働組合規則に違反している場合
  ⑥人的資源省大臣によってなされた指示又は決定に含まれる事項に関するものである場合
  ⑦同法その他の法律に違反するものである場合
 
第6 団体交渉・労働協約
1 団体交渉の前提としての承認手続
使用者又は使用者が所属する使用者労働組合(以下「使用者等」)から承認を受けた労働者の労働組合は、団体交渉の申出をすることができます。
ここにいう「承認」に明確な定義はありませんが、一般的には、「特定の労働組合が使用者の雇用する労働者を代表する権利を有することを使用者が受け入れること」と理解されています。労働者の労働組合は使用者等に対して、所定の書式を使って承認の請求をします。使用者等は、請求の送達から21日以内に、承認をする若しくは承認をしない理由を書面で通知しなければなりません。使用者が承認を拒絶した場合又は使用者が21日内に対応をしなかった場合、労働者の労働組合は労使関係局長に報告をし、報告を受けた労使関係局長は一定の調査を行った上で人的資源大臣に通知を行い、人的資源大臣は承認が与えられるべきかを決定します。
ある労働者労働組合が承認を与えられた場合、他の労働者労働組合は、承認の付与から3年が経過する又は承認を受けた労働組合がなくならない限り、同じ労働者又は労働者集団について承認の請求をすることはできないものとされています。
 
2 団体交渉の内容
団体交渉においては、労働協約の締結に向けて交渉を行うこととなります。労働協約の内容として提案できる事項は、病気休暇や各手当等雇用契約の条件に関する事項のほか、労働組合費の控除等労働組合への便宜に関する事項にも及びます。他方、以下の事項は使用者に専権に属する事項とされ、労働協約において定めることができないものとされています。
  ①昇進
  ②社内での異動
  ③労働者の採用
  ④人員削減又は組織再編を理由とする整理解雇
  ⑤解雇
  ⑥復職
  ⑦雇用契約に反しない範囲内での仕事の割当
 
3 労働協約
 労働者の労働組合と使用者又は使用者の労働組合との間で一定の合意が成立した場合、労働協約を結ぶことができます。労働協約においては、3年以上の有効期間を定めなければなりません。
当事者は、労働協約の締結から1か月以内に、署名された労働協約の写しを裁判所に寄託します。裁判所に寄託された労働協約は、当事者を拘束するほか、使用者労働組合の全構成員及びその労働協約が関連する事業について雇用されている全労働者を拘束します。
 
4 労使紛争
(1)労使紛争の定義
労使関係法上、労使紛争は使用者とその労働者との間における、雇用契約の存否、雇用契約の期間、雇用条件に関する紛争と定義されています。
(2)労使関係局長による斡旋
労使紛争が存在し、他に解決する手段がない場合、紛争の当事者である使用者等又は労働者労働組合は、労使関係局長に届出をすることができます。
届出を受けた労使関係局長は、労使紛争の迅速な解決を促進するため斡旋を試みることができます。
斡旋による解決が困難な場合労使関係局長はその旨を人的資源大臣に報告し、報告を受けた人的資源大臣は当該労働紛争を労働仲裁裁判所に付託するものとされています。
(3)労使裁判所(Industrial Court)
 労使裁判所は労使関係法に基づき設立された裁判所で、労使関係から生じた個別紛争や使用者と労働者との間に生じた紛争及び労使関係法上の権利義務に関する事件を取り扱います。この裁判所は3名の審判員、すなわち審判長、使用者の代表者、労働者の代表者から構成されます。
 この審判長は必ずしも法曹ではなく、また、同裁判所における手続は原則として人的資源大臣の付託により開始されることから、行政審判所としての性格を有しています。そのため、法律問題に関しては高等裁判所に付託し判断を求めることが義務付けられています。 
労働審判所の裁定に対して上訴をすることはできないとされていますが、法律問題に関する争点について高等裁判所の判断(Judicial Review)を求めることは認められています。
 

【マレーシア 商標法】
商標の定義

第1 根拠法令等
マレーシアの商標制度は、商標法(Trade Marks Act 1976)及び取引表示法(Trade Description Act 2011)によって規律されています。
商標法はマドリッド協定議定書への加盟を主な目的として改正が行われました(以下「新商標法」といいます)が、執筆時点(20191113日時点)ではまだ公布はされていません。
 
第2 定義
新商標法において、「商標」は、
 
any sign capable of being represented graphically which is capable of distinguishing goods or services of one undertaking from those of other undertakings
 
ある事業体の商品又はサービスを他の事業者のそれと区別することを可能とする、画像として表現可能な標章
 
と定義されています。
また、商標の主たる要素である「標章」は、
 
includes any letter, word, name, signature, numeral, device, brand, heading, label, ticket, shape of goods or their packaging, colour, sound, scent, hologram, positioning, sequence of motion or any combination thereof
 
文字、単語、名称、署名、数字、図案、焼印、織端、ラベル、下げ札、商品・梱包の形状、色、音、香り、ホログラム、位置、動き及びこれらの組み合わせが含まれる
 
 
とされ、「音」、「香り」、「ホログラム」等も商標として登録の対象となりうることが明記されました。
 
もっとも、「商標」の定義の中に「画像として表現可能な」(capable of being represented graphically)という表記があることから、「音」や「香り」単独での商標登録が認められるかについては明確ではない部分が残っています。また、「色」については、従来は付随的な要素として位置付けられていましたが、新商標法の下では「色」単体での商標登録も認められうることとなります。
 
「標章」に含まれうる要素のうち、「文字」、「単語」、「名称」、「署名」、「数字」「商品・梱包の形状」「色」「音」「香り」は字義どおりの意味で用いられるものと考えられます。
「図案」(device)については、「第3 立体商標について」で述べるとおり、立体商標を含むかを巡り議論が存在しています。
「ブランド」(brand)は、現代では無形的な価値も含めた意味で使われることもありますが、ここでは伝統的な意味に近い商品に焼き付け等の方法で記された名称等の意味で用いられているものと思われます。
「織端」(heading)は、繊維製品の端に織り込まれ又は縫い込まれた糸を意味します。
「ラベル」(label)は、広口瓶やボトル等に貼り付けられた名称等が印字された紙を意味します。
「下げ札」(ticket)は、刻印され商品に緩く取り付けられた金属片等を意味します。
「ホログラム」(hologram)は、図形等の標章がホログラフィー等の方法により見る角度によって変化する標識を意味します。
「位置」(positioning)とは、図形等の標章とその付される位置との組み合わせにより構成される標識を意味し、図形等の標章だけでは識別力の要件(次回以降に解説をします。)を満たさない場合に、その図形等の標章を付す位置を組み合わせることにより、識別力の要件を満たすことを意図するものです。
「動き」(sequence of motion)とは、図形等の標識が時間の経過に伴って変化する標識を意味します。
 
 また、「標章」はその定義において「含む」(includes)という表現を用いているため、上記以外のものについても商標登録が認められる余地があります。
 
第3 立体商標について
新商標法において、梱包又は商品の形状が商標登録の対象となりうることが明記されたものの、立体商標全般が登録の対象となりうることを明示する規定は置かれませんでした。そのため、立体看板のような立体商標を商標として登録できるかは、依然として解釈に委ねられています。
 
マレーシアにおいて、立体商標を登録しうる可能性を示唆した裁判例として、Kraft Foods Schweiz Holdings GmbH v Pendaftar Cap Dagangan事件([2016] 11 MLJ 702)があります。
同判決は、最終的に、原告が登録申請をした商標が十分な識別力を有していることについて証明がなされていない等の理由から商標としての登録を認めませんでしたが、以下の理由から、立体商標も登録に対象になりうるとの判断を示しました。
 

  • ①マレーシア商標法はイギリス商標法を基礎としているため、商標の定義についてイギリスの裁判例を参照することができる。そして、イギリス貴族院はSmith Kline and French Laboratories Ltd v Sterling-Winthrop Group Ltd 事件([1975] 2 All ER 578)において立体商標も商標に含まれうると判示している
  • ②「標章」の定義に含まれている「図案」はその辞書上の意味からすれば、立体商標を含みうる
  • ③「標章」の定義は「含む」という文言を用いていることから、「標章」の範囲は広く捉えられるべきである

 
そのため、識別力等の他の要件を満たせば、マレーシアにおいても梱包又は商品の形状以外の立体商標の登録が認められるものと考えられます。
 

商標登録の出願①

第1 登録手続
1 概論
登録商標は、商標法に基づく商標登録によって取得される財産権であり、登録商標の所有者は商標法に基づく権利を有し、救済を受けることができます。
マレーシアの商標登録手続は、1976年商標法(Trade Marks Act 1976)及びその下位規範によって規律されています。同法は今年改正が行われ、129日付で公布されましたが、執筆時点(20191215日時点)ではまだ施行日の指定はされていません。
 
2 申請権者
1976年商標法は、商標登録の出願について、自身が使用し又は使用する予定である商標につき正当な権原を有すると主張する者は、当該商標の登録を出願することができると定めています。
他方、新商法は、商標の真正な所有者であると主張する者は、以下の場合に、商標の登録を出願することができると定めており、1976年商標法では明示されていなかった専ら他者に商標を使用させる目的での登録の出願が規定されています。
 

  • ①取引の過程で商標を使用している又は使用するつもりである場合
  • ②取引の過程で他の者に商標を使用することを許可する又は許可するつもりである場合

 
3 予備備的助言制度
(1)1976年商標法(73)
 1976年商標法は、商標の出願を希望する者が、登録官に対して、当該商標が商標の登録要件である識別性を有していると一応考えられるか否かについて助言を求めることができる予備的助言制度について定めています。
予備的助言制度に基づき肯定的な助言を得たうえで、当該助言を受けてから3か月以内に当該商標の登録出願をしたものの、調査又は審査の結果、登録官が当該商標は識別性を有さないとの理由により拒絶の通知をした場合は,出願者は通知の受領から1か月以内に出願を取り下げることにより,納付済みの出願手数料の返還を受けることができます。
(2)新商標法(13条)
新商標法も、商標登録の出願を希望する者は登録官に対して当該商標が登録可能な商標であるかどうかについて予備的な助言及び調査結果を求めることができる旨を定めています。
そして、1976年商法と同様、肯定的な助言を得たうえで一定期間内に当該商標の登録出願をしたものの、更なる調査又は審査の結果、登録可能な商標ではないという趣旨の拒絶の通知を受けた場合、一定期間内に出願を取り下げることにより納付済みの出願手数料の返還を受けることができるものとされています。
 
このように、新商標法は1976年商標法とほぼ同様の制度を維持していますが、1976年商標法が「識別力」に関する「助言」に限定していることに対し、新商標法は「登録可能」か否かについての「助言及び調査結果」を求めることができるとしており、登録官から得ることができる情報の対象が拡張されています。
 
4 申請
(1)申請の単位
1976年商標法は1つの申請で2 以上の分類に属する商品又はサービスを対象とすることはできないとしていましたが、新商標法は1つの申請で複数の分類に属する商品又はサービスを対象とすることができると定めています。
 
(2)連続商標
 新商標法は、1976年商標法同様、本質的に同一である複数の商標を「連続商標」として単一の願書で出願することができるものとしています。新商標法によれば、具体的には以下の場合に連続商標としての申請ができるものとされています。
 

  • ①重要な特徴について相互に類似している場合
  • ②以下の事項についてのみ差異がある場合
    • (i) それらの商標が使用され又は使用される予定の商品又はサービスに関する記述又は表示
    • (ii) 数量、価格又は品質に関する記述又は表示
    • (iii) 商標の独自性に本質的な影響を与えない標準フォント
    • (iv) 商標の一部の色

 
1976年商標法と比較すると、②(ⅱ)から「場所の名称」が除外された点、②(ⅲ)が識別性を有さずかつ商標の独自性に本質的な影響を及ぼさない「その他の事項」の差異から「標準フォント」の差異に限定された点、②(ⅳ)が商標の「色」から「商標の一部の色」と改められた点に違いが存在します。
 
5 登録審査
(1)形式審査
商標登録の申請に際しては申請書の提出や手数料の支払が必要となるほか、ローマ字以外で構成される商標については補足資料(音訳、翻訳、その他所定の資料)の提出が必要となります。形式審査においては、これらの資料に不備がないかが審査されます。
また、所定の期間内に手数料の支払いや補足資料の提出が提出されない場合、申請は取り下げられたものとみなされます。
 
(2)実体審査
 形式審査が終了すると、実体審査が開始されます。
実体審査の詳細については、次回以降に解説します。
 
6 早期審査
商標の登録申請者は、所定の期間内に、所定の料金の支払いとともに登録官に対し申請書を提出することにより早期審査を請求することができます。1976年商標法は同制度についての規定を置かず、商標規則(Trade Marks Regulations 1997)によってのみ定められていましたが、新商標法は同制度について明文の規定を置いています。
 

商標登録の出願②

1 概論
 実体審査においては、絶対的登録拒絶事由及び相対的登録拒絶事由の有無が審査される。絶対的登録拒絶事由においては、当該登録出願商標がそれ自体として識別力を有するか等当該登録出願商標それ自体の性質等が問題とされます。他方、相対的登録拒絶事由においては、既存の商標と混同を生じさせる虞等他の商標等との関係における当該登録出願商標の性質等が問題とされます。
 
2 絶対的登録拒絶事由
(1)2019年商標法(TRADEMARKS ACT 201923
2019年商標法23条は、絶対的登録拒絶事由を以下のように定めています。
 
ア 同条第1項
  同条第1項は、当該登録出願商標それ自体が十分な識別性を有しない場合等を絶対的登録拒絶事由として定めています。
 

    1. 画像として表現することができず、ある事業者の商品又はサービスを他の事業者の商品又はサービスと区別させることができない標章
    2. 際立った特徴のない標章
    3. 取引において商品又はサービスの種類、品質、量、使用目的、価格、生産地その他特徴又は商品の生産又はサービスの提供にかかる時間を指定するのに有用な標章又は表示のみから構成されている標章
    4. 領域内の現在の言語又は誠実な取引慣習において慣例となっている標章又は表示のみから構成されている標章

 
 ただし、b.及びc.については、登録申請よりも前に実際にその標章が使用された結果として、その標章が際立った特徴を獲得した場合には登録拒否事由とはならないものとされています(同条第2項)。
 
イ 同条第3
  同条第3項は、当該登録出願商標が以下の要素のみから構成されている場合には、登録が拒否される旨を定めています。
 

    1. 商品それ自体の性質から生じる形状
    2. 技術的成果を得るために必要な商品の形状
    3. 商品に実質的な価値を与える形状

 
ウ 同条第4
  同条第4項は、地理的名称に紐づけられた信頼等を保護するために、以下の商標については登録を拒絶する旨を定めています。
 

    1. 専ら国の名前で構成されている商標
    2. 認証地理的表示から構成されている又はそれを含んでいる商標

 
エ 同条第5
  同条5項は、上記以外の類型の絶対的登録拒絶事由を定めています。
 

    1. その商標使用が公衆を欺く又は混乱させる若しくは法令違反にあたる可能性が高い場合
    2. それが商品又はサービスの性質、品質、生産地に関して公衆を欺く又は誤解させるような性質を有する場合
    3. 公益又は道徳に反している商標
    4. 中傷的又は攻撃的な内容その他裁判上の保護を与えられないような内容から構成されている又はそのような内容を含んでいる商標
    5. 登録官の意見によれば国の安全又は利益にとって有害である内容を含んでいる商標
    6. (既に亡くなっているか否かを問わず)人の名前又は他者を表現する内容から構成されている又はそれらを含む商標(存在している者については本人の同意、死亡している者については代理人の同意を提出した場合を除く)
    7. 国旗、国章、紋章、記章又は王室の紋章から構成されている又はそれらを含む商標(申請者が第78条又は第79条で指定された法定機関、国際機関、政府間機関による承認を提出した場合を除く)
    8. 混合物とは区別された単一の元素又は化合物として一般的に使用され又は受け入れられている単語、WHOにより国際的な非占有名称として宣言されている単語若しくはこれらと混同されうる類似の単語から構成される又はそれらを含む商標。ただし、以下の場合を除く。
      • (i)単にブランドを示すために又は商標の所有者又はそのライセンシーが製造した元素又化合物と他者に製造された元素又は化合物を区別するために用いる場合
      • (ii)一般の使用に供されている適切な名前又は表現と共に用いられている場合
    1. 以下の標章又はこれらの標章と誤認されるおそれのある標章から構成されている又はこれらを含んでいる商標
      • (i)「特許」、「特許を受けた」、「特許状」、「登録」、「意匠」及び「著作権」という単語又は同様の意味を持つ言葉(言語を問わない)
      • (ii)規則において指定された標章

 
(2)2019年商標規則(Trademarks Regulations 2019)4
 2019年商標規則4条は、2019年商標法23条第5i(ii)を受けて、「登録商標」という文言、国王である「Seri Paduka Baginda Yang di-Pertuan Agong」を示す言葉、人物の絵画表現等を用いることを絶対的登録拒絶事由として定めています。
 
3 相対的登録拒絶事由
 2019年商標法24条は、相対的登録拒絶事由を以下のように定めています。
 
(1)同条第1
同条第1項は、先に登録された商標と同一であり、商標の申請対象となっている商品及びサービスが先に登録された商標の対象と同一である場合には、登録は認められないものとしています。
 
(2)同条第2
 同条第2項は、以下の場合において、公衆に混乱の可能性がある場合には登録が認められないものとしています。

    1. 商標が先に登録された商標と同一であり、先に登録された商標の対象と類似した商品又はサービスについて登録申請がされている場合
    2. 商標が先に登録された商標に類似しており、先に登録された商標と同一又は類似した商品又はサービスについて登録申請がされている場合

 
(3)同条第3
同条第3項は、以下の場合には登録は認められないものとしています。

    1. マレーシアにおいて登録されていない周知商標と同一である又は類似しており、対象が本来の所有者と同一の商品又はサービスである場合
    2. マレーシアにおいて登録されている周知商標と同一又は類似しており、対象が周知商標が登録されている商品又はサービスとは同一でも類似してもいない商品又はサービスであり、
      • (i)その商標の使用が対象となる商品又はサービスと周知商標の所有者との関係を示す場合 かつ
      • (ii)公衆の側に混乱の可能性が存在する場合 かつ
      • (iii)周知商標の所有者の利益が損害を受ける可能性がある場合

 
(4)同条4
 同条4項は、以下の効果によりマレーシアにおける当該商標の使用が禁止される場合には、商標の登録を拒絶するものとしています。

    1. 詐称通用に関する法を含む未登録の商標その他取引過程において用いられる標識の保護に関する法の効果
    2. 著作権法または工業意匠法に基づくものを含め、又は(1)から(3)において定められたものを除いた、先使用権の効果

 
(5)先使用権の保有者の同意による例外(同条第7項)
 上記の相対的登録拒絶事由に拘わらず、先使用商標権者その他の先使用権の保有者が所定の方法で登録に同意をした場合には、登録官は、公衆の利益及び公衆の側に混乱が生じる可能性を考慮したうえで、その商標の登録を行うことができるものとされています。
 
(6)誠実な同時使用等(同法第25条)
 また、登録官又は裁判官が以下の事情を認めた場合には、同法24条が定める相対的登録拒否事由があったとしても、商標の登録が認められることがあります。

    1. その商標と先使用商標又は先使用権との間に誠実な同時使用関係がある場合 または
    2. 他の特別な状況の理由により、商標を登録することが適切である場合

 

商標登録の出願③

1 概論
 審査が終了した後、登録官は出願を受理するか否かを決定します。出願が受理された場合にはそのまま公告がなされ、異議申立がなければそのまま登録へと進むことになります。当該商標が商標登録の要件を満たしていないと登録官が判断した場合には、暫定拒絶の通知がされ、聴聞等を通じて更なる検討がなされることとなります。
 
2 出願が認容された場合
 審査の結果、出願された商標が商標登録の要件を満たしていると登録官が判断した場合、その出願は受理されます。商標登録の出願が受理された場合、出願が受理された旨が知的財産官報に公告されます。
 
3 出願が拒絶された場合
 出願された商標が商標登録の要件を満たしていないと登録官が判断した場合、登録官は出願者に対し、理由を付して暫定的拒絶の通知をします。これに対し、出願者は登録官が通知において定める期間内に以下の方法で応答をする機会を与えられます。

    1. 説明のため書面を提出または聴聞の開催を申請する
    2. 登録官が適切と考える条件、修正、制限等に適合するよう出願を訂正する
    3. 法定宣誓書等の形式で情報または証拠を追加提出する

当該期間内に出願者が何らの応答もしなかった場合には、出願は取り下げられたものとみなされます。
 上記a.b.またはc.に基づく出願者の応答を検討した後、登録官は出願を受理するか否かを改めて決定します。登録官が商標の出願を受理する場合には、出願が受理された旨が知的財産官報に公告されます。登録官が受理を拒絶する場合には、出願者に対し書面で通知をします。この場合、出願者は、受理の拒絶が決定された日から2か月以内に、所定の費用を支払って、決定の理由を書面で開示することを求めることができます。
 
4 異議の申立手続
(1)異議の申立
 商標登録の出願の受理が公告された場合、当該商標の登録に異議がある者は異議の申立をすることができます。異議の申立は当該公告から2か月以内になされなければなりません。また、異議の申立に際しては、所定の費用の支払いのほか、出願者への異議申立書の写しの送付が必要となります。
(2)異議申立の理由
ア 登録所有者からの異議申立
 異議申立者が当該商標の登録所有者の場合、異議申立者、異議申立者の前任者、異議申立者の管理下または権限下にある者が以下の日より前から継続的に当該商標を使用していたことを理由に異議の申立をすることができます。

    1. 出願者、出願者の前任者、出願者の管理下または権限下にある者による当該商標が使用を開始した日
    2. 出願がなされた日

イ 主体を問わない異議申立 
 以下の理由による異議申立は、何人によってもすることができます。
  a. 2019年商標法(TRADEMARKS ACT 201923条(絶対的登録拒絶事由)および24条(相対的登録拒絶事由)に該当すること
  b. 出願者が当該商標の所有者ではないこと
  c-i. 当該商標がマレーシアにおける周知商標と同一であり、当該周知商標と同一ではなく類似もしていない商品またはサービスに登録されること 
  c-ii. 当該商標がマレーシアにおける周知商標と類似しており、当該周知商標と同一ではなく類似もしていない商品またはサービスに登録されること
 ただし、c-i., c-ii.を理由とする異議は、当該商標が当該商品またはサービスとの関係で用いられることにより(a) それらの商品またはサービスと当該周知商標の所有者との間のつながりを示すこととなり、(b) 公衆の一部に混乱の可能性が生じ、(c)周知商標の所有者の利益が損なわれる可能性が高い場合に限り申立をすることができます。
(3)異議申立手続の終結
 出願者および異議申立者に対し主張を提出する機会を与えた後、登録官は以下のいずれかについて決定をします。

    1. 登録を拒否するか否か
    2. 無条件に登録をするか否か
    3. どのような条件、修正、放棄事項または制限を付するか

 
5 登録
 出願が受理され、異議申立がなされないまま所定の期間が満了した場合または異議申立に対して出願者に有利な決定がされた場合、登録官は商標の登録を行います。登録は出願の日付でなされ、同日が登録日とみなされます。
 商標の登録に際し、登録官は出願者に対し印章を付した登録通知を発行します。2019年商標法においては、登録証明書は当然には発行されず、所定の料金の支払いとともに発行の申請がされた場合にのみ発行されます。
 
6 登録の更新
 商標登録の存続期間は登録日から10 年間であり、更新によりさらに10年間延長されます。
 商標登録の存続期間満了後であっても、満了日から6か月以内であれば 更新の申請をすることが認められています。商標登録の存続期間満了から6か月以内に更新が行われない場合には商標は削除されたものとみなされますが、削除から6か月以内であれば復元の申請を行うことができるものとされています。
 
 

識別性

第1 概論
2019年商標法において「商標」は「ある事業体の商品又はサービスを他の事業者のそれと区別することを可能とする画像として表現可能な標章」と定義されています。このことからも明らかなように、商標の役割は商標所有者と商品又はサービスとのつながりを示すことにより、商標所有者の商品又はサービスと他者の商品又はサービスとを区別することができるようにすることにあります。
そして、このような役割を果たすために必要となる、商標所有者と商品又はサービスとのつながりを示す力又は性質を「識別性」(distinctive)と呼びます。
この識別性には、当該商標が本来有する内在的な識別性(Inherently Distinctive)と使用の継続や環境等の外部的要因により獲得された事実上の識別性(Factually Distinctive)とがあるものとされています。
 
第2 定義
1 1976年商標法(旧商標法)
旧商標法10条は、
 

  1. 特別の又は独特な態様で表示される個人,会社又は企業の名称
  2. 登録出願人又はその者の事業の前主の署名
  3. 考案された語
  4. 商品又はサービスの性質又は品質に直接言及せず、かつその通常の意味に従えば地理的名称でも人の姓でもない語

 
の4つの類型以外の標章については、識別性を有することの証明がされない限り登録することができないものと定めていました。
 
2 2019年商標法
2019年商標法もまた、当該登録出願商標それ自体が識別性(際立った特徴、distinctive character)を有しないことを絶対的登録拒絶事由としたうえで、実際にその標章が使用された結果としてその標章が識別性を獲得した場合には登録拒否事由とはならないものとしています。
 そのうえで、「識別性」とは、登録の範囲内での使用に際して、当該商標が
 

  1. 商標の所有者とつながりがある又はつながりがありうるものとして、取引の過程において(他の)商品やサービスから 若しくは
  2. 商品又はサービスとの間にそのようなつながりがない場合又は商標が登録されているないし登録されようとしている場合、条件、修正、修正、制限を条件として、

 
商標所有者の商品又はサービスを区別させることができるものであること意味するものとしています。
 
第3 裁判例
 以下では、識別性の有無が問題となった裁判例を2つ紹介します。
1 TITAN (M) SDN BHD v. THE REGISTRAR OF TRADE MARKS ([2009] 7 CLJ)
(1)事案の概要
2000年5月、XY(商標登録官)に対して「SURE-Loc」という文字列を商標として登録申請しましたが、Yは当該商標は旧商標法10条が定める要件を満たしていないと判断しこれを認めなかったため、Xは裁判所に対し不服申立をしました。
 
(2)裁判所の判断
裁判所は、当該商標は旧商標法101項が定める上記(a)から(d)の類型にはあたらないと判断したうえで、以下の理由から当該商標は識別性を有しないと判示しました。
 
ア 描写的な言葉について
当該商標はXの商品を高度に描写するものであり、内在的な識別性を有しない。描写的な言葉は、一般の人々がその言葉を見たときにXの商品を連想するようになり、その言葉が副次的な意味を獲得したといえるようになるまでは識別性を有するとは認められない。
しかし、Xが提出した証拠は当該商標が付された商品の広告やその購入者への請求書だけであり、当該商標がそのような副次的な意味を獲得したことを示す十分な証拠が提出されたとは認められない。
 
イ シンガポールにおける商標登録について
Xは、シンガポールで商標登録したことにより当該商標は事実上の識別性を獲得したと主張する。
しかし、マレーシアにおける商標登録の可否はマレーシアの商標法に従って判断されるため、シンガポールにおいて商標登録がされているという事実は登録官を拘束するものではない。また、商標に対する保護はその性質上地域的なものであるため、Xが主張するような登録間の矛盾といった問題も生じない。
 
2 KOREA WALLPAPER SDN BHD v. PENDAFTAR CAP DAGANGAN ([2019] 8 CLJ)
(1)事案の概要
2012年6月、XY(商標登録官)に対して「KOREA wallpaper」という文字列を含む図案を商標として登録申請しましたが、Yは当該商標は旧商標法10条が定める要件を満たしていないと判断しこれを認めなかったため、Xは裁判所に対し不服申立をしました。
 
(2)裁判所の判断
裁判所は、当該商標は旧商標法101項が定める上記(a)から(d)の類型にはあたらないと判断したうえで、以下の理由から当該商標は識別性を有しないと判示しました。
 
ア 内在的な識別性について
図案が商品自体を説明するものではなく、商標所有者とその商品とを関連付けるために発明された珍しい標章である場合にのみ内在的な識別性が認められる。Xの商品は主に韓国で生産されマレーシアに輸入された壁紙であり、当該商標は商品の生産地を示し商品について説明するものに過ぎず内在的な識別性を有するとは認められない。
 
イ 事実上の識別性について
事実上の識別性が認められるためには、商標が付された商品が流通し民衆がそれを容易に認識できる状態で事業が長年にわたり継続されてきたことを信用できる証拠をもって証明する必要がある。しかし、X2009年にPrima Habitat Sdn.Bhd.という社名で設立され、20126月に社名をKorea Wallpaper Sdn.Bhd.と変更したばかりであった。Xが提出した証拠類は、一般の人々が当該商標とXの商品を結び付けていたことを証明するのに十分なものではなかった。また、独立した研究者による市場調査の結果や統計結果もない。したがって、事実上の識別性について証明があったとは認められない。
 

商標の使用

第1 はじめに
 2019年商標法は、取引の過程で商標を使用している又は使用するつもりである場合等に商標登録の申請をすることができる旨を定めています。また、商標所有者から許諾を受けることなく登録商標を使用することを、商標所有者に対する侵害行為として定めています。そのため、商標制度においては、商標の「使用」という言葉が示す範囲が重要となってきます。
 
第2 「使用」の意味
 1976年商標法(以下「旧商標法」)は、商標の「使用」について、
 (a) 商標の印刷その他視覚的表現による使用を意味するとしたうえで、
 (b) 商品との関係においては、商品そのものへの又は商品との物理的その他の関係における商標の使用をいうものとし,
 (c) サービスとの関係においては、サービスの有用性又は実績に関する説明又は説明の一部として商標を使用することをいうもの
と定めていました。
 
 これに対して2019年商標法は、商標の「使用」について、
 (a) 商標の印刷その他視覚的表現又は非視覚的表現の使用を意味するとしたうえで、
 (b) 商品との関係においては、商品そのものへの又は商品との物理的その他の関係における商標の使用をいうものとし,
 (c) サービスとの関係においては、サービスの有用性又は実績に関する説明又は説明の一部として商標を使用することをいうもの
と定めており、商標の「使用」には視覚的な表現のほかに聴覚的な表現のような非視覚的表現も含まれるものとされています。
 
 なお、(b)については、商標を商品やその梱包に表記して使用するほか、商品の広告において商標の使用すること等も「使用」に含まれるものと理解されています。
 
第3 「取引の過程」における使用
 商標の役割は、商標所有者と商品又はサービスとのつながりを示すことにより商標所有者の商品又はサービスと他者の商品又はサービスとを区別することができるようにすることにあります。そのため、商標は対象商品またはサービスの「取引の過程」において使用される必要があり、内部的に使用されているに過ぎないような場合には商標法上の「使用」として十分ではないと理解されています。
 この「取引の過程」には、商品やサービスが市場に流通し消費者に現実に提供される段階だけでなく、広告や取引の申出の段階も含まれるものと解釈されています。
 
第4 「商標として」の使用
 また、商標法上の「使用」と認められるためには、商標を構成する標識が「商標として」使用されていること、すなわち商標所有者と商品又はサービスとのつながりを示すためのものとして商標が使用されている必要があります。そのため、商標を構成する(しうる)標識を、純粋に商品又はサービスを説明するために使用している場合には商標法上の「使用」には当たらないものと理解されています。
 
第5 裁判例
 以下では、商標の「使用」の解釈が問題となった裁判例を紹介します。
1 Fabrique Ebel Societe Anonyme v. Sykt. Perniagaan Tukang Jam City Port & Ors ([1989] 1 CLJ)
(1)事案の概要
 Xは時計及びその部品について「EBEL」を商標として登録していました。Yは時計及びその部品の製造・販売事業を営んでいました。XYほか4名に対し、取引の過程においてXの登録商標「EBEL」を許可なく使用していることを理由として、差止命令と損害賠償を求めて裁判所へ申立をしました。
(2)裁判所の判断
 本裁判例で議論された争点は多岐にわたりますが、以下では取引の過程における商標の使用があったか否かという点についてのみ解説をします。
 本件訴訟が提起される前、1984228日にXの調査担当者がYの店舗を訪問しました。その際、店舗のショーウィンドウに「EBEL」ブランドのものと認識されうるデザインの時計は展示されていたものの、「EBEL」のブランド名が刻印された時計は展示されていませんでした。しかし、同店舗において「EBEL」のブランド名が刻印された時計を入手できる可能性があるとの申出を受けたため、Xの調査担当者が別の日に同店舗を訪れたところ、「EBEL」のブランド名が刻印された時計の見本を提供されました。
 裁判所は、宣誓供述書により証明された上記事実に基づき、Yが取引の過程において商標の使用をしたものと認定しました。
 Yとの関係では第三者に対し「EBEL」のブランド名が刻印された時計を販売したという事実が明示的に認定されたわけではなく、また、少なくとも調査の時点では「EBEL」のブランド名が刻印された時計はYの店舗のショーウィンドウには展示されていませんでした。それにもかかわらず、裁判所は取引の過程における商標の「使用」を認定しており、「取引の過程」における商標の使用の範囲を広く捉えていることが伺えます。
 
2 Heineken Asia Pacific Pte Ltd v. Super La Via Sdn Bhd ([2019] 9 CLJ)
(1)事案の概要
 Xはシンガポールにおいて設立された酒類等の製造・販売事業を行う会社で、「Bintang」の文字列を含む3つの商標(以下「Bintang Marks」)をマレーシアにおいて登録していました。Yはマレーシアにおいて設立された、ミニマーケット、倉庫保管施設、一般貿易事業を行う会社でした。20186月、Xは、Yに対し、Yが「Bintang Marks」と同一又は類似した商標を付したビールの輸入等を行っていることを理由として差止等を求める申立をしました。
 
(2)裁判所の判断
 裁判所は、Yの船積書類(コンテナの申請書、請求書、梱包リスト、その他申請書)からYはコンテナ5つ分のビールを出荷していたことを認めたうえで、同船積書類にはすべて「Bintang Beer」、「Bintang 16%」又は「Bintang Beer 16%」という記載が含まれていたことを理由として、Yが商標を「使用」していたことを認定しました。また、Yは自身は商品であるビールの所有者ではないと主張をしたものの、裁判所は、登録商標を侵害する商品が他者に帰属するとしても、他者をほう助するYの二次的な行為も商標の「取引の過程での使用」を構成すると認定し、Xの請求を認めました。
 この裁判例は判決理由の中で、「取引の過程での使用」という言葉は横行する海賊行為や偽造品の輸入を考慮して適切かつ合理的に解釈されていると判示しており、商標の「取引の過程での使用」という言葉の範囲を範囲を広く捉えていることが伺えます。
 
 
 

登録商標所有者の権利

 
第1 はじめに
登録商標所有者は、商標が登録されている商品又はサービスに関して、
 ・登録商標を使用する権利 及び
 ・他者に対して登録商標の使用を許可する権利
を独占的に有しています。
 また、登録商標は財産の1つであり、動産と同じように譲渡や担保権設定等の取引の対象とすることができるものとされています。
 その他に、登録商標所有者は、商標への侵害について救済を受ける権利を有します。商標の侵害については、次回以降に解説をいたします。
 
第2 商標の使用
前回解説をしたとおり、2019年商標法は、商標の使用とは 
 (a) 商標の印刷その他視覚的表現又は非視覚的表現の使用を意味するとしたうえで、
 (b) 商品との関係においては、商品そのものへの又は商品との物理的その他の関係における商標の使用をいうものとし、
 (c) サービスとの関係においては、サービスの有用性又は実績に関する説明若しくは説明の一部として商標を使用することをいうもの
と定めています。
 (b)については、商標を商品やその梱包に表記して使用するほか、商品の広告において商標を使用すること等も「使用」に含まれるものと理解されています。
 
 登録商標所有者は商標を使用する権利を独占的に有してはいますが、誠実な同時使用等の理由により同一又は類似の商標が同じ若しくは異なる商品又はサービスに関して複数の者により登録されている場合、各登録商標所有者は、商標登録に際して別途承認を受けているような場合を除き他の登録商標所有者がその商標を使用することを妨げる権利を有しません。
 
第3 登録商標の共同所有
 登録商標が2人以上の者に対し共同で付与されている場合、特段の合意がない限り、各共同所有者は登録商標について同等の分割されていない持分権を有するものとされています。各共同所有者は、特段の合意がない限り、他の共同所有者の同意を得ることなく登録商標を使用する権利を有します。
 ただし、共同所有者は、他の共同所有者の同意を得ずに以下の行為をすることはできないものとされています。
  ・登録商標を使用するためのライセンスを付与する 又は
  ・登録商標についての持分権を譲渡する又は持分権に担保権を設定する
 
第4 ライセンスの付与
1.ライセンスの種類
登録商標所有者は、他者に対して登録商標の使用を許可する権利、すなわちライセンスを付与する権利を有します。
ライセンスを付与する際には、以下の点について制限を設けることができます。
 ①商標を付すことのできる商品又はサービスの範囲
 ②商標の使用方法又は商標を使用できる地域
他方、2019年商標法は、ライセンスの付与に際して登録商標の使用権を独占的に与える排他的ライセンスについても定めを置いています。
排他的ライセンスと上記①②の制限を組み合わせ、制限された地域等の範囲内において独占的な登録商標の使用権を与えることも可能です。
 
2.ライセンス付与の方式
 ライセンスの付与は、書面により、ライセンサー(又はその代理人)によって署名された書面によらない限り、効力を有しないものとされています。
 
3.ライセンスの承継人
 登録商標を使用するためのライセンスは、ライセンス付与者の権利の承継人を拘束するものとされています。ただし、承継人が対価を支払いかつライセンスの存在について知らされず善意であった場合やライセンスに特段の定めがある場合を除きます。
 
4.サブライセンスの付与
ライセンスに特段の定めがある場合、ライセンシーによるサブライセンスの付与が可能となります。
 
第5 登録商標の譲渡
2019年商標法は、登録商標は動産と同じように譲渡することができるものとしています。事業の経営権の譲渡に伴って登録商標権を譲渡するほか、経営権とは独立して譲渡することも可能とされています。
また、登録商標の譲渡は部分的に行うことが可能とされており、商標の対象として登録されている商品又はサービスの一部への商標使用権等のみを譲渡をすることができるものとされています。
登録商標の譲渡は、譲渡人及び譲受人(又はその代理人)によって署名された書面によらない限り、効力を生じないものとされています。
 
第6 その他の取引等
1.登録の対象となる取引
2019年商標ガイドライン(Guidelines of Trademarks 2019)は、譲渡及びライセンスの付与以外の登録可能な取引として、以下の取引を定めています。
 ・登録商標に対する担保権の設定
 ・登録商標に関する個人財産管理人の同意
 ・登録商標の移転を命じる裁判所その他管轄機関の命令
 
2.登録手続
以下の者は、所定の手数料の支払とともに所定の書式により登録の申請をすることができ、登録官はその申請の承認時に取引の詳細が登録されるものとされています。
 ・取引により登録商標につき権利を与えられると主張する者 又は
 ・取引の影響を受けると主張するその他の者
 
3.登録の効果
取引を登録することにより、善意の第三者に対し取引の存在を対抗することができるようになります。他方、申請が登録官により承認され取引が登録されるまで、当該取引を知らずに登録商標について相反する利益を取得した者との関係において当該取引は効力を有しないものとして扱われます(ライセンスに関する取引を除く)。
 また、登録可能な取引により登録所有者となった者は、登録申請日以前に発生した登録商標の侵害について損害の賠償等を受ける権利を有しないものとされています。
 

登録商標の侵害

 
第1 商標の侵害
1.侵害行為
取引の過程において、登録商標所有者の同意なしに、登録された商品又はサービスと同一の商品又はサービスについて登録商標と同一の標識を使用することは、登録商標の侵害にあたるものとされています。
また、同様に、取引の過程において、登録商標所有者の同意なしに、登録された商品又はサービスと類似した商品又はサービスについて登録商標と同一の標識を使用し若しくは登録された商品又はサービスと同一又は類似した商品又はサービスについて登録商標と類似した標識を使用しており、結果として公衆の一部に混乱を生じさせる可能性がある場合にも、登録商標の侵害にあたるものとされています。
ここでいう標識(商標)の「使用」とは以下の行為を指すものされています。

  1. 標識を商品又はその梱包につけること
  2. 標識の下で販売のため商品を提供又は陳列すること
  3. 標識の下で商品を市場に出すこと
  4. 販売のために提供又は陳列するため若しくはそれらを市場に出すために標識の下で商品を在庫として保有すること
  5. 標識の下でサービスを提供又は供給すること
  6. 標識の下で商品を輸入又は輸出すること
  7. 請求書、カタログ、ビジネスレター、ビジネスペーパー、価格表その他の商用の書類(他の媒体における同様の書面を含む)に標識を使用すること
  8. 広告において標識を使用すること

 
 
2.侵害行為の例外
(1)侵害に当たらない行為
 1.に該当する場合であっても、以下の場合には、侵害行為を構成しないものとされています。
 

  1. 誠実な意図をもって、自分の名前又は自分の事業所の名前を使用した場合
  2. 誠実な意図をもって、事業の前任者の名前又は前任者の事業所の名前を使用した場合
  3. 誠実な意図をもって、以下の内容を表すために標識を使用した場合
    • ・商品又はサービスの種類、品質、量、用途、価値、地理的期限その他の特徴
    • ・商品の製造時期又はサービスの提供時期
  4. 産業又は商業上の事項に関する誠実な慣行に従い商品(付属品、予備の部品又はサービスを含む)の用途を示すために標識を使用した場合

 
 また、登録商標と同一又は類似した未登録商標を登録された商品又はサービスと同一又は類似した商品又はサービスについて使用したとしても、以下の日のうちいずれか早い日よりも前から、取引の過程において、継続的にその未登録商標をその商品又はサービスに使用していた場合には、侵害とは扱われないものとされています。

  • 登録商標の登録日
  • 登録商標所有者、その事業の前任者又は廃止された法律に基づき登録された使用者が最初にその商標を使用した日

 
(2)使用目的等による例外
  以下のような場合には、商標の使用は侵害を構成しないものとされています。

  1. 非営利目的での使用
  2. ニュース報道又は時事解説目的での使用
  3. 登録所有者又はそのライセンシーから明示又は黙示に同意された使用
  4. 実質的に同一と認められる2つ以上の登録商標のうちの1つを、本法が規定する登録によって生じる当該商標の使用の権利を行使して使用すること

 
 
第3 登録商標所有者がとりうる手段
1.民事訴訟
 登録商標所有者は、登録商標を侵害した者、現に侵害をしている者又は侵害を引き起こす可能性のある行為を行った者に対し訴訟を起こすことができます。この訴訟において、裁判所は、登録所有権者に対し、以下のような救済を与えることができます。

  1. 裁判所が適切であると考える条件を付した差止命令
  2. 損害賠償命令
  3. 利益返還命令
  4. 裁判所が適切であると判断した追加損害賠償命令

 
 また、登録商標所有者の暫定的差押の申立に応じて、裁判所は以下の命令をすることができます。

  • 侵害が疑われる商品、材料又は物品の差押・保管
  • 侵害に関連する証拠書類の提供

 
 加えて、裁判所は侵害者が保有、管理又は支配している商品、素材又は物品から登録商標を侵害している標識を消去、削除又は除去するよう命じること若しくはその消去、削除又は除去が合理的に実行可能ではない場合には当該商品、素材又は物品を破棄するよう命じることができるものとされています。
 
 2019年商標法は、マレーシアにおける商標登録日以前に生じた侵害については、上記救済は与えられないものとしています。そのため、商標登録日以前に生じた侵害については、判例法上認められてきた詐称通用に基づく救済を求めることになるものと思われます。詐称通用については、次回以降に解説をいたします。
 
2.行政上・刑事上の措置
(1)輸入禁止措置
登録商標所有者又は権限を与えられたライセンシーは、一定の時間及び場所において登録商標を侵害する商品が取引目的で輸入されることが予想される場合、商標登録官に対して輸入禁止措置の申請をすることができるものとされています。
この申請が認められた場合、裁判所が定めた期間中輸入された商品は留置され、申請者はこの間に民事訴訟を提起することとなります。
 
(2)調査の申立
 2019年商標法は、一定の登録商標の侵害について、罰則を定めています(一例として、登録所有者の同意を得ることなく、他者を欺罔する意図をもって登録商標と同一又は類似する標識を作成した場合、判決により、100万リンギッの罰金又は5年を超えない懲役若しくはその両方が科されるものとされています。)。
 そのため、登録商標所有者は、侵害者の処罰を求めて、国内取引・消費者省(Ministry of Domestic Trade and Consumer Affairs)に侵害の事実を申告することができます。
 

未登録商標の保護

 
 
第1 周知商標
ある商標が周知商標として認められる場合、その商標はマレーシアにおいて登録がされていなかったとしても一定の保護を受けることができます。
 
1.周知商標の定義
周知商標とは、マレーシアにおいて周知されており、以下の者に属する商標をいうものとされています。

  1. 協定国の国民
  2. 協定国に住所若しくは現実の工業上又は商業上の営業所を有する者

 
このうち、他の商標の登録申請日又は申請に関して主張されている優先日において周知商標に該当していた商標は、当該他の商標との関係において先行商標として扱われます。
 
2.差止請求
 周知商標の所有者は、以下の場合には、その周知商標と同一又は類似した商標の使用を差し止める権利を有するものとされています。

  1. 同一又は類似の商品又はサービスについて商標が使用され、その使用が混乱を引き起こす可能性が高い場合
  2. 何らかの商品又はサービスについて商標が使用され、その使用がそれらの商品又はサービスと周知商標の所有者とのつながりを示しており、周知商標の所有者の利益を害する可能性が高い場合

 
 もっとも、周知商標の所有者がマレーシアにおけるその商標の使用を5年以上にわたり黙認していた場合、原則としてこの差止請求権は行使できなくなることに注意が必要です。
 
3.登録の無効宣言
(1)周知商標と同一又は類似の商標がマレーシアにおいて登録されている場合、周知商標の所有者は一定の要件のもとその登録の無効宣言を裁判所に申し立てることができます。
 ただし、一定の例外事由がある場合を除き、登録日から5年が経過すると商標登録の有効性が確定しその有効性を争うことができなくなることには注意が必要です。
 
(2)先行商標に該当する周知商標と同一の商標が当該周知商標が使用されている商品又はサービスと同一の商品又はサービスについて商標登録されている場合、その登録により権利を侵害されていることを立証することで、周知商標の所有者はその登録の無効宣言を裁判所に求めることができます。
 
(3)a.先行商標に該当する周知商標と同一の商標が当該周知商標が使用されている商品又はサービスと類似の商品又はサービスについて商標登録されている場合及びb.先行商標に該当する周知商標と類似の商標が当該周知商標が使用されている商品又はサービスと同一又は類似の商品又はサービスについて商標登録されている場合、その登録により権利を侵害されていること及びその登録が公衆に混乱を生じさせる可能性があることを立証することで、周知商標の所有者はその登録の無効宣言を裁判所に求めることができます。
 
(4)周知商標と同一又は類似の商標が当該周知商標が使用されている商品又はサービスとは異なる(同一でなく類似もしていない)商品又はサービスについて商標登録されている場合、周知商標の所有者は以下の事実があることを立証しその登録の無効宣言を裁判所に求めることができます。

  1. 商品又はサービスについての登録商標の使用が、それらの商品又はサービスと周知商標の所有者とのつながりを示すものであること
  2. 登録商標の使用が公衆に混乱を生じさせる可能性があること
  3. 登録商標の使用により周知商標の所有者の利益が損なわれる可能性があること

 
第2 詐称通用
1.詐称通用とは自分の商品等を他人の商品と偽って通用させる行為をいいます。マレーシアを含む英米法系の国は、詐称通用により営業上の評価又はのれんを害されるおそれがある者に対して差止等の判例法上の救済を与えています。
 詐称通用に関する救済制度は他人が築き上げた評価又はのれんが盗用されることの阻止を目的としており商標の保護を直接の目的とするものではありませんが、要件・効果の面で商標侵害に関する救済制度と重なり合う部分があります。また、2019年商標法は、詐称通用にあたることを商標の登録拒絶事由として定めています(第13回をご参照ください)。
 
2.マレーシアにおける近時の裁判例の多くは、詐称通用を理由とする請求が認められるための要件として、以下の3つを要求しています。

  • ①請求者がマレーシア国内においてその標章が使用される事業について評価又はのれんを有していること
  • ②侵害者の行為により、公衆がその商品又はサービスを請求者の商品又はサービスであると混同又は誤認するおそれがあること
  • ③侵害者の行為が、請求者の評価又はのれんに損害を与える可能性があること

 
第3 防護商標制度の廃止
 商標登録は、その商標を使用する商品又はサービスを指定して登録するため、指定されていない商品又はサービスへの商標の使用については保護を受けられないのが原則です。
 1976年商標法は、登録商標所有者に対して、当該登録商標が周知性を獲得していることを条件として、自身が商標を使用していない又は使用を予定していない商品又はサービスについても防護商標登録という特殊な商標登録をして保護を受けることを認めていました。
 2019年商標法はこの制度を廃止していますが、「第1 周知商標」の「2.差止請求」b及び「3.登録の無効宣言」で述べたとおり、周知商標の所有者は自身が商標を使用していない商品又はサービスについても他者の商標の使用を制限することができます。
 

特殊な商標保護制度

 
第1 団体商標(Collective Marks
1.概要
 団体商標は、団体商標を所有する団体の構成員の商品又はサービスとそれ以外の者の商品又はサービスとを区別するために用いられる商標を意味します。ここでいう「団体」とは会社法以外の法律によって設立・登録された組織をいい、労働組合等が含まれます。
一定の要件のもと、地理的表示からなる標識を団体商標として登録することも認められています。
 
2.団体商標の登録要件
 団体商標の登録に際しては、通常の商標登録の要件に加え又はそれに代えて、以下の要件が要求されます。

  • 商標が登録を受けるためには第15回で解説をした「識別性」の要件が要求されますが、団体商標における「識別性」の要件は、団体商標の所有者である団体の構成員の商品又はサービスを団体構成員ではない事業者の商品又はサービスから区別できることと解釈されます。
  • 団体商標は、団体商標以外の何かと誤認されるおそれも含め、団体商標の性質又は意義について公衆に誤認を生じさせるものであってはなりません。登録官は登録申請がなされた団体商標について、団体商標であることの表示を含むよう要求することができます。
  • 「(3)登録手続」で解説する通り、登録申請に際して提出する団体商標の使用の管理に関する規則(以下「団体商標使用管理規則」と表記します。)が一定の要件を満たしていることが要求されます。

 
3.登録手続
 団体商標の登録申請に際しては、団体商標使用管理規則を作成・提出しなければなりません。団体商標使用管理規則は、以下の内容及び登録官が別途指示した事項を定めたものでなければならないとされています。

  1. 団体商標の使用を許可される者
  2. 団体の構成員の条件
  3. 団体商標の使用条件(条件を定める場合)
  4. 団体商標の誤った使用に対する懲罰(懲罰を定める場合)

 
 また、団体商標使用管理規則が以下の内容を含む場合には、登録の拒絶事由となります。

  1. 公衆の利益又は道徳に反する内容
  2. 中傷的又は攻撃的な内容
  3. 国家安全保障を害する内容

 
第2 証明商標(Certification Marks
1.概要
 証明商標は、それが使用されている商品又はサービスが原産地、材料、商品の製造方法、サービスのパフォーマンス、品質、正確性又はその他の特性について、商標所有者が証明をしていることを示す標識です。
 商品又はサービスの出所を表示するために用いられる通常の商標と異なり、証明商標は商品又はサービスが一定の特性を持っていることを表示するために用いられます。証明商標の所有者は、第三者に対し基準を満たす商品又はサービスへの証明商標の使用を許可する権限を有しますが、証明商標の対象となる商品又はサービスを自ら取り扱うことはできません。
また、一定の要件のもと、地理的表示からなる標識を証明商標として登録することも認められています。
 
2.証明商標の登録要件
 証明商標の登録に際しては、通常の商標登録の要件に加え又はそれに代えて、以下の要件が要求されます。

  • 商標が登録を受けるためには第15回で解説をした「識別性」の要件が要求されますが、証明商標における「識別性」の要件は、認証された商品又はサービスをそうでない商品又はサービスから識別できることと解釈されます。
  • 証明商標は、証明商標以外の何かと誤認されるおそれも含め、証明商標の性質又は意義について公衆に誤認を生じさせるものであってはなりません。登録官は登録申請がなされた証明商標について、証明商標であることの表示を含むよう要求することができます。
  • 証明商標が用いられる商品又はサービスを認証する能力を申請者が有していることが必要となります。
  • 証明商標の所有者が認証をする商品又はサービスを提供する事業を行うことは認められていません。
  • 「(3)登録手続」で解説する通り、登録申請に際して提出する証明商標の使用の管理に関する規則(以下「証明商標使用管理規則」と表記します。)が一定の要件を満たしていることが要求されます。

 
3.登録手続
 証明商標の登録申請に際しては、証明商標使用管理規則を作成・提出しなければなりません。証明商標使用管理規則は、以下の内容及び登録官が別途指示した事項を定めたものでなければならないとされています。

  1. 証明商標の使用を許可される者
  2. 証明商標によって証明される特性
  3. 所有者がこれらの特性を検証する方法
  4. 所有者が商標所有者の使用を監督する方法
  5. 所有者と許可された使用者との間の紛争を解決するための手続

 
 また、証明商標使用管理規則が以下の内容を含む場合には、登録の拒絶事由となります。

  1. 公衆の利益又は道徳に反する内容
  2. 中傷的又は攻撃的な内容
  3. 国家安全保障を害する内容

 
第3 防護商標制度の廃止
 旧商標法(1976年商標法)は、登録商標所有者に対して、当該登録商標が周知性を獲得していることを条件として、自身が商標を使用していない又は使用を予定していない商品又はサービスについても防護商標登録という特殊な商標登録をして保護を受けることを認めていましたが、現行商標法(2019年商標法)はこの制度を廃止しています。
 そのため、前回(第19回)解説をした周知商標の保護制度を利用して商標の保護をはかることとなります。
 

マドリッド協定議定書に基づく国際登録

 
第1 概要
 商標の保護を受けるための手続はそれぞれの国ごとに行うことが原則ですが、複数の国における手続を一括で行えるようにすることを目的としてマドリッド協定議定書(標章の国際登録に関するマドリッド協定の1989627日にマドリッドで採択された議定書、Protocol Relating to the Madrid Agreement Concerning the International Registration of Marks Adopted at Madrid on June 27, 1989)が採択されています。
 マレーシア政府もマドリッド協定議定書を批准しており、20191227日よりマレーシアを指定対象に含む国際登録の申請が可能となっています。
 
第2 登録手続
1.登録手続全体の流れ
 マドリッド協定議定書が定める制度(マドリッド制度)を利用する場合、出願人が本国官庁に対し国際登録の出願をし、本国官庁から送付を受けたWIPO(世界知的所有権機関、World Intellectual Property Organization)国際事務局が方式審査をしたうえで国際登録出願において領域指定された国の担当官庁に通知をし、各国の担当官庁が当該商標に保護を与えるか否か及び保護を与える範囲について実体審査をするという手続の流れになります。
 
2.本国官庁への出願
 本国官庁に国際登録出願書を提出します。国際登録の出願に際して使用できる言語は、英語、フランス語又はスペイン語のうち本国官庁が指定した言語であり、日本の特許庁を本国官庁とする場合には英語を使用することとなります。
なお、国際登録の出願の前提として、本国において当該商標の登録(以下「基礎登録」)があること又は当該商標の登録の出願(以下「基礎出願」)をしていることが必要となります。
 
3.WIPO国際事務局による方式審査
 本国官庁から国際登録出願書の送付を受けたWIPO国際事務局は方式審査をした後、国際登録簿に商標を国際登録します。WIPO国際事務局は国際登録がなされた旨の公報を発行し、領域指定された国の担当官庁に通知をします。
 
4.各国の担当官庁による実体審査
 WIPO国際事務局から通知を受けた各国の担当官庁は、各国の法令に従い実体審査を行い、国際登録された商標に各国内での保護を与えるか否かを決定します。
 WIPO国際事務局から通知を受けてから1年(国により18か月)経過後は保護を拒絶する旨の返答をすることができないものとされているため、各国の担当官庁は同期間内に判断をする必要があります。もっとも、以下の条件のもと、異議申立の結果として18か月間の期間経過後に拒絶の返答をすることを認める制度を採用することができるものとされています。マレーシアもこの制度を採用しています。

  • ①18か月の期間の経過後に異議申立がされる可能性のあることを当該期間の満了前にWIPOに通知すること
  • ②異議申立に基づく拒絶の返答を異議申立期間の満了の時から1か月以内、かつ、いかなる場合においても、当該異議申立期間の開始日から7か月以内に行うこと

 
第3 マドリッド制度を利用するメリット・デメリット
1.メリット
(1)手続の簡便さ
 1つの出願手続で複数の国における商標の保護を申請できるため、手続が簡便であるというメリットがあります。また、使用する言語も英語、フランス語又はスペイン語のいずれか1つで済むこと点でも、煩雑さを免れることができます。
(2)管理の容易性
 商標の保護を要する国が全てマドリッド協定議定書の批准国である場合には、国際登録簿を通じて商標を一元管理することができます。また、商標の保護を求める国を新しく増やす場合も、領域指定の対象国を事後的に指定することで同国での商標申請に代えることができます。
(3)コストの削減
 英語、フランス語又はスペイン語のいずれか1つの言語で準備を進められるため各国言語への翻訳をする必要がなく、費用・時間が削減できます。また、各国での実体審査が滞りなく進む場合にはそれぞれの国で代理人を雇う必要もなく、その点でも費用が削減できます。
 
2.デメリット
(1)領域指定の対象国
 マドリッド協定議定書(又はマドリッド協定)を批准していない国については、マドリッド制度を利用した国際登録出願において領域指定をすることができません。そのため、商標の保護を求める国の中に批准をしていない国が多く含まれるような場合には、商標の一元管理ができずかえって商標の管理が煩瑣になることがあります。
 
(2)名義人、商標及び対象の同一性
 マドリッド制度を利用して国際登録の出願をする場合、出願名義人が基礎出願又は基礎登録の名義人と完全に同一でなければなりません。そのため、商標登録の名義人を各国の子会社にする等して国ごとに使い分けることはできなくなります。
 また、出願に用いる商標は基礎出願又は基礎登録と同一のものでなければならないものとされています。そのため、基礎登録の対象となっている日本語で構成された商標をアルファベット表記にして国際登録出願の対象としようとする場合、別途アルファベット表記での基礎登録が必要となります。
 出願する商品・サービスも基礎出願又は基礎登録と同一又はその範囲内でなければならないため、基礎出願又は基礎登録において対象とする商品又はサービスを広くとる必要が生じることがあります。なお、各国の担当官庁が出願された商品又はサービスの一部についてのみ保護を認めることが可能であるため、その結果として国ごとに保護を受けられる商品又はサービスの範囲に差が生じる可能性があります。
 
(3)セントラルアタックの危険性
 「第4 セントラルアタック」をご参照ください。
 
第4 セントラルアタック
 国際登録はその登録がされてから5年経過後は基礎登録又は基礎出願から独立した登録になるものとされています。他方、それまでの間は基礎登録又は基礎出願に従属し、基礎登録が取り消され又は基礎出願の拒絶が確定した場合には国際登録は取り消され、領域指定をした各国の保護も受けることができなくなるものとされています(セントラルアタック)。
もっとも、当該国際登録の名義人であった者が領域指定されていた国の担当官庁に対し同一の商標ついて登録の出願をしたときは、一定の要件を満たすことを条件に、出願日等の点で優遇を受けることができるものとされています(トランスフォーメーション)。
 

パリ条約

 
1.はじめに
 工業所有権の保護に関するパリ条約(Convention de Paris pour la protection de la propriété industrielle)は、1883年に商標権や特許権等の工業所有権の保護を目的として作成された条約です。同条約は、内国民待遇の原則、優先権制度、商標保護独立の原則、周知商標の保護等について定めています。マレーシアも、1989年に同条約を批准しています。
 なお、協定国以外の国の国民であっても、協定国内に住所又は現実かつ真正の営業所を有する場合には協定国の国民とみなされます。
 
2.内国民待遇の原則
 同条約2条は、商標を含む工業所有権について、各協定国は内国民に与えている保護と同様の保護を他の協定国の国民に対して与えなければならず、自国内に住所又は営業所を有することを保護の条件としてはならないと定めています。
 この規定により、各協定国は、自国内に事業所等を有するか否かに拘わらず、他の協定国の国民に対し内国民と同様の保護を与えなければならないこととなります。
 なお、マレーシアの2019年商標法は「何人も」(any person)も商標登録の申請ができるものとしているため、この点では同条約が要請する範囲よりも広い範囲で保護を与えていると評価することができます。
 

    • パリ条約 第2条
    • (1)各協定国の国民は、工業所有権の保護に関し、この条約で特に定める権利を害されることなく、他の全ての協定国において、当該他の協定国の法令が内国民に対し現在与えており又は将来与えることがある利益を享受する。すなわち、協定国の国民は、各協定国の内国民に課される条件及び手続に従う限り、内国民と同一の保護を受け、かつ、自己の権利の侵害に対し内国民と同一の法律上の救済を与えられる。
    • (2)もっとも、各協定国の国民が工業所有権を亨有するためには、保護が請求される国に住所又は営業所を有することが条件とされることはない。
    • (3)司法上及び行政上の手続並びに裁判管轄権については、並びに工業所有権に関する法令上必要とされる住所の選定又は代理人の選任については、各協定国の法令の定めるところによる。

 
3.優先権制度
 同条約4条は、協定国のうちいずれかにおいて商標を含む工業所有権について正規に出願をした者は、最初の出願から一定期間(商標の場合には6か月)、他の協定国において同一の工業所有権について出願をする際に優先権を主張することができるものとされています。
 同条約を受けて、2019年商標法26条は、他の協定国における最初の出願の日から6か月の間はその出願者に対し優先権を付与するものとし、同期間内にマレーシアにおいて出願された商標登録の可否は最初の出願後マレーシアにおいて出願がされるまでの間になされた(他者による)商標の使用行為によって影響を受けないものと定めています。
 もっとも、先行商標の調査に関連する場合を除き、出願日(登録日)は、他の協定国における最初の出願日ではなく、マレーシアにおいて実際に出願がされた日である点には注意が必要です。

  •  
    • パリ条約 第4条(抜粋)
    • A
    • (1)いずれかの協定国において正規に特許出願若しくは実用新案、意匠若しくは商標の登録出願をした者又はその承継人は、他の協定国において出願することに関し、以下に定める期間中優先権を有する。
    • (2)各協定国の国内法令又は協定国の間で締結された二国間若しくは多数国間の条約により正規の国内出願とされるすべての出願は、優先権を生じさせるものと認められる。
    • (3)正規の国内出願とは、結果のいかんを問わず、当該国に出願をした日付を確定するために十分なすべての出願をいう。
  •  
    • B
    • すなわち、A(1)に規定する期間の満了前に他の協定国においてされた後の出願は、その間に行われた行為、例えば、他の出願、当該発明の公表又は実施、当該意匠に係る物品の販売、当該商標の使用等によって不利な取扱いを受けないものとし、また、これらの行為は、第三者のいかなる権利又は使用の権能をも生じさせない。優先権の基礎となる最初の出願の日前に第三者が取得した権利に関しては、各協定国の国内法令の定めるところによる。

 

    • C
    • (1)A(1)に規定する優先期間は、特許及び実用新案については十二か月、意匠及び商標については六か月とする。
    • (2)優先期間は、最初の出願の日から開始する。出願の日は、期間に算入しない。
    • (3)優先期間は、その末日が保護の請求される国において法定の休日又は所轄庁が出願を受理するために開いていない日に当たるときは、その日の後の最初の就業日まで延長される。
    • (4)(2)にいう最初の出願と同一の対象について同一の協定国においてされた後の出願は、先の出願が、公衆の閲覧に付されないで、かつ、いかなる権利をも存続させないで、後の出願の日までに取り下げられ、放棄され又は拒絶の処分を受けたこと、及びその先の出願がまだ優先権の主張の基礎とされていないことを条件として、最初の出願とみなされ、その出願の日は、優先期間の初日とされる。この場合において、先の出願は、優先権の主張の基礎とすることができない。
  •  

 
4.商標保護独立の原則
 同条約63項は、各協定国において正規に登録された商標は他の協定国における商標登録(出願者の本国における登録を含む)から独立したものとして扱われる旨を定めています。
 そのため、ある協定国において商標登録が取消等を受けた場合であっても、他の協定国においてなされた商標登録は存続することとなります。
 もっとも、各国において個別に出願をせずに、マドリッド制度(第21回をご参照ください)を通じて保護を受けている場合には、基礎登録の取消等により各国での保護も失われる点には注意が必要です。
 

    • パリ条約 第6
    • (1)商標の登録出願及び登録の条件は、各協定国において国内法令で定める。
    • (2)もつとも、協定国の国民がいずれかの協定国において登録出願をした商標については、本国において登録出願、登録又は存続期間の更新がされていないことを理由として登録が拒絶され又は無効とされることはない。
    • (3)いずれかの協定国において正規に登録された商標は、他の協定国(本国を含む)において登録された商標から独立したものとする。
  •  

5.周知商標の保護
 また、同条約6条の2は、協定国に対し周知商標(同条約によって利益を受ける者に帰属する商標としてその協定国内において広く認識されている商標)を保護することを求めています。マレーシアにおける周知商標の保護制度については、第19回
をご参照ください。
 

【マレーシアの法務関連情報 2018】

1. EPFは2018年1月から、55~60歳の加入者が積立金範囲内で随時希望する金額を給付できるようになる。
これまで30日毎RM2,000まで支給可能であったが、当該上限を撤廃することとなる、また、最低支給額が30日毎RM250であったが、RM100に引き下げられる。
EPFによると、2017年9月30日時点で、EPF口座の保有者数は1780万人であり、うち1370万人が積立金を保持しているものの、それ以外の者の積立金はゼロである。
 
2.マレーシアでは、イスラム教徒による婚前交渉や不倫関係が発覚した場合、シャーリア(イスラム法)に基づき処罰される。
 
3.マレーシアの中央銀行バンク・ネガラ(BNM)は2017年12月14日、仮想通貨の取引を仲介する業者に取引の報告を義務付ける方針で、資金洗浄・テロ資金防止法の報告義務化条項の適用を提案した。
BNMは仮想通貨を合法通貨と認めておらず、仮想通貨取引は金融機関に関連する風葬解決制度の適用を受けることができない。
 
4.人的資源省は2017年12月20日に発表したアナウンスにおいて、2018年1月1日から外国人労働者を雇用する際にかかる課徴金である人頭税の支払いを雇用主がしはらうことを義務化する旨発表した。人頭税の支払いは外国人労働者を新規雇用する際や労働許可証(PLKS)の更新の際に必要となる。人頭税の金額はマレーシア半島では製造、建設、サービスセクターがRM1,850、農園、農業セクターがRM640、家政婦がRM410から590となっている。サバ、サラワク州では別途規定されている。
 

【2017年に成立したマレーシアの法律】

1. 基本法
Publication Date  Legislation

  • 16-01-2017   Finance Act 2017 (Act 785)
  • 16-01-2017   Asian Infrastructure Investment Bank Act 2017 (Act 786)
  • 10-02-2017   Offences Relating to Awards Act 2017 (Act 787)
  • 27-02-2017   Civil Aviation Authority of Malaysia Act 2017 (Act 788)
  • 01-06-2017   Self-Employment Social Security Act 2017 (Act 789)
  • 21-06-2017   Courts (Modes of Commencement of Civil Actions) Act 2017 (Act 790)
  • 21-06-2017   Tourism Tax Act 2017 (Act 791)
  • 07-07-2017   Sexual Offences Against Children Act 2017 (Act 792)
  • 16-10-2017   Padi Cultivators (Control of Rent and Security of Tenure) Act 1967– revised- 2017 (Act 793)
  • 16-10-2017   Married Women and Children (Enforcement of Maintenance) Act 1968 – revised – 2017 (Act 794)
  • 17-10-2017   Access to Biological Resources And Benefit Sharing Act 2017 (Act 795)
  • 15-11-2017   Employment (Restriction) Act 1968 – revised – 2017 (Act 796)
  • 15-11-2017   Sabah Ports Authority (Consequential Provisions) Act 1968 – revised – 2017 (Act 797)
  • 15-11-2017   Local Authorities (Conditions of Service) Act 1964 – revised – 2017 (Act 798)
  • 28-11-2017   Malaysian Border Security Agency Act 2017 (Act 799)
  • 28-12-2017   Employment Insurance System Act 2017 (Act 800)
  • 29-12-2017   Finance (No. 2) Act 2017 (Act 801)

 
 
2. 修正法
Federal Amendment Act
Publication Date   Legislation

  • 16-01-2017   Town and Country Planning (Amendment) Act 2017 (Act A1522)
  • 16-01-2017   Administration of Islamic Law (Federal Territories) (Amendment) Act 2017 (Act A1523)
  • 26-01-2017   Births and Deaths Registration (Amendment) Act 2017 (Act A1524)
  • 26-01-2017   Emblems and Names (Prevention of Improper Use) (Amendment) Act 2017 (Act A1525)
  • 27-02-2017   Civil Aviation (Amendment) Act 2017 (Act A1526)
  • 28-02-2017   Evidence (Amendment) Act 2017 (Act A1527)
  • 27-03-2017   Advocates Ordinance (Sabah) (Amendment) Act 2017 (Act A1528)
  • 18-05-2017   Supplementary Supply (2016) (Act A1529)
  • 18-05-2017   Weights and Measures (Amendment) Act 2017 (Act A1530)
  • 18-05-2017   Judges’ Remuneration (Amendment) Act (Act A1531)
  • 18-05-2017   Labuan Business Activity Tax (Amendment) Act 2017 (Act A1532)
  • 18-05-2017   Consumer Protection (Amendment) Act 2017 (Act A1533)
  • 18-05-2017   Bankruptcy (Amendment) Act 2017 (Act A1534)
  • 02-06-2017   Private Higher Educational Institutions (Amendment) Act 2017 (Act A1535)
  • 02-06-2017   Penal Code (Amendment) Act 2017 (Act A1536)
  • 21-06-2017   Strategic Trade (Amendment) Act 2017 (Act A1537)
  • 21-09-2017   Domestic Violence (Amendment) Act 2017 (Act A1538)
  • 03-10-2017   Securities Commission Malaysia (Amendment) Act 2017 (Act A1539)
  • 03-10-2017   Lembaga Kemajuan Terengganu Tengah (Amendment) Act 2017 (Act A1540)
  • 03-10-2017   Lembaga Kemajuan Wilayah Kedah (Amendment) Act 2017 (Act A1541)
  • 03-10-2017   Lembaga Kemajuan Johor Tenggara (Amendment) Act 2017 (Act A1542)
  • 03-10-2017   Lembaga Kemajuan Kelantan Selatan (Amendment) Act 2017 (Act A1543)
  • 17-10-2017   Price Control and Anti-Profiteering (Amendment) Act 2017 (Act A1544)
  • 17-10-2017   Trade Descriptions (Amendment) Act 2017 (Act A1545)
  • 17-10-2017   Law Reform (Marriage and Divorce) (Amendment) Act 2017 (Act 1546)
  • 17-10-2017   Tabung Angkatan Tentera (Amendment) Act 2017 (Act A1547)
  • 17-10-2017   Legal Aid (Amendment) Act 2017 (Act A1548)
  • 17-10-2017   Prevention of Crime (Amendment) Act 2017 (Act A1549)
  • 17-10-2017   Valuers, Appraisers and Estate Agents (Amendment) Act 2017 (Act A1550)
  • 30-11-2017   Land Public Transport (Amendment) Act 2017 (Act A1552)
  • 30-11-2017   Commercial Vehicles Licensing Board (Amendment) Act 2017 (Act A1553)
  • 30-11-2017   Private Employment Agencies (Amendment) Act 2017 (Act A1554)
  • 29-12-2017   Labuan Business Activity Tax (Amendment) (No. 2) Act 2017 (Act A1555)
  • 29-12-2017   Income Tax (Amendment) Act 2017 (Act A1556)
  • 29-12-2017   Supply Act 2018 (Act A1557)
  • 29-12-2017   Dangerous Drugs (Amendment) Act 2017 (Act A1558)

【2016年に成立したマレーシアの法律】

1. 基本法
Publication Date  Legislation

  • 18-02-2016   Allied Health Professions 2016 (Act 774)
  • 10-03-2016   Traditional and Complementary Medicine Act 2016 (Act 775)
  • 07-06-2016   National Security Council Act 2016 (Act 776)
  • 15-09-2016   Companies Act 2016 (Act 777)
  • 15-09-2016   Interest Schemes Act 2016 (Act 778)
  • 15-09-2016   Legislature of Sarawak (Application of Monies Borrowed from the Federation) Act 1968 – revised – 2016 (Act 779)
  • 15-09-2016   BERNAMA Act 1967 – revised - 2016 (Act 780)
  • 15-09-2016   Redemptorist Fathers (Incorporation) Act 1962 – revised – 2016 (Act 781)
  • 30-09-2016   Forest Research Institute Malaysia Act 2016 (Act 782)
  • 17-11-2016   Statutory Declarations Act 1960 (Act 783)
  • 17-11-2016   Scouts Association of Malaysia (Incorporation) Act 1968 (Act 784)

 
 
2.修正法
Publication Date   Legislation

  • 18-02-2016   Employees Provident Fund (Amendment) Act 2016 (Act A1504)
  • 07-03-2016   Malaysia Deposit Insurance Corporation (Amendment) Act 2016 (Act A1505)
  • 07-03-2016   Tabung Angkatan Tentera (Amendment) Act 2016 (Act A1506)
  • 26-05-2016   Supplementary Supply (2015) Act 2016 (Act A1507)
  • 26-05-2016   Employees Social Security (Amendment) Act 2016 (Act A1508)
  • 09-06-2016   Legal Profession (Amendment) Act 2016 (Act A1509)
  • 14-07-2016   Dangerous Drugs (Special Preventive Measures) (Amendment) Act 2016 (Act A1510)
  • 25-07-2016   Child (Amendment) Act 2016 (Act A1511)
  • 08-08-2016   Road Transport (Amendment) Act 2016 (Act A1512)
  • 08-08-2016   Civil Defence (Amendment) Act 2016 (Act A1513)
  • 17-08-2016   National Anti-Drugs Agency (Amendment) Act 2016 (Act A1514) 
  • 09-09-2016   Gas Supply (Amendment) Act 2016 (Act A1515)
  • 09-09-2016   National Land Code (Amendment) Act 2016 (Act A1516)
  • 09-09-2016   Land Acquisition (Amendment) Act 2016 (Act A1517)
  • 09-09-2016   Strata Titles (Amendment) Act 2016 (Act A1518)
  • 15-12-2016   Merchant Shipping Ordinance (Amendment) Act 2016 (Act A1519)
  • 22-12-2016   Supply Act 2017 (Act A1520)
  • 23-12-2016   Criminal Procedure Code (Amendment) Act 2016 (Act A1521)

【2016年~2017年に成立した主要な下位法令】

Federal Rules, Regulations, Orders and By-Laws 2016 - 2017
 
Publication No.     Federal Rules, Regulations, Orders and By-Laws

  • P.U.(A) 357/2016   Income Tax (Country-By-Country Reporting) Rules 2016
  • P.U.(A) 355/2016   Income Tax (Automatic Exchange of Financial Account Information) Rules 2016
  • P.U.(A) 346/2016   Income Tax (Exemption) (No. 12) Order 2016
  • P.U.(A) 345/2016   Income Tax (Exemption) (No. 11) Order 2016
  • P.U.(A) 337/2016   Mineral Development (Licensing) Regulations 2016
  • P.U.(A) 239/2016   Customs (Anti-Dumping Duties) (Administrative Review) Order 2016
  • P.U.(A) 236/2016   Communications and Multimedia (Numbering) Regulations 2016
  • P.U.(A) 126/2016   Capital Markets and Services (Prescription of Securities and Islamic Securities) (Investment Note and Islamic Investment Note) Order 2016
  • P.U.(A) 100/2016   Malaysian Aviation Commission (Aviation Services Charges) Regulations 2016
  • P.U.(A) 97/2016   Civil Aviation Regulations 2016
  • P.U.(A) 46/2016   Passports (Visa to Tourist From the People’s Republic of China) (Exemption) Order 2016
  • P.U.(A) 38/2016   Road Transport (Motor Vehicle Road Charge) Order 2016
  • P.U.(A) 295/2017   Trade Descriptions (Marketing of Safety Glass for Motor Vehicles) Order 2017
  • P.U.(A) 122/2017   Customs (Definitive Safeguard Duties) Order 2017
  • P.U.(A) 103/2017   Customs (Prohibition on Imports) Order 2017
  • P.U.(A) 102/2017   Customs (Prohibition on Exports) Order 2017
  • P.U.(A) 92/2017   Excise Duties Order 2017
  • P.U.(A) 37/2016   Companies Regulations 2017
  • P.U.(A) 36/2017   Interest Schemes Regulations 2017
  • P.U.(A) 5/2017   Customs Duties Order 2017

【マレーシアの競争法】

1.はじめに
 マレーシアの競争法は、2010年5月に成立し、2012年1月に施行された。
 
2.競争委員会
 マレーシアの競争法の執行機関は、競争委員会(以下「委員会」という)である。委員会は、「競争委員会法2010」(以下「競争委員会法」という)に基づいて2011年4月に組織された。委員会は、1名の委員長、4名の委員(政府代表者。そのうち1名は国内取引・消費者行政省の代表)及び3名以上5名以下の委員(学識経験者や産業界の代表)で構成される。委員長及び委員は、国内取引・消費者行政大臣の推薦に基づき首相が指名する(競争委員会法第5条)。任期は原則として3年(同法第9条)。首相は、書面による理由を付して、委員長及び委員の任命を無効にすることができる(同法第11条)。
 委員会の職務及び権限は、競争法の執行をすること、行政官庁に対して競争に関する助言を行うこと、ガイドラインを制定すること、競争法の改正について検討し国内取引・消費者行政大臣に勧告することなどである(同法第16条、第17条)。委員会は、職務及び権限の遂行について、国内取引・消費者行政大臣に対して責任を負う(同法第18条)。国内取引・消費者行政大臣は、委員会に対し、国内外の官庁又は国際組織等との協力等について指示することができる(同法第39条)。
 
3.競争法による規制の概要
(1) 反競争的な合意(カルテル)
 競争を実質的に妨げ、制限し又は歪める目的又は効果を有する水平的合意及び垂直的合意は禁止される(競争法第4条)。以下を目的とする水平的協定は、これに該当するとみなされる。
ア 直接又は間接に、購入価格若しくは販売価格又はその他の取引条件を固定すること。
イ 市場又は供給元の分割。
ウ 生産、市場への販売経路若しくは市場アクセス、技術開発若しくは投資を制限し又は支配すること。
エ 入札談合行為を行うこと。 ただし、反競争的な合意があっても、当該合意によって直接的にもたらされる技術上、効率上又は社会的な便益が大きく、それらが当該合意によってしか合理的に達成できず、競争制限による弊害がその便益に見合うものであり、当該合意が競争の消滅をもたらすものでない場合は、責任が免除される(同法第5条)。委員会はこれらに該当する合意について、命令で個別的適用除外又は一括適用除外を定めることができる(同法第6条及び第8条)。
(2) 支配的地位の濫用(競争法第10条)
 単独又は共同で支配的地位を濫用することは禁止されている。具体例として、(ア)直接的若しくは間接的に不公正な購入、販売価格又は取引条件を取引相手に課すこと、(イ)生産量や市場参入、技術開発、投資の制限により消費者を害すること、(ウ)特定の者に対して供給を拒絶すること、(エ)同等の取引に対して、競争を制限する形で異なる条件を適用すること、(オ)契約の主要部分と関係のない追加的な条件の受諾を契約の条件とすること、(カ)競争相手に対する略奪的行為、(キ)正当な理由なく、希少資源又は希少な中間財を買い占めることが挙げられている。
 なお、支配的地位にある者が正当な商業的理由を持って行う行為や競争者への対抗上行う合理的な商行為は禁止されない。
 また、支配的地位に係るシェア要件はない。
(3) 企業結合規制
 企業結合規制に関する規定は存在しない。したがって、M&Aにおいて競争法が問題となる可能性は低い。
(4) 市場調査
 競争委員会は、自ら又は国内取引・消費者行政大臣の要請に基づいて、市場の特徴(市場構造、商慣行等)が競争にもたらす影響について調査し、調査結果及び提言を記載した報告書を公表することができる(競争法第11条及び第12条)。
(5) 審査手続
ア 委員会は、事業者若しくは個人が競争法に違反する行為をしていると考えるとき、又は申立てがなされたときは、国内取引・消費者行政大臣の指揮の下で審査を行うことができる(競争法第14条及び第15条)。
イ 審査を行う委員会職員は、刑事訴訟法に基づき、警察官が有するすべての権限を有する(同法第17条第2項)。
ウ 委員会は、書面により、事情に精通していると思われる者に対し、情報又は文書の提供を求めることができる(同法第18条)。
エ 委員会は、必要と考える期間、審査に必要な文書を取得し、これを留置することができる。当該文書を提供した者は、委員会が認証した当該文書の謄本を受領する権利を有し、当該謄本は、原本と同様に証拠能力を有する(同法第19条)。
オ 委員会から指定を受けた者は、委員会が当該者の保有する記録、帳簿、会計記録その他委員会の職務又は権限を遂行するために必要な記録等を閲覧することに同意しなければならない(同法第20条)。
カ 何人も、本法に基づいて得た特定の事業者又は個人に関する秘密情報を開示又は利用してはならない。ただし、次に掲げる事由のいずれかに該当する場合は、この限りでない(同法第21条)。
(ア) 当該開示が、情報を入手した者の同意を得て行われる場合
(イ) 当該開示が、委員会の職務又は権限の遂行に必要である場合
(ウ) 当該開示が、委員会又は競争不服審判所の命令に反しない場合で、合理的に行われる場合
(エ) 当該開示が、違反行為に関する審査活動について行われる場合
(オ) 当該開示が、他国の競争当局の求めに応じて、委員会の権限によって情報提供が行われる場合
 ここでいう「秘密情報」とは、経済的価値があり、一般的に他者による認知及び利用が不可能で、あらゆる個人に属する商取引、事業又は産業に係る情報をいう(同条)。
キ 何人も、職業上の法律助言者とその顧客との間で交わされた連絡については、開示又は提供を要求されない(同法第22条)。
ク 裁判官は、必要と認める場合には、委員会職員に対し、強制的に建物等への立入りを行う権限を与える令状を発することができる。立入りを行う委員会職員は、敷地内におけるいかなる個人に対しても捜索を行うことができ、必要な物品について押収及び保管することができる(同法第25条)。
ケ 同法第25条に規定する捜索令状の取得が遅れることによって、審査活動に悪影響が及び、又は証拠が毀損、移動等されるおそれがあると合理的に信ずるに足る情報を得た場合、委員会職員は、捜索令状が発付された場合と同様の権限をもって立入りを行うことができる(同法第26条)。
コ 何人も、権限を有する委員会職員の活動を妨害してはならない(同法第32条)。委員会職員の審査活動に不利益を与える情報等を他者に開示してはならない(同法第33条)。
サ 委員会への申立て及び審査活動への協力を行わないよう強要し、若しくは強要しようと試みること、又は当該申立て及び審査活動への協力への報復として商業的その他の不利益を与えること(支払遅延、不合理な訴訟の提起、取引拒絶等)は禁止されている(同法第34条)。
 
4.法執行手続
(1) 排除措置等(競争法第40条)
 審査の結果、違反行為があるとの結論を得た場合、委員会は、違反事業者に対し、(1)違反行為の即時停止を命じるほか、(2)違反行為の停止のため適切と考えられる措置をとるよう求め、金銭的制裁を課し、その他適切と考えられる指示を行うための決定をすることができる。
 金銭的制裁の額は、違反行為が行われた期間における行為者の全世界における売上高の10%を上限とする。
(2) 競争不服審判所
 委員会の決定を審査する機関として、競争不服審判所が設置される(競争法第44条)。委員会の決定によって自己の利益を侵害され、又はこれについて影響を受ける者は、競争不服審判所に控訴することができる(同法第51条)。競争不服審判所は、国内取引・消費者行政大臣の推薦に基づき首相が任命する審判長及び7~20名のメンバーにより構成される(同法第45条)。競争不服審判所は、競争委員会の決定と異なる決定を下すことができ、その決定は最終的なものとして当事者を拘束する(同法第58条)。
 
5.罰則(競争法第61条)
 本法律の規定に違反した者が法人である場合、原則として500万リンギット(約1億5000万円)以下の罰金。法人以外の者である場合、原則として100万リンギット(約3000万円)以下の罰金若しくは5年以下の禁固刑又はその併科。
 
6.リーニエンシー制度(競争法第41条)
(1) 申請の順番、申請時点での審査段階等に応じて、すべての制裁が免除され又は減じられる。減免の率、対象事業者数について、法には特段の定めがない。リーニエンシーが認められる事業者の条件は、以下のとおりである。
ア 同法第4条で規定された禁止行為について関与を認めていること。
イ 当該当事者による情報提供その他の協力が、他の事業者による違反行為を特定又は審査するに当たり、著しい貢献をするものであること。
(2) 以下に掲げる事由に応じて、事業者に対して認定される減免の率が異なる。
ア リニエンシーを申請した事業者が、疑いのある違反行為についての最初の申請者であるか否か。
イ 申請者が違反行為への関与を認めた段階又は情報若しくは他の方法による協力を行った段階
ウ 委員会がリーニエンシーを認めるに当たり考慮することが適切と考える他のすべての状況
 
 
 
 
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